第23話 VS神樹④
「ここは……?」
逆【世界】の影響を受けた直後、マガトは周囲の状況を確認するべく慌てて顔をあちこちへ向ける。
すぐ後ろには見慣れた神樹がある。
だが、神樹の外側について見覚えのない光景だった。
「やっぱりついてきたか。できれば向こうに置き去りにするのがベストだったんだけどな」
「何をした!?」
忽然と姿を現した俺の方へ首をグルンと真後ろへ回して見る。
見ているこっちの気分が悪くなるから怪奇な動きは止めてほしい。
「ここは俺の迷宮の地下97階だ」
本当は樹の多い森林フィールドにでも持って行ければよかったんだけど、さすがに神樹が大きすぎた。おかげで高さのあるフィールドを新規に作り出す必要があり、これまで手付かずだった地下97階を改造することになった。
「妖精郷にあった神樹をここに書き換えさせてもらった」
「そんなことが……」
「条件はあるけど、俺のスキルならできるんだよ」
迷宮の環境を世界に適用させることができる【世界】。
その能力の真価を知ってからしばらくして考えたのが、外にある物を迷宮にも書き換えることはできないのか、ということだった。
これまで様々な物を迷宮へ持ち込んだこともある。それこそ珍しい植物の種でも手に入れたなら迷宮で植え、育てたことがある。そうして迷宮の一部となった物は、迷宮の魔力で生み出すことも可能になった。
だが、その方法では持ち運べる物しか生み出すことができない。
俺が求めているのは大地に根差していて動かすことのできない巨大な樹を迷宮でも用意することができるようにすること。
本来の使い方とは逆の使い方が【世界】にできれば可能性はある。
色々と試した。
だが、結果から言えば普通に使っただけでは城や山のように大きな物での書き換えどころか、小さな物でも書き換えは成功しなかった。
何がいけなかったのか。
生み出す物を明確にする為、箱の中に特定の物を入れた状態で【世界】を何度も使用する。
結果、消耗品のように雑多な物は迷宮で生み出すことはできなかったが、固有の名称がある物は迷宮にも出現させることができた。
そして、同じ物を箱から出した状態で試したところ全て発動すらしなかった。
入れておく容器を変えるなど試行錯誤を繰り返したが、重要なのは『閉じ込められていること』だった。
『おそらく「世界」であることが重要なんだと思う』
そう言って教えてくれたのはイリスだった。
『私たちは密閉された空間――世界の中に物が入っていることを知っていて、中に入っている物にとっては容器そのものが世界なんだ』
イリスの考えはおそらく正しい。
ただし、それだと城のように巨大な物を迷宮へ【世界】で用意するのは不可能。
だから諦めていた。
「どうにもならないと思っていたけど、妖精郷ならできるんだよな」
妖精郷は空間を隔絶された亜空間にある。
使い魔を飛ばして全容がはっきりした時点で、閉じ込めておく為の空間は檻ではなく箱へと変化した。
「これが……オマエの策か」
「そうだ」
「こんなことをしたところで……」
マガトが全身に力を込める。だが、違和感に気付いて途中で止めてしまった。
「気付いたか。今のお前にさっきまでのように自由に使える力はない」
「ナニ!?」
先ほどまでマガトが無秩序に力を使い続けて攻撃や再生ができていたのは、神樹から供給してもらえる神気があったからだ。
それが今は先ほどまでと比べれば微量の神気しか送られていなかった。本当に余剰分の力しか送られていない。
「ナゼダ!?」
地団駄を踏むように何度も地面を蹴っている。
感覚では神樹の根も含めて見えない場所に確認できている。しかし、普段のような深い繋がりを得られない。
「単純な話だ。ここにある神樹はお前の知っている神樹じゃない」
ここにある神樹は、妖精郷にある神樹を写し取った物。
「向こうにお前のオリジナルも残っている。神樹と繋がっているせいか、お前まで来たのは面倒な話だ」
ちょうど遠くの方を見れば地下97階に次々と妖精がノエルに連れられて転移してきた。
先ほどまでの戦闘中は貪食蟻の注意を引く為にも妖精郷に残ってもらっていた。しかし、無限に神気を使えるマガトが残っている方の神樹がある世界に留まっていては殺されてしまう可能性が高い。
だから用が済んだ瞬間にこちらへ移動してもらった。
「俺の計画は、妖精郷に住む全ての妖精の移住だ」
迷宮核を操作するだけで彼らが住んでいたような家を用意するのはできる。
ただし、妖精が生きていく為には神樹が必要となっている。そこで大地を削って必要最低限の神樹を露出させることで、新たな神樹を用意する。
妖精郷に残っているのは無人の郷。そして無限に等しい力を供給してくれる神樹のみ。
そこに神樹が生かすべき人はいないし、滅ぼすべき相手もいない。
「全員の移住終わったわよ」
「ご苦労」
妖精郷には戦っていた冒険者が残されている。さすがにこんな階層へ招き入れるわけにはいかないため、自力で入って来た次元の歪みから出てもらうしかない。もっとも、シルビアたちが護衛に就いているから簡単にやられることはないだろう。
あとは神樹とセットで転写されたマガトの討伐だ。
「マタ……母をこのようなメにあわせる」
「また?」
「そうダ。妖精たちは世界を浄化する為の母を自分たちの為だけに使おうとし、報いを受けた。母が生み出す力は膨大。故にアンナ小さな世界では、逆に世界を削ってしまう。母がタスカル為にハ、モット広い世界へ行く必要がある」
「だから妖精を滅ぼすことにしたのか」
神の意図したものではなかった。だが、妖精郷に根付いた時点で神樹の役割は、妖精郷の維持とそこに住む人々の救済となった。
使命を放棄することなどできなかった。
だが、妖精が滅んでしまえば使命の完遂は不可能となり、使命に縛られることはなくなる。
「あんな自分タチのことしか考えていない連中は滅びてもイイダロ! ナゼ、お前は邪魔をする!?」
「俺も過去の妖精が……妖精になる前の人間がしたことで、あんなことになっているのは自業自得だと思う」
「ソウダロウ!」
「だけど、どうして今になってこんなことを始めたんだ?」
「それハ……」
貪食蟻の中でも特別なマガトでさえ知らない。
理由も知らずに倒されてしまうのは可哀想だが、それこそが今回の問題を放置することのできない最大の問題。
全力で駆け、神剣を振り下ろす。
考え事をしていたマガトは反応が遅れ、咄嗟に硬い鱗で覆われた腕で受け流そうとする。しかし、神剣の異常な切れ味によって失敗に終わり、鱗の一部が切り落とされてしまう。
唐突に恐怖が全身を駆け巡ったマガトが後ろへ跳んで逃げる。
「ニゲル……?」
これまで戦う為に離れたことはあった。
しかし、今のは明らかに恐怖からくる逃走。
「傷ガ!」
再生しない。
そのことを瞬時に悟ったせいで恐怖に囚われてしまった。
「それが生命としてはあるべき姿だ。もう、お前は倒されたら生き返ることはないし、無駄に再生することもできない――さあ、決着をつけようぜ」
不死身なら敵を置いて移住する。ただし、移住には神樹が必要だからコピーして、コピーした物の支配権を得ちゃおう。余計なのがついてきたけど、倒せば問題ないよね。




