第16話 東門
「なあ、やっぱりこっそり持って帰るわけにはいかないか?」
「駄目です」
シルバーファングを倒した後、その巨体を引き摺りながら背負ってアリスターまで持って帰っていた。
持ち帰るだけなら道具箱があるから簡単に持ち帰ることができる。
しかし、それを許さなかったのがメリッサだ。
「シルバーファングが討伐されたことは街にいる人々に教えなくてはいけません」
アリスターでは今もシルバーファングが襲い掛かって来るのではないかと厳戒態勢が敷かれている。
おまけに冒険者は街を防衛する為に出された緊急依頼の為に門の近くで待機したままなはずだ。
街の住人、冒険者。
様々な人の為にも討伐された事実は教えるべきだ。
「まあ、それは分かるんだけどな」
討伐された事実を大々的に教える為にも遠くから目に見えた形でシルバーファングの討伐された姿を見せる必要がある。そういう意味では引き連れていくのはちょうどよかった。
それにこっそり持ち帰るというのも無理がある。
今回討伐したシルバーファングは、商人である祖父に渡すつもりでいる。
そうすると市場にシルバーファングの死体が流れることになる。自然とシルバーファングをどこから手に入れたのかという話になり、俺たちが討伐した事実を隠し通せるとは思えない。
ならば、最初から大々的に知らせた方がいい。
ただ、不満もある。
「さすがにこの大きさは重いんだけど」
「いくらなんでも女の私たちが持つわけにはいきませんから」
持てなくはないが、体が大きいせいで運び辛い。
いや、メリッサの言いたいことは分かる。
剣士であるアイラならともかく一般的に腕力が低いとされる斥候のシルビアや魔法使いのメリッサに運ばせている姿を街の人たちに見られたら俺がどのように思われるのか。
(まあ、少なくとも女性に重たい荷物を平気で持たせる鬼畜野郎に認定されるのは間違いないよな)
これからも住み続けるつもりの街の人々にそんな風に思われるぐらいなら多少の我慢ぐらいは大したことない。
「そっちは大丈夫か?」
俺と同じように斬り落としたシルバーファングの頭部を抱えたアイラに尋ねる。
さすがに胴体を運びながら頭部まで運べるほどの余裕はなかったのでアイラに任せることにした。
「あたしの方も重さは問題ないんだけど、こんなに大きな死体を運んでいるっていう状況が……」
その気持ちは分かる。
シルバーファングを倒した場所で血抜きを行い、首の切断面は魔法で凍らせて死体の腐敗が少しでも進まないように処理しているとはいえ、死体をそのまま運ぶことに慣れていない俺たちには辛い。
「これも普通の冒険者たちと同じような経験だと思おう」
かなり早い段階から収納リングを手に入れることができたため死体を持ち運ぶということに慣れていなかった。
アイラも俺たちのパーティに合流する前は個人で活動していたが、護衛依頼や凶暴な魔物の討伐依頼が中心的だったため倒した魔物の素材には扱い慣れていなかったらしい。
「なんだか騒がしいな」
戦いのあった場所から1時間以上掛けて歩くとようやくアリスターが見える場所まで着いた。
だが、門の前が騒がしい。
門の前では冒険者が数十人ほど固まったまま俺たちの方を見ており、後ろの方では街の警備兵たちが戸惑っていた。
「分かりました。これのせいですね」
これ――アイラの抱えるシルバーファングの頭部のせい。
「そういうことか」
アイラは頭部を胸の前に抱えて街へと歩いていた。
そのせいで街の人たちは頭部だけのシルバーファングを真っ先に見つけた。そして、胴体がどこかと探せばすぐ隣にいる俺が何かを引き摺りながら背負っている姿が見える。
「彼らにしてみればいつ襲ってくるのか分からない恐怖の対象が頭部と胴体を切断された状態で現れたようなものだからな」
そのせいで門の前にいた人々は慌てていた。
ここまでの騒ぎになっているならメリッサの言う通りにしていたのは間違いではなかった。
とりあえず事情説明の為に冒険者たちを仕切っていたギルドマスターの前まで移動すると背負っていたシルバーファングを地面に下ろし、アイラも頭部を置く。
「シルバーファングの討伐を終えました」
「……本当にシルバーファングを討伐したのか」
「偽物なんかじゃないですよ」
