第16話 マウリアの緊急信号
「本当なら関わるつもりなんてなかったんだ。火山の奥で黙っていればわたしの姿を見つけられないあんたたちは帰るしかない」
やはりペレは俺たちのことを知っている。
まあ、それも正体が『神』だと知った今はおかしなことではない。ティシュア様に聞いたことがあるが、どうやら神の間で俺たちの存在は問題視されている、とのことだ。
神に讃えられるほどの力を持ち、今後の活躍次第では死後に神として迎え入れられるかもしれない。歴代の迷宮主でもここまでの影響を世界に及ぼしたことはないとのことだ。
いつの間にか神からも注目されてしまう存在になっていた。
そんな状況になっていたからこそペレも俺たちの功績、どれだけの力を持っているのか知っていた。
「なるほど。戦えば自分が負けるのは理解している、と」
ギリギリの攻防でレドラスを逃がすことに成功したが、こうして全員で取り囲んだ状況まで追い込めば相手が神であっても負ける気はしない。
囲まれている状況を見てペテが溜息をつく。
「やれやれ……こうなったのなら次のプランに移行するべきかな」
ペテを中心に炎が空に向かって地面から噴き上がる。
派手な炎の柱は人々の注目を集め、山の上の方で噴き上がったこともあって街からでも見ることができるはずだ。
「こんなことをしてどうするつもりだ?」
火の粉が飛んで来て鬱陶しい。けれども攻撃力という点なら先ほどの岩槍を溶かした熱の結界の方が強かった。あくまでも派手なだけの攻撃。
「さて、どうするつもりだと思う?」
メリッサの手から岩槍、イリスの手から氷柱が放たれる。
周囲に炎を生み出したペテは、炎を鞭のように操作すると二人の魔法を叩き落し近づけないようにする。
ペレを守るように8本の炎の柱が生まれる。
「全員、回避しろ!」
炎の柱がそれぞれに対して振るわれる。
各々の方法で防御や回避している。心配だったレドラスも押されながら剣で受け止めていた。
俺も真っ直ぐ迫って来る炎の鞭に対して真っ直ぐ走る。正面から衝突するはずだった炎の鞭だが、体をすり抜けて後ろにある地面を叩くだけに終わる。シルビアが今もやったように【壁抜け】を借りてすり抜けさせてもらった。ただし、俺だけはペテのいる方へと向かう。
ペレも自分の攻撃がすり抜けられたことに気付いた。炎の鞭では攻撃が当てられないと判断して紅い槍を強く握りしめ突き出す。
神剣と槍が衝突する。
「神剣を前に防御できるのは1回限りだぞ」
あらゆる物を斬ることができる神剣を受け止められた。神剣と槍の間にある空間を見れば火花が散り、景色が歪められているのが見えた。周囲に高熱を発生させ、冷気すらも消失させてしまう力を利用して生み出された膨大な熱が空間を歪ませて斬れないようにしていた。
「だったら空間ごと斬るだけだ」
熱で歪ませているのが仇になった。歪んでいることではっきりと見ることができるようになり、歪んだ空間を認識することができるようになった。
認識さえしてしまえば神剣なら斬るのは簡単だ。
「分かっていないな。わたしには勝つつもりも、負けるつもりもないんだよ」
ペレの持つ槍が強く光り出し……爆発する。
至近距離から炎と熱に襲われるが、咄嗟に魔力障壁を身に纏うことで爆発をやり過ごす。
神の放つ攻撃にしては弱いことに疑問を抱いていると……
「あいつは?」
槍の先にいたはずのペレの姿がなくなっていた。
爆発のせいで姿を見失っていた。その時間も数秒のことで、全員に囲まれた状況で逃げるのは普通に考えれば不可能に近い。
「シルビア」
俺の問いにシルビアが首を横に振る。
彼女もこの場から離脱した際の気配を捉えることができなかった。
「どこか行ったのか?」
「方法は分からないけど、そうらしいな」
「そうか」
目に見えて安堵している様子のレドラス。
昨日、酒場で出会った時は威厳のある強い冒険者だったが、ツァリスやペレを前にしてからは弱々しい姿しか見ていない。その姿にイライラさせられる。
