第10話 賢竜魔女の魔法開発
翌朝。
メリッサの体調もすっかり回復し、太陽の光を眩しく思いながら外へ出ると宿屋の壁を背にしてツァリスが立っていた。
「やっぱり自由に出て来られるんだな」
迷宮にいるはずのツァリス。ドラゴンの体なら遠く離れたマウリア島まであっという間に辿り着くことができる。だが、もしもドラゴンが飛んでいるのを目撃されれば騒ぎになる。火竜が消えたことで神経質になっているマウリア島なら間違いなく避けることはできない。
そもそも迷宮の力で生み出された魔物は、暴走でもしない限り迷宮の外へ出ることができない。
「ちょっとイリスのスキルを使わせてもらったよ」
「私?」
「具体的に言うなら【眷属召喚】ね」
イリスは自分と同じ迷宮主に仕える者――眷属と魔物を召喚することができる。
時には迷宮から喚び出して戦力とし、単純な人手不足の時には【人化】を使える魔物を駆り出していた。ただし、喚び出すだけでイリスよりもノエルの方が懐かれているため指揮するのは彼女の方だ。
ツァリスも召喚された経験がある。また、迷宮内で魔物を移動させる時には迷宮の魔力を節約させる為にイリスの魔力だけで移動させられる【眷属召喚】を使用したことがあり、ツァリスの前でも実演させたことがあった。
「まさか……イリスのスキルを見ただけで魔法にしたのか?」
「複雑すぎてワタシにしか使えないけどね」
メリッサなら可能性はある。ただし、イリスがいればスキルで十分であるため習得させる必要性はない。
どうやら独自に開発した魔法によって自身を迷宮主の近くへ移動させることができるらしい。未完成であるため対象にできるのはツァリスのみであるため他の魔物まで自由になることはない。それに出現場所も微妙にズレてしまったため酒場の外から入って来ることになったらしい。
「こっちだよ」
初めての街だというのにツァリスは迷うことなく進む。
「どこへ向かっているんだ?」
「レドラとか名乗っていた奴の所だよ。どうやら街の外で待っているらしいね」
「分かるのか?」
ドラゴンとは迷宮で相対したことがある。他の魔物にはない特有の気配を持っており、シルビアは離れた位置からでも気配を探知することができた。それこそ街の外にいる程度ならシルビアに探知できるはずだが、ドラゴンの気配を捉えられたことはない。
シルビアに探知できないなら何らかの方法で気配を隠している可能性が高い。
「そっちも問題ないよ。ドラゴンにドラゴンの位置が捕捉できないはずがないじゃないか」
ツァリスの瞳がドラゴンのものに変わる。
さすがにドラゴンの固有の能力で探知されたのではシルビアでも位置を捕捉することはできない。
それだけ種族の差は大きい。
「歩きながら説明するよ。迷宮にいる魔物で下層にいる連中は暇を持て余していることの方が多い」
ツァリスもその一体だ。
たまに頼まれれば魔法使いとして大成しそうな者をツァリスの元まで連れて行き訓練させることもある。迷宮主がいる時でなければできないため、後世の為に教育を担ってくれていた。
ただし、訓練もずっとしているわけではない。気まぐれな指導者の気が向いた時に行っている。
そうでない時は……暇を持て余している状態だった。
「迷宮核と同じだよ。主の冒険は魔物たちにとって最大の娯楽になっている。だから今の状況だって見られているんだよ」
周囲の気配を確認してみるものの見られている気配は感じられない。
「ま、ワタシも覗いていた一人だったわけさ。もちろん覗くだけで関わるつもりなんて全くなかった」
そもそも迷宮の魔物では外での出来事に対してこちらから要請しなければ関わることができない。
だが、ツァリスだけは例外だった。
「メリッサの戦っていた相手がレドラ――レドラスだっていうならワタシがどうにかしなくちゃって思ったんだよ」
「レドラス?」
ツァリスの呼ぶ名前には何故か一文字増えていた。
「ワタシ……いいや、賢竜魔女として生まれ変わる前のツァリスが知っているアイツの名前はレドラスだったね」
迷宮の魔物の中には、迷宮主の手で討伐された後で魔石を核に再生させられた魔物がいる。ほとんどの魔物が生前の記憶を失ってしまう中、ツァリスのように知力が高かったり、特別な力を持っていたりした場合には記憶を保持し続けられる場合がある。
稀にしか起こらない奇跡のようなものであるため気にしなくていい。
今回はそれが功を奏した形になった。
「レドラスはツァリスが産み落とした多くの子供の中で最後の子供だったね」
「子供?」
「子供と言っても生まれたのは何百年も前の話だよ」
ドラゴンの寿命は千年とも言われている。
ツァリスも彼女自身から聞いた話だが、寿命が訪れようとしてしまったために討伐されることとなった。
ドラゴンの力は強く、何百年と生きることで体内に多くの力を溜め込むこととなる。寿命が近くなると溜め込んだ力の制御が難しくなり暴走してしまうことがある。ツァリスも暴走を抑えることができず、人間を襲うようになってしまったため討伐されることとなった。
それまで人間と友好的な関係を築いていたツァリス。人間に討伐されてしまったが、そもそも暴走してしまった自分に非があると悔やんでおり、人間を恨むつもりはなかった。
今は迷宮の魔物として管理されているため暴走する兆候もない。
そんな寿命を迎えてしまうほど生きたことのあるツァリスの感覚から言わせれば数百年生きた程度など子供と変わらないらしい。
「ただ……ワタシが知っているのは、こことは違う場所で生きていた頃の話さ」
「その、レドラスが【人化】して昨日酒場に来た姿でレドラを名乗って冒険者をしている」
そして、マウリア島では別の顔を持つ。
「どうして火竜なんて崇められているのか知らないけど、ツァリスの子供が島で本来いるべき場所にいないで冒険者なんかやって遊んでいる。おまけにドラゴンであることを隠して飲み比べで勝負なんてしている」
黙って見ていられなかったツァリスはここまで来てしまった。
思いつくまま開発してしまった魔法だったが、都合よく俺たちの所まで許可を得ずに移動することができた。
「でも、その魔法に限らず自分が抱える欠点を分かっているんだよな」
「もちろんだよ」
魔力の残量を確認する。
自分のではなく迷宮が保有している魔力がゆっくりではあるものの減り続けている。
原因はツァリスが迷宮の外で活動しているからだ。
「だから、酒場を出た後は迷宮へ帰っただろ」
「人目がある昼間の内はこっちにいてもいい。けど、必要がない時は迷宮で留守番をしてろよ」
「節約の為だって言うなら構わないよ」
「……ご主人様」
それまで斜め後ろをずっと歩いて従っていたシルビアが隣を歩いて声を掛けてくる。
「気付くのが遅れてしまいましたが、誰かにあとをつけられています」
「は?」
いつからつけられていたのか知らないが、シルビアが気付けなかった時点で異常だ。
いや、そんなに重要な事なら話し掛けたのに気付かれないよう念話で教えてほしい。
「わたしに気付かれない時点で異常です。おそらく念話を使ったとしてもわたしに気付かれたことに気付いてしまうでしょう」
直接話し掛けたことにも意味がある。
こうして分かりやすく見せたことで相手に気付かせることができ、相手の足が一瞬だけ止まってしまう。
シルビアも尾行している相手の位置を正確に把握するには至っていなかった。
「捕捉しました」
「騒ぎは起こしたくない」
「すぐに捕獲してきます」
☆コミカライズ情報☆
7月23日(土)
異世界コレクターのコミカライズ第2巻が発売されます。
ぜひ手に取ってみてください。




