第17話 解体
「すごいです、お兄様!」
「本当にお姉ちゃんたちが倒したの?」
「これがシルバーファングですか」
街まで来た時と同様に屋敷までシルバーファングを抱えて街中を移動した。
途中、すれ違う人々から奇異の目で見られてしまったが仕方ない。
そして、屋敷に戻って来ると俺たちの帰りを心配して待っていた3人の妹たちが屋敷の庭に置かれたシルバーファングを見て興奮していた。
「いや、凄いものを見させてもらいました」
心配して屋敷にいたのは屋敷に住んでいた家族だけでなくメリッサの両親も同じで突然店から出て行った娘を心配して屋敷へと来ていた。
母親3人は庭の様子が一望できるリビングから眺めていた。
「実は、昨日手に入った食材を使って明日の夕食はバーベキューにしようかと計画していたんですけど、よかったらガエリオさんとミッシェルさんも参加しませんか?」
「私たちもいいのですか!?」
「当然ですよ」
一緒に住んでいるわけではないが、ガエリオさんたちも家族みたいなものだ。
それに妹たち3人の中でメリルちゃんだけを除け者にしてしまうと後から何を言われるのか分からない。食材はいっぱいあるのだから、どうせならみんなで食べた方がいい。
「これを食べられるなんて……」
目の前には食肉となったシルバーファング。
伝説の食材を食べられる権利、商売をするうえで話のタネに困らない。商人ならお金を出してでも買い取りたいだろうが、家族以外の人を呼ぶ予定は今のところない。いや、普段からお世話になっているし、ルーティさんぐらいなら呼んでもいいかな。
「とりあえず食材にこいつも追加しておいてください」
「はいはい」
微笑みながら庭ではしゃぐ妹たちを見ていた母にシルバーファングの調理をお願いする。
俺たちには早くやらなければならないことが残っている。
「悪いけど、こいつはそろそろ持って行くよ」
「どこかへ持って行くのですか?」
「うん。先に解体してしまおうと思ってね」
1度屋敷に戻って来たのは討伐したシルバーファングを見せたかったのと見せることによって安心させたかったからだ。
調理をするにしても肉だけの状態にしておいた方がいい。
ただ、街中で解体作業をやるにはシルバーファングは大きすぎる。
「迷宮魔法:転移」
シルバーファングの死体を持って迷宮の地下57階へと移動する。
闘技場エリアとなっているこの階層なら開けた場所を確保することも簡単で解体作業もやり易い。それに血抜きはしてきたが、解体の最中は血以外の体液も流れ出てくる。だが、迷宮なら流れた液体も含めて地面が全てを吸収してくれる。
それに他の階層は素材の解体に適しているとは言い難い。
人の目がある可能性が少なからずある上層や高温多湿な密林フィールドや極寒の氷雪フィールドなど以ての外。それにアンデッドの出現する階層も衛生面から除外される。
その点、闘技場エリアは環境に左右されないように熱くもなく寒くもなく設定されている。まさか、闘技場エリアを造った以前の迷宮主も素材の解体に使われることになるとは思っていなかっただろう。
「簡単でいいから結界を作ってくれ」
「分かりました」
メリッサの空間魔法によって周囲と環境が切り離される。
いくら気温が適温に設定されているとはいえ、鮮度は可能な限り保っておいた方がいい。
「凍らせた部分を溶かすか」
「そうですね」
メリッサと分担して火球を生み出すと氷で覆った切断面へと当てて氷を溶かす。
氷が溶かされたことによって地面に水が落ちるが、数秒もすると濡れた様子がなく乾いた状態に戻る。
「まずは、毛皮の剥ぎ取りからだな」
街で売られているナイフを取り出して肉と皮の間にナイフを入れる。
手持ちのナイフには、シルビアに渡したようにランクの高い装備品もあるが、素材の解体に使うのは勿体ないということで売られている物を使う。
「硬いな」
シルバーファングの肉は普通の魔物よりも硬く、皮の剥ぎ取りを終えるまでにナイフを全員が3本も駄目にしていた。
「こいつの毛は使い道があるのかな?」
『それはもちろんだよ。それは、実際に戦った君たちなら分かるんじゃない?』
迷宮核の言うことも分かる。
俺たちがシルバーファングに致命傷を与えることができたのは防御を無視することのできる『壁抜け』や防御力を無意味なものにできる『明鏡止水』のようなスキルを持っていたからだ。
「けど、俺たちが苦戦したのはあいつが自分のスキルである棘毛を使用して防御力を高めていたからだぞ」
既に死体となった今では棘毛を使用した時のような硬さはない。
『君たちの強さを基準に考えちゃ駄目だよ。一般的な冒険者からしてみれば、普通の状態でもシルバーファングの毛は脅威だよ』
「なるほど」
防具として毛を利用するだけでも防御力は飛躍的に上昇する。
毛皮も売れるということで道具箱に収納する。
「そっちはどうだ?」
アイラには力が必要とされる牙の処理を任せていた。
「こっちも今終わったわ」
「牙は分かりやすく売れそうだな」
何人もの冒険者を噛み殺してきた牙だ。
頑丈さは折り紙付きだ。
「爪の方も処理は終わりました」
メリッサも爪の剥ぎ取りを頼んでおいた。
牙と同様に武器の素材として使用できるのは間違いない。
「内臓の方も問題ありません」
内臓も調理技術のあるシルビアによって密閉された容器に収納されていた。
俺たちの前には皮を剥がされ、牙を抜かれ、爪を剥がされ、内臓を摘出する為に切開された死体が転がされていた。
なんというか……こういう姿を見ると憐れに思えてくる。
「それではメインディッシュといこうか」
後は、肉を手頃なサイズに切り取ればシルバーファングについては終わりだ。
体長6メートルを超えるとあって食べられる場所はかなりある。実際に調理することになるシルビアの指示に従いながら俺とアイラで肉を斬っていく。
1時間も経つ頃にはシルバーファングは冬最強の面影など一切残さずに解体されていた。
「よし、傷む前に収納するぞ」
切り取った肉を道具箱に収納する。
道具箱の中に収納すると鮮度を収納した時のまま保つ効果があるため収納してしまえば何日経っていても美味しく頂くことができる。
「こっちはどうした方がいいかな?」
シルバーファングの肉の代わりに取り出した物を掲げながらシルビアに尋ねる。
「スノウラビットは最終的に何匹手に入ったんですか?」
「6匹だな」
血が抜けるのを待っている間、匂いが酷かったため離れた場所に移動していると俺たちとは逆に匂いに釣られてやってきたスノウラビットが6匹もいた。
離れていたことと隠密訓練の成果かスノウラビットは俺たちに気付くことなくシルバーファングへと近付いて肉を食べようとし始めていた。
獲物の横取りを許すつもりのない俺たちは当然のように遠距離からスノウラビットも仕留めた。
「スノウラビットは後でも大丈夫でしょう。それよりも迷宮の中にいるせいで時間感覚が狂っているみたいですが、既に夕食の時間ですよ」
「嘘!?」
『本当だよ。外は陽が落ちているよ』
外の様子が分かる迷宮核が教えてくれる。
街を危機に陥らせるほどの魔物を相手にして心配させてしまったため早目に帰って家族を安心させるつもりだったが、解体作業に夢中になり過ぎてしまったみたいだ。
まあ、屋敷に帰るだけだから移動は一瞬で済む。
「とりあえず残りの解体は明日以降にして帰ろう」