「まさか『逃げてくれた』なんて考えているんじゃないだろうな」
「それは……」
「この場合は『逃げられた』が正しいんだよ」
火山を訪れた時には姿どころか痕跡すら見つけることができなかったペレ。絶好の機会だというのに取り逃がしてしまった。
俺たちとレドラスの間には認識に大きな隔たりがある。
そして、『俺たち』にはツァリスも含まれる。
「そうだよ。ドラゴンなら臆病風に吹かれて逃げる、なんて許されるはずないよ。アンタにそれなりの矜持が残っているなら戦うべきだったんだ。それが何をやっていたんだい?」
奇襲された際には何もできずツァリスに助けられ、せっかく反撃に出てもシルビアがいなければ返り討ちに遭っていた可能性が高い。
生前のツァリスは最強で、最も賢い者として多くのドラゴンから慕われていた。
賢竜魔女である彼女はツァリスの自我を色濃く受け継いでいるため、どうしてもツァリスの立場から文句を言いたくなってしまう。
「ドラゴンなら逃げた奴を追い掛けるぐらいの気概を見せな」
「でも……」
「口答えしない!」
「は、はい……!!」
レドラスが走り出す。
ペレがどこへ逃げたのか。具体的な逃走先は分からなかったが、火山を拠点にしていたことだけは確かだ。拠点を潰す為に動けば、向こうも姿を現さずにはいられない。それぐらいの判断ができる程度に頭は働かせられるようだ。
俺たちも追うべく歩き出す。
――パァァァン!
遠くで花火のような音が聞こえる。
振り向けば街の上空で昼にもなっていない時間だというのに真っ赤な光が輝いていた。
「誰か花火でもやったのか?」
「そんなことを言っている場合!?」
俺たちの中で花火の正体に気付いたのはイリスだけだった。
「あれは冒険者ギルドが緊急事態を知らせる合図だ」
冒険者は拠点にしている街から日中は出ている場合が多い。
そんな時に街へ魔物の襲撃など緊急事態が起こった時は、事前に決められた合図を上空へ放つ必要がある。
赤い光による合図は、街の内部にまで危機が迫った緊急事態を知らせる。
マウリアの街を拠点にしている冒険者は、合図を見たのなら必ず街へ帰還しなければならない。一時的にいるだけで、拠点にしているわけではない俺たちに街まで戻る義務はないのだが……
「おい、かなりマズイ状況じゃないのか?」
「そうだろうな」
慌てた様子のレドラスが戻って来る。
通常、街に危険が迫っているなら予兆を感じ取った段階でも別の合図がされるはずである。
しかし今回はいきなり緊急事態を報せてきた。
それだけ急に切羽詰まった状況になった、ということである。
「俺たちに戻る義務はない。先へ進むぞ」
「頼む! あの街を助けてくれ!」
頼み込んでくるレドラスだったが、効率を考えるなら先へ進んだ方がいい。
「分かっているのか? タイミングを考えればペレが何かしたのは明白だ」
撤退した直後に街で緊急事態が発生した。
ペレが何かをした可能性は高く、彼女を倒せる俺たちはそちらへ動いた方がいいはずだ。
「そうかもしれない……けど、あの街にいる人たちを放っておけないんだ!」
レドラスは1年近くも冒険者として人々と関わってきた。これまでの気まぐれとは違い、人として生きるというのがどういうことなのか理解させられた。
街にはそういったことを教えてくれた親しい人がいる。
もしかしたら魔物に襲われているのかもしれない。
「オレだけだって行ってやる!」
レドラスの体が一瞬でドラゴンへと変わり、街へ飛んで向かおうとする。
「まあ、待て」
「は、放せ!」
尻尾を掴んで飛べないようにする。
レドラス抜きで火山へ行ったところで昨日と同じ結果になるだけである。こうなることが分かっていたからこそペレは街に対して行動を起こしたのかもしれない。
「仕方ないから俺たちも手伝ってやる。探索は中断だ」
☆コミカライズ情報☆
7月23日(土)
異世界コレクターのコミカライズ第2巻が発売されます。
ぜひ手に取ってみてください。