「もちろん疑っているわけではない。私も10年ほど前に戦った経験があるから分かるが、こいつは間違いなく本物のシルバーファングだ」
ギルドマスターの言葉に門の前にいた冒険者たちが沸き立つ。
Sランク冒険者パーティが複数でも討伐できなかったシルバーファングが本当に討伐されるわけがないと思っていたらしい。
「ごめんなさい。みなさんの緊急依頼を奪うような真似をしてしまって」
「何を言っている。緊急依頼なんてほとんどが危険な依頼ばかりだ。依頼を片付けられたからって怒るような奴はいないぞ。逆に死ぬような危険な真似をしなくなって感謝したいぐらいだ」
「ありがとうございます」
先輩冒険者の1人が答えてくれる。
他の冒険者もどこか安心したような顔をしていた。
「ところで、シルバーファングは君が倒したのかな?」
ギルドマスターが尋ねてくる。
以前に俺が1人だった時に魔物1000体を倒したことからシルバーファングも俺1人で倒したと思ったらしい。けど、今回は4人での功績だ。せっかくだから利用させてもらおう。
「いえ、今回は普通にパーティで倒しました」
「お嬢さんさんたちも?」
「そうですよ」
騒がしくなる冒険者たち。
アリスターで活動している冒険者なら俺の功績をなんとなく聞いているが、彼女たちの場合はアイラが強い剣士だというぐらいしか伝わっていなかったからな。
この辺りで彼女たちも強いと認識してもらう。
「そうか。そうなると彼女たちのランクアップも検討する必要があるな」
ランクアップすると緊急依頼の対象になって今回のように自由に動くことができなくなるが、今後のことも考えると悪いことばかりではない。
ギルドマスターがランクアップをしてくれるというならありがたく頂戴するつもりだ。
冒険者たちの歓声を受けてシルビアが恥ずかしそうにして、アイラは両手を振って応えていた。メリッサは、これからのことを考えているのか俺の隣でギルドマスターとの話を聞きながら軽く微笑んでいるだけだ。
「すまないが、詳しく事情を聞かせてくれないか?」
ギルドマスターと話していると兄のカラリスを連れたアリスター伯爵がやって来た。
騎士である兄が緊急事態に東門の前にいるのは分かるが、まさか領主である伯爵までいるとは思わなかった。疲れていることと人が多いせいで気配の感知を怠っていた。
「アリスター伯爵」
「いや、そのままでいい。それで、本当にシルバーファングは討伐されたのか?」
「はい」
兄と同僚の騎士がシルバーファングの死体を観察していた。
特に切断された首には興味を示している。
「どうやって倒したのか聞いてもいいかな? 今後、同じようにシルバーファングが現れた時の為に参考にさせてもらいたい」
「どうやって、と言われても見たままのことしかしていませんが」
何度か攻撃を当てて速度を落とし、魔法で動きを止めている間に剣で首を切断したことを簡単に説明するとアリスター伯爵だけでなく、話を聞いていた冒険者たちも微妙な顔をし始めた。
なんだ?
「シルバーファングには体に刃が届かず、速すぎる動きを止めようと思ってもスキルによる影響かこちらの方が動きを止めさせられると聞いていたが……Sランク冒険者の連中が嘘を言っていたとも思えん」
あ、逃げ帰ったSランク冒険者からシルバーファングの戦闘方法について色々と聞いていたからシルバーファングの持っていたスキルについても知識があるのか。
「斬撃の方はそういうスキルがあったから通用しただけです。動きを止めるスキルも使われましたけど、意外とどうにかなるものですよ」
「そういうものか……」
意外と簡単だったと答えると俺については納得してくれた。
ただ、俺の言葉に頷いてしまったシルビアたちの方を見て微妙な顔をしていた。彼女たちも平気だったと言っているようなものだし、微妙に異なる切断面から首を斬り落としたのが俺とアイラによるものだということは騎士なら分かっているみたいだ。
「とにかく街を救ってくれたことに感謝を述べさせてもらう。後日、冒険者ギルドを通して臨時報酬を出させてもらうつもりでいるから受け取ってほしい」
「ありがとうございます」
今回の討伐は、依頼を受けたわけではなかったが主とまで呼ばれる魔物の肉が手に入っただけでなく領主やギルドマスターからの評価も上がり、成果としては上々なものