第17話 マガト
マガトと名乗った朱い蟻。
何かを考えるような仕草をしていると、人間よりも大きかった体が徐々に縮んで俺と目線が変わらなくなる。
改めてマガトの顔を見る。先ほどまでの無表情と変わらないはずなのに、今は何を考えているのか表情から分かる。
戸惑い、それから悦び。
「オマエ、には、カンシャ、しよう」
マガトが指をこちらへ向ける。
すると、周囲の地面から神樹の根が飛び出してきて俺を突き刺すべく襲い掛かってくる。
神剣を振るえば、何もできずパラパラと落ち、蟻を生み出す。
新たに生み出された蟻も斬り捨てる。
神樹の根と、生み出される蟻。どちらも俺にとっては敵になり得ないが、倒すには多少の時間を要してしまう。
そうして得られた時間でマガトが爪の生えた手を地面に突き入れる。爪が刺さった先には神樹の根がある。
ドクッドクッ……
爪と手を通してマガトへ神気が供給される。
「どけ」
神剣を置いて頭を蹴り上げれば後ろへと飛ばされる。
だが、それほどダメージはないはずだ。蹴られながら衝撃を受け流していたのが蹴った時の感触から分かった。
マガトがゆっくりと立ち上がる。切断したはずの尾も元通りになっており、先ほど負わせたはずのダメージも完全になくなっている。
「チッ、消耗戦になるな」
神気が供給されれば無限に再生することができる。
受け取る為には根に触れる必要があるみたいだが、尾の先端が地面へと向けられている。簡単に妨害できるとは思えない。
「喋れるようになったんだな」
「ソコノ、ニンゲンから、チシキモラッタ」
マガトは尾をリヒデルトに刺すことで彼から魔力や生命力を一瞬で奪った。
同時にマガトが持っていた知識も吸収し、言語を理解したことで喋れるようにもなった。
「ウマカッタ。ジツニ、ウマカッタ……次ハ、オマエダ」
翅を広げて飛んだ突っ込んでくる。体が小さくなったせいで今までよりも速くなっている。
どうにか反応して体を傾けると頬をマガトの爪が掠め、血が飛ぶ。
ドクッ。
体からわずかに力が抜けるのを感じながら後ろへ跳ぶ。
「俺からも奪うつもりなのか」
「オレが、ホシイノハオマエダケダ」
正面にいる俺を見たままマガトが左右の手の爪を伸ばす。
「え……」
「はっ」
「そ、そんな……」
3人の職員が胸を爪に貫かれる。
瞬く間に干乾びて生命力を奪われてしまう。
「ハラのタシニもナラナイ」
まだ息はあるようで、体を震わせていた。
「この……!」
飛び込んできたアイラがマガトの左から斬り掛かる。
しかし、知性を得たせいか落ち着いているマガトは伸ばした2本の爪でアイラの聖剣を受け止める。俺との攻防から斬り合う事そのものが危険だと学んでおり、仲間も同じ可能性があると判断した。
「「【氷結】」」
前後から放たれた冷気が地面を凍らせ、マガトの足まで氷で覆って動けなくさせてしまう。
イリスとメリッサによる魔法。たどたどしい言葉しか用いることができないおかげで、少し会話するだけでメリッサが後ろへ回り込めるだけの時間を稼ぐことができた。
「でかした」
マガトのいる正面に向かって駆ける。神剣を手にしており、いつでも斬ることができる。
迫る俺に対して動けないマガトが口を大きく開ける。
ダバァッ!
橙色の液体が吐き出され、慌てて横へ跳ぶ。
走っていた場所を見れば地面が溶けて白い煙を上げている。
マガトが吐き出した橙色の毒。威力に息を呑んでいると、横へ跳んだ俺を追うように頭を動かし、毒を吐き出し続ける。
「デタラメな体しやがって!」
頭が真横を向いても追い続ける。
マガトの体に氷柱が何十本と当たる。動きを封じただけでは足りない、と理解したメリッサとイリスの放つ氷柱。
だが、下位ランクの魔法では強固なマガトの鱗を貫いてダメージを与えることができない。そのことを理解しているマガトも氷柱を無視して毒を吐き出し続ける。
マガトの頭が完全に後ろを向く。
「【迷宮結界】」
迷宮操作による障壁、さらにメリッサの張った障壁で毒を受け止める。
身動きが取れないマガトは毒で倒そうと勢いを強める。全てを溶かそうとする毒は障壁にも干渉し、ドロドロに溶かそうとしていた。普通の毒ではない。
「さあ、力は使わせたぞ」
シルビアがマガトの前に忽然と姿を現す。彼女にはマガトの核の位置が正確に見えている。強固な鱗を【壁抜け】ですり抜け、核を破壊するだけで戦闘を終わらせることができる。
短剣を持つ手が急所へと向けられる。
キンッ!
下から跳ね上がって来たマガトの爪によってシルビアの持っていた短剣が弾かれる。
「……ありえない」
シルビアの視界を通して弾かれる瞬間を見ていた。
俺の神剣やアイラの使う【明鏡止水】と違い、シルビアの【壁抜け】はどのような物であろうと全てに対してすり抜けができるようになる。下から叩かれたからと言って防がれるようなものではない。
いや、違う。奴は最初の戦闘で時の停止した世界でも動くことができた。何かしらの特殊な力が働いているのは間違いない。
一手足りない。やはり、ノエルも呼び戻しておくべきだった。だが、一人で蟻の大軍を受け持つには広範囲を攻撃できる者を残しておく必要があった。
ガンッ!
「硬ってぇぇぇ!!」
その時、鈍い音が響き渡る。
拳を握り締めたヒースがマガトの後頭部に殴り掛かっていた。Aランク冒険者の中でも上位の実力を持つ者の打撃でもマガトにダメージを与えることはできず、殴った頭をわずかに押し込んだだけで終わってしまった。
マガトの目線がヒースへと向かい、10本の爪全ての斬撃が浴びせられる。
「あああぁぁぁぁぁ!」
全身に鋭い傷が何本も走る。鍛えられた体のおかげで命を繋ぐことができたが、すぐにでも治療しなければ死へと繋がる傷だ。
「陽動、ご苦労」
マガトの側へ【跳躍】で俺とシルビア、アイラが移動する。
振り下ろされた刃から放たれた俺とアイラの斬撃がズタズタに斬り裂き、シルビアの刃が体内にあった核を斬る。
「イ゛イ゛ッッッ!」
苦悶の表情と呻き声を上げながらマガトの体が黒い靄になって消える。
黒い靄は地面へ……根へ吸い込まれるように消えた。おそらく、ある程度の時間を置いたら、今日復活したように再び姿を現すだろう。
その前に問題を解決する必要がある。
「まったく無茶をする」
膝をついて血を流すヒースに手を貸す。
イリスの【回帰】を受けたおかげで致命傷は癒されている。確認すればマガトに生命力を奪われたギルド職員の3人も元通りになっていた。これでイリスは今日の魔力を使い果たしている。
「イリスが凄い回復系の魔法を使えることは知っていた。そこに賭けて相打ちになってでも倒そうと思ったんだが、予想以上に凄かったな」
マガトが消えると同時に蟻の大軍も消えている。
とりあえずは今日の襲撃が終わり、落ち着きを取り戻していた。
「さて、面倒なことをしてくれたな」
「……その自覚ならあるさ」
犠牲者が出てしまった。
だが、その事を嘆いている暇はない。
凶+アント(蟻)=マガト
元々は指示を出していた事からお喋り




