第22話 VS神樹③
禿頭の男が巨大な斧を振り下ろす。魔力を注がれた斧は、振り下ろされると同時に禿頭の男――ラエドが手にしている斧よりも巨大な斧を魔力で作り出し、貪食蟻の群れに向かって叩き込む。
たった一撃の斧によって貪食蟻が何体も吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた後には何も残されていない。
「普段だったなら素材が残らないから手加減しろ、なんて言われるところだけどこいつらが相手なら手加減しても何も残らないから手加減する必要はないよな」
横に振ると吹き飛ばした貪食蟻の向こうから迫って来た貪食蟻を薙ぎ払う。
「それにしても恐れ知らずとは、こっちが怖くなってくるな」
貪食蟻は仲間が何体倒されても止まらない。
ラエドは戦い方から決闘のような単独の敵を相手にする戦いには向かない。貪食蟻の軍隊のように大量の敵を相手する方が得意だった。
「文句は言わない」
ラエドの後ろにいたローブを纏った女性――カルモの持つ杖から放たれた赤い風が貪食蟻の体をバラバラに斬り裂いていく。
風に晒された貪食蟻は耐えることもできない。
【火属性】と【風属性】を混合して放たれた【紅の風刃】。炎の混じった風の刃は、触れた場所を焼いて斬る。故に頑強な貪食蟻であっても斬ることが可能となっている。
致命傷を負えば瘴気から造られた貪食蟻は、瘴気となって神樹へと吸収される。
「文句を言いたくなる気持ちは分かる」
どうにか斧と魔法を掻い潜って進んできた貪食蟻だったが、刀を手にしたSランク冒険者によって斬り捨てられる。
ミエルとの決闘でも善戦したSランク冒険者だったが、自分と拮抗した実力をミエルが持っていたから勝利に拘らなかった。
「こんなことを続けていていいのか。さっきから見ていれば、こいつらを倒したって厄介な樹に吸収されるんだろ」
斬り倒しても神樹へと戻ってしまう。
いや、進軍して戦い、倒された時にも瘴気を消費している。生み出された当初よりは僅かに減っていた。
それでも無限に湧き出し続ける状況を思えば文句も言いたくなる。
「何度だって言ってあげるわ。文句を言わずに攻撃を続けなさい」
「でも……」
「私たちが雇われたのは『何』の為?」
依頼を受けた冒険者にとって大切なのは、生きて依頼を完遂させること。
「分かっている。外にいるあいつの仲間の元まで行かせないよう時間を稼げばいいんだろ」
ラエドが見た先では今もイリスがスキルで大穴を開け続けていた。
何体かは進ませてしまったが、それはシルビアによって斬り捨てられていた。
「違う」
カルモが否定する。
「私たちは『国』から今回の遺跡に関係する問題を解決するよう派遣されたわ。悔しいけど状況を簡単に説明されただけでも、Sランク冒険者の私たちでも手に余る問題だと理解させられたわ」
たしかにマルスから新たに依頼され、報酬も前払いで受け取っている。
だが、それよりも先に受けている依頼があり、今のところは全くの手付かずで、自力での問題解決の糸口すら掴めていない。
「Sランク冒険者として国から受けた依頼を失敗するわけにはいかないわ。成功させるには彼らに協力して、助けるのが最善。それだけのことよ」
「へ、そうだな。あんなのを見せられたんじゃ、とてもじゃないけど敵わない」
☆ ☆ ☆
「魔天錬」
ヒースの体内で練り上げられた魔力が空中で拳へと形を変えて貪食蟻を叩き潰していく。
ラエドの斧と同じように魔力による攻撃だったが、ラエドの攻撃が一度きりだったのに対してヒースの攻撃は魔力を巨大な拳で保ったまま崩れることなく攻撃を続けている。
マルスの戦闘を実際に目にして実力不足を痛感させられたヒースはさらなる実力を身に付けるため、魔力に実体を持たせる能力を身に付けるべく師匠を見つけて師事することで新たな力を手にした。
