第7話 火竜の消息
島の名前がそのまま付けられた街――マウリアへ戻ってきた時には日が完全に落ちていた。街を照らすのは夜でも営業している宿屋や酒場の灯りだけだ。
今日の宿も確保してある。だが、せっかく観光地として知られているマウリア島まで来たのだから夕食はどこかで食べよう、ということになった。
「あそこなんてどう?」
アイラが指差したのは2階建ての大きな酒場。店内からは男たちの酒を飲んで上機嫌になった笑い声が聞こえてくる。
どうやら冒険者たちの溜まり場となっている酒場らしいが、今の状況ではこういう場所の方が適していた。
入口の戸を開けて中に入る。
店内では1階に二つのパーティが酒を飲んで今日の成果に思いを馳せ、2階ではあるパーティが貪るように肉を口に運んでいた。
俺たちは真っ直ぐカウンターへ向かう。
「俺は軽く食べられる物と弱めの酒をお願いします」
「わたしは上の人たちが食べていた物が気になりますね。それをお願いします」
「二人ともバカね。ここは温泉地で、火山を真似た料理が有名らしいわよ。それはありますか?」
アイラがガッツリとした料理を注文し始める。完全に酒場まで足を運んだ目的を忘れているが、今ぐらいは見逃すしかない。
メリッサとノエルの前に酒が置かれる。ただし、ノエルにはコップで渡されたのに対してメリッサにはジョッキで渡されている。
二人とも自分の飲み物を手にすると1階で飲んでいるパーティの元へ向かっていく。
酒場を訪れた目的は情報収集。酒を飲んで口が軽くなった冒険者から情報を聞き出すのが目的だ。冒険者も自分が持つ情報を守ろうとするだろうが、相手が女となれば口が軽くなる。
俺の前に水で薄められた酒が置かれる。
「この街は初めてですか?」
「ああ。午前中にこっちへ来たばかりだ」
「火竜の調査に来た冒険者ですね」
「……」
「警戒しないでくださいよ。今、この街ではそれなりに有名になっていますよ」
数日前からギルドが俺たちに調査依頼を出したことを噂として流していた。人から人へと伝わる旅に詳細は変わっていたはずだったが、それでも火竜の調査に強い力を持った冒険者が訪れる、という部分だけは正確に伝わった。
すぐ火山へ向かってしまったため知らなかったが、俺たちの到着は冒険者ギルドにいた人たちから伝わっていた。
ま、隠すようなものでもないからかまわない。むしろ面倒な説明が省けて助かるぐらいだ。
「何か知りたいのですね?」
「さっき火山の様子を見てきた」
「到着したばかりだというのに随分と行動が早いですね」
「早い方がいいだろ。とはいえ火竜がいないことを確認できただけで終わった」
「分かりました。私で協力できることがあれば手伝いましょう」
マスターの目が店内へと向けられる。
「彼女たちはよろしいのですか?」
酒を手にしたノエルが向かったのは獣人を中心としたパーティ。『巫女』であるノエルは獣人から好かれやすく、酒を飲んで上機嫌になっている奴が相手なら簡単に口を滑らせることができる。
メリッサも上手く会話を誘導して情報を引き出すことができる。
マスターが気にしているのは、女性である二人が酒を手にして率先して情報収集をしているのに、男でリーダーである俺がカウンターで酒も飲まずに話を聞いていることだ。
「人には向き不向きがあるんですよ」
とにかく酒に弱い。酒場の雰囲気に酔ってしまうほどではないが、酒場での情報収集ならメリッサに任せておいて何もしない方がいいぐらいだ。酔って倒れた方が仲間に迷惑を掛けてしまう。
「火竜についてですね。ウチはマウリアで最も大きな酒場です。冒険者も多く集まってくれるので色々な情報に触れる機会があります。ですが、私も公的な情報以外は少しばかりの噂話しか知りませんよ」
「かまいませんよ」
火竜の留守は珍しいものではない。それこそ数十年に一度は巣から出て人々に姿を見せることがあった。ただし、その時は長くても数日ほどで巣へ戻っていた。最初は単純な外出だと思っていた島の老人たちも、戻る気配のない状況に危機感を抱くようになった。
外出している間、火竜がどこにいるのかは誰も知らない。
「今回、火山から出ていく火竜の姿がある冒険者によって目撃されています」
その証言をギルドが把握したのは、巣から火竜がいなくなったことがギルドへ報告された後で、その時にどこかへ出て行ったのだろうと判断してギルドは重要な情報だと判断しなかった。
ところが、別の情報を得てから詳しく聞くと全く異なってくる。
「火山から出て行くのを目撃した数時間後に別の冒険者が火山へ戻ってくるのを目にしているんですよ」
しかも数分と経たずに飛び立つ姿まで目撃している。
冒険者ギルドの上層部には報告者まで伝わっておらず、二つの火山から出て行く目撃証言が混同されたせいで、一度は戻ってきた目撃証言は搔き消されてしまっていた。
どちらにしても、いないことには変わりないため重要ではないと思われていた。
「……どういうこと?」
「イリス?」
「おそらく火竜は何か理由があって外へ飛び出した。当初は一時的な外出で、すぐに戻ってきたものの再び何らかの理由があって外へ飛び出すことになった」
そんな情報をギルドは見逃してしまった。
マスターが耳にしたのは噂でしかなく、目撃証言に確固たる証拠があるわけでもなかったためギルドへも伝えていなかった。
それに店内での噂話を伝えるということは店の信用に影響を及ぼすことになる。だから、こうして店を訪れた客に面白い噂話を聞かせる、という体で俺たちに情報を伝えていた。
「戻って来たのだとしても疲れた体を休めるには時間が短すぎる。何か用事があって立ち寄っただけなのかもしれない」
だが、戻って来てすぐに飛び出して行ったということから、一つの可能性が浮上した。
「本当は何日も出て行くつもりがなく、帰って来たのかもしれない。けど、帰って来た巣が別の誰かに乗っ取られていたら……」
強い力を持つドラゴンなら奪われた巣を取り戻す為にどのような行動に出るのか明白だ。
自らの力を持って奪い返す。
しかし、現状において巣に姿がないのなら結果はどうだったのか明白だ。
「誰かに巣を奪われたまま?」
先ほどは巣に誰の姿もなく、痕跡すら見つけることができなかった。
だが、巣の近く――それこそマグマの海の中にでもドラゴンが近付くことすらできない相手がいたのなら戻ることはできない。
「やっぱり何か方法を見つけてマグマの下にでも行く必要があるかもしれない」
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7月23日(土)
異世界コレクターのコミカライズ第2巻が発売されます。
ぜひ手に取ってみてください。




