第21話 VS神樹②
縮退を続けていた世界――妖精郷。
世界を維持し続けていた神樹は、溢れ出した神気に苦しみだした末に世界を貪ることを決定した。
その自滅の手段が貪食蟻。
「神樹を破壊してしまえば貪食蟻の侵攻を止めることはできる」
俺とメリッサが協力して森を燃やし尽くす勢いで【火属性魔法】を使い続ければ巨大な神樹であろうと破壊することは可能だろう。
「だけど、妖精が生きていく為には神樹が必要不可欠」
神樹を破壊する案は、妖精の事を思えば思案するまでもなく却下だ。
だが、それでは貪食蟻の侵略を止めることはできない。
「問題を解決するには、神樹が生み出し続ける神気をどうにかすればいいんだ」
こちらを訝しく見てくるアルバに提案する。
「そんなことが可能なのかい?」
「余剰エネルギーをどうにかするだけなら迷宮がある」
迷宮は、内部で生み出された魔力を最下層にある迷宮核を送り込むことができ、迷宮核には基本的に無限に保存することができる。
神樹が生み出した神気を迷宮の魔力とする。
これが俺に提案できる解決策だ。
「迷宮……」
アルバが深く考え込む。
魔力災害が起こった頃を女王として生きていたアルバ。彼女は避難施設として与えられた迷宮についても知っていた。
だから、ある程度の安全が保障されていることも知っていたが、そんな場所へ避難することを躊躇していた。
だがそもそも、そんな事が可能なのか?
「できる。さすがにあんなに巨大な移動させたことはないけど、俺のスキルを使えば神樹を迷宮へ持って行くことだってできる」
問題は今の状態のままでは移動させることができない点だ。
その中でも最も問題になっているのが……
「神樹は巨大だ。その巨体を支えるのに地中には太くて強靭な根が張り巡らされている」
そのせいで大地とセットとして考えられてしまっている。
妖精郷そのものと言っていい神樹。せめて今よりも狭めて、目に見える範囲に抑える必要がある。
「だからと言って根を持って行かないわけにはいかない。移植には巨木を支えられるだけの根が必要になる」
根が張り巡らされている範囲を知る必要があった。
「神樹の近くに火を放たせてもらう」
「なっ……!」
俺の言葉に驚いたのはミエルだった。
妖精郷で生まれた妖精にとって神樹は神にも等しい。これまでの破壊を目的としたような言動は実行するつもりがないことから見逃していたが、本気で森に火を放つつもりでいることを察して憤っている。
戦士としてこれまで妖精郷を守ってきた者の怒り。
「安心しろ。妖精が住んでいる場所にまで火は向かわない」
「本当だろうな?」
「もちろん。その事を約束するのに周囲にメリッサとイリスを配置しておこう」
二人なら森を燃やす火を消すのだって問題ない。最終的にはノエルに頼んで雨を降らせてもらえばいいが、彼女には地面を陥没させる役割がある。できれば他の事にかまってほしくない。
「ただし、森が燃やされて最も困るのは神樹自身だ。だからこっちが何かやらなくても神樹が自分の力で鎮火させる可能性は高い」
その予想通り、神樹は地面から根を出して鎮火させるという手段を採った。
「俺の目的は根に激しく動いてもらうことだ」
地上で起こった問題に対処するなら根が真っ先に動く。
「そうすれば根がどれだけ広く巡らされているのか分かる」
まずは根の広がっている範囲を確認する必要がある。
それが計画の第1段階。
「確認はノエルにやってもらう」
「わたし?」
「さすがに神樹も全ての根を出すような真似はしないだろう。だけど、それだけ激しく動けばお前なら神気を持った根を把握することができるだろ」
神気の感知ならノエルの右に出る者はいない。
彼女が把握した範囲で地面を陥没させ、他の者にも分かり易くする。
「わかった」
「そして、ここから計画の第2段階だ」
☆ ☆ ☆
ノエルのスキル【天候操作】による【地震】のおかげで、根のある範囲が目に見えて把握できた。
……けっこう広いな。
「無事に成功させられるかどうかは試してみないと分からないな」
範囲は俺の予想以上だった。
だが、成功するかどうかは試してみるまで分からない。
「クッ……」
上空にいるマガトが苦しそうな顔をしている。
地面は【地震】によってガタガタで、とてもではないがまともに走れるような状態ではない。マガトには翅がある。空を飛んでいた方が今は安定することができる。
「こんな状況でも根は繋がったままなんだな」
根のある地面から離れれば離れるほど尾と根は足枷となる。
それでも倒された時に神気を瞬時に補充させる為には、常に繋がり続ける必要がある。
「マルス!」
ノエルが俺の隣に立つ。
錫杖のある方へ手を向ければ、地面に突き刺さっていた錫杖がノエルの手へと戻ってくる。
彼女に与えられた最も重要な役割は根の範囲の感知。ここから先は俺のサポートに徹することになっている。
「二人とも、位置についたな」
『はい』
『いつでも問題ない』
念話でメリッサとイリスの二人から声が届く。
二人には陥没した地面の外側にまで移動してもらっている。
そして、二人が同時に魔法と迷宮操作を発動させる。
「【大穴】」
「【落とし穴】」
メリッサが発動させたのは目の前の地面に大穴を開け、土を移動させる魔法。一般的には落とし穴を作る為の魔法だが、一般的なサイズは人が隠れられる程度。だが、メリッサの魔力で行えば一度の魔法で100メートル近く掘削することもできる。
イリスが使用したのは落とし穴を作成する迷宮主のスキル。迷宮の外で使用した場合でも、単純な効果であるおかげもあって【大穴】と同程度の穴を開けることができた。
二人の前に大きな穴が出現していた。
「……何を、している?」
その様子は神樹からマガトへと瞬時に伝わる。
伸ばせば根の届く距離。だが、二人を守るようにシルビアとイリスが護衛に立っており、伸ばした手も斬り払われてしまう。
大穴を開けることが何に繋がるのか分からないマガトは困惑するばかりだ。
「こうするんだよ」
二人とも穴を開けた魔法とスキルを、穴の先へと発動させる。
穴が広がっていく。
神樹を挟んで反対側にいる二人が弧を描くように穴を開け始めた。
「まさ、か……」
「真下はいい。大事なのは俺の認識だ」
このまま走り続ければ円を描きながら穴を開けることになる。
穴によって分断された大地と神樹。
「神樹を孤立させる――これが計画の第2段階だ」
「コレならドウダ!」
蠢く神樹の根の先端から黒い靄が溢れ、貪食蟻を生み出す。
独立して動くことのできる貪食蟻なら届くことができる。