「決闘の時も【魔天錬】を使えば勝てたんだろうけど、まだ力加減ができないからな」
あの時はミエルの事を普通の人間だと思っていた。妖精だと知った今も加減のできない力を使うつもりはないが、何も残さない貪食蟻が相手なら遠慮する必要はない。
「今ならSランク冒険者だって目指せるんじゃない」
仲間の魔法使いが魔法を放ちながら話し掛ける。
メリッサ側の防衛に立っている彼らは、パーティで戦っており、Sランク冒険者の一人も戦ってくれている。
戦力は均等に割り振ったつもりだった。
「ああ。私が保証してあげよう」
Sランク冒険者に認められた。
それは冒険者として上を目指していたヒースにとっては何よりも喜ばしいことだった。
「いや、Sランク冒険者になるつもりはない」
「何故だ?」
「たしかにSランク冒険者になるのは名誉だ。収入だって信じられない金額で安定するから憧れるのも分かる。だけど、自由に動き回ることはできなるだろ」
「……」
国に雇われ、必要とされる時は他の事よりも優先して動かなければならない。
そこにAランクだった頃のような自由気ままな行動は許されない。
「せっかく認められるぐらい強くなれたんだ。どうせなら目指せるところまで目指してみたいじゃないか」
「……その気持ちは分からなくはない」
会話ができるぐらいに余裕はあった。
戦力的な余裕もそうだが、それ以上に雇用主であるマルスによる理由が強い。
「ま、さすがにあの強さは無理だろうけどな」
神樹の近くでは、マルスとマガトが戦っている。
マガトが振り上げた拳に対してマルスが神剣を振り下ろす。角度を調節して振り上げられた拳は神剣と触れても斬られることはない。
思考は単調になっても、拳の振り方など根底にある思考はマガトが優先される。
ただ、ヒースが唖然とさせられているのは、二人の攻撃が衝突した瞬間に発生した衝撃波によって周囲の地面が一瞬にして砕かれてしまったこと。
距離を取るべくマガトが後ろへ跳ぶ。しかし、そこは二人の攻撃によって砕かれており、歪んだ場所に着地したことで倒れそうになったところを耐える。
マルスがマガトに向かって駆ける。マガトが転びそうになったようにマルスの足元も転んでしまいそうなほど歪んでいた。しかし、マルスの足が触れる直前に綺麗な状態へと変化し、苦もなく接近することができる。
環境の変化が可能な【世界】。地面へ干渉することで自分にのみ都合のいいように変化させることができる。
既に環境を味方につけることができているマルス。
「どうやったらあんな戦い方が可能なのか見当もつかないな」
「……アレは参考にしない方がいい」
「分かっている」
世の中には種族特有のスキルなどもある。そういった力はどれだけ努力したところで、ある意味では普通の人間でしかないヒースには身に付けることができない能力だ。
そして、マルスの能力もそういったものだ。
マルスが蹴り上げ、空中に浮いたマガトをノエルが錫杖から発生させた突風で吹き飛ばす。
神樹の根元に叩き付けられたマガトが苦悶の表情を浮かべている。
ヒースには叩き付けられて転がるマガトが隙だらけに見えた。自分では攻撃しても返り討ちに遭うかもしれないが、マルスの力ならマガトをもっとボコボコにすることもできるはず。
だが、マルスは一切の追撃をせず、抜き身の神剣を手にしたまま襲い掛かって来たマガトを返り討ちにできるよう待っている。
その理由も分かっている。
どれだけダメージを与えても再生してしまうマガトが相手では、今のまま倒しても意味がない。
だからこそ――マルスは待っている。
「お!」
そして、その時は来た。
「逆【世界】」
右手を神樹へ向け、左手を何もない場所へ向けて小さく呟いた直後――巨大な樹である神樹が一瞬だけ消えた。




