第13話 母と同じで違う
やることは最初から決まっていた。
マウリア火山を新たに支配したらしい『女』を捕らえて事情を聞く。場合によっては戦闘になるかもしれないが、情報を得てからでないと判断できない。
再び火山へ向かうメンバーは俺たち6人にツァリス、それにレドラスの8人だ。
ツァリスとレドラスは並んで歩いており、子供のように無邪気な笑顔を浮かべたレドラスが一方的にツァリスへ話し掛けていた。
「でも、母ちゃんもひどいぜ。てっきり死んだとばかり思っていたのに、まさか生きていたなんて。アニキたちも心配していたから、これが終わったら里帰りでもしないか? そろそろオレのことだって許してくれるかもしれないし」
せっかくの提案だったが、ツァリスは首を横に振って拒絶した。
そもそも最初の勘違いをしなければならない。
「残念だけど、ワタシはツァリスの肉体と記憶を完全な状態で持っている。ただ、それだけの存在でしかないんだよ」
「へ?」
意味が分からずポカンとする。
ツァリスが俺の方を見てくる。彼女としても息子に等しい存在に対して何の説明もしないのは可哀想だと思い、主である俺に許可を求めていた。
こちらとしては仕方なく承諾した。
「ワタシは迷宮がツァリスの魔石から生み出した存在でしかないんだよ」
「う、嘘だっ……! だって、どこからどう見たって母ちゃんにしか……」
「魔石の状態が良かったし、ツァリス自身が非常に賢い存在だったからね」
ツァリスの魔石には彼女自身に関する膨大な情報が残されていた。
おかげで生前を知る息子を相手にしても違和感を抱かせないだけの復元が可能になっていた。偽物を偽物と定義する要素を見つけるのが難しい、ぐらいの再現だと彼女自身が言っていた。
「おい!」
レドラスの敵意が俺に向けられる。
ツァリスは俺に対して主だと対応していたし、この中で最も強いのが俺だということぐらいドラゴンなら感知できてもおかしくない。
「今すぐ母ちゃんを解放しろ」
「断る」
即答する。
アリスター迷宮における最大戦力の1体を解放するなど考えられるはずがなかった。
そもそも迷宮生まれの魔物において『解放する』というのは『死』を意味している。彼らは迷宮からの魔力供給が途絶えれば、そう遠くないうちに魔力が枯渇して死を迎えることとなる。
歩いていた足を止めてレドラスのいる方を向く。
「そこにいるのは、お前の母親なんかじゃない。お前の母親と同じ体と記憶を持っただけの他人だ。どうしてなのか知らないけど、癖とかまで完全に再現されているから勘違いしてしまうかもしれないけど、そこを間違えちゃいけない」
「ウルセェ!」
レドラスが殴り掛かって来る。一応、背中の武器を使わないことから最低限の理性はあるようだけど、攻撃することの意味が分かっていない。
振りかぶった右手を受け止めるとレドラスが怯む。人の姿になっていたとしてもドラゴンの力はそのまま内在されている。人間とドラゴンの大きさを比べればどちらの方が強いかなど間違いようがない。
「な、何者だ……?」
「そこにいるツァリスの今の主だ。彼女を迷宮の魔物にしたのは俺よりも前の迷宮主だけど、今は俺が彼女の主だ」
『主』という言葉を強調しながら言えば、止められていない左手をドラゴンの腕に変えて襲い掛かって来る。
「レドラス!」
これにはツァリスも叫ばずにはいられなかった。
自分の主である俺が息子に等しい存在から攻撃される。ツァリスは偽物ではあるが、レドラスに関する行動は生前の影響が大きい。
攻撃する者は、反撃されてもおかしくない。
「うっ……!」
レドラスを地面に叩きつける。
たとえ部分的にドラゴンの姿に戻っていたとしても俺の脅威にはならない。それが分かっていたから眷属の誰も行動を起こさなかったし、何らかの理由で反発したレドラスが攻撃してくることは事前に予想できていたため手を出さないよう告げていた。ツァリスも咄嗟のことで反撃される息子を心配して声を出してしまっただけだ。
「お前の気持ちも少しは理解できる。死んだとばかり思っていた母親がいきなり現れたようにしか思えないんだからな」
レドラスの接する賢竜魔女は、まさに母親のツァリスそのもの。
「だけど、ここにいる賢竜魔女はツァリスとは別の存在だ。今回は賢竜魔女の強い希望があったから同行を許可したけど、本当なら迷宮の外をうろついていていいような存在じゃないんだ」
「お前に、どんな権限があって!」
どうにか頭を押さえつけている俺を押し退けようとするけど、ドラゴンの力でもビクともしなかった。実際にはけっこうな力を感じていたけど、その度に押さえつける力を強めるだけだ。
「俺はこいつの主だ。マウリア島の問題を解決するのにお前の協力が必要そうだから一緒にいるけど、問題を起こすようなら帰ってもらおうか」
正直言って戦力としては期待していない。先ほど聞いたように火山内部で戦った時には手も足も出ずに逃げ帰って来てしまった。
だが、相手はレドラスに帰って来られるのは最も困るはずだ。
「火山に入れば自然と姿を現してくれるだろ。まずは、そいつから話を聞く……」
「どうした?」
周囲を警戒する。周囲には敵の姿どころか気配すらないが、シルビアが警戒をした時点で俺たちにとっては警戒するのに十分な要素だ。
それが分かっていないレドラスは怪訝な表情をする。
押さえつけていた手を放す。
「来ます!」
シルビアが上を見る。
「は?」
太陽の光に照らされながら落下してくる物体。それは炎を纏った巨大な岩。
岩石が地面に落ちて大きな音を響かせる。警戒して後ろへ跳ぶと、岩石から大量の炎が噴出されて人の姿が形作られる。ただし、その形は不出来な人形のようだった。
「チッ、なりふり構っていられなくなったみたいだな」
マグマの人形とは昨日も戦ったことがある。
「シルビア、お前はこいつがどこから出て来たのか探せ! 元をどうにかしないと止まら……」
探させる必要などなかった。
火山の上の方から何十個という数の岩が転がって来るのが見えた。
「この斜面を利用するなら、マグマ人形の方がいいよな」
決して強くはないマグマ人形。
空から降って来たマグマ人形が俺たちの方へ手を向け、炎の弾丸を無数に発射する。
「い、で! いててっ!?」
炎の弾丸を受けたのは起き上がったばかりのレドラスだけ。耐性があるおかげで炎によるダメージはないようだけど、弾丸の直撃を受けて痛がっている。
「仕方ないね」
ツァリスが魔力障壁を展開し、マグマ人形の攻撃から守る。
「母ちゃん……」
「残念だけど、ワタシはアンタの母親じゃない。だけど、アンタが同行していた方が向こうにとっては不都合みたいだから守ってあげるよ」
まだ火山の入口にも到達していない。
それでもレドラスが同行しているせいで攻撃してきた。
「突っ切るぞ」
☆コミカライズ情報☆
7月23日(土)
異世界コレクターのコミカライズ第2巻が発売されます。
ぜひ手に取ってみてください。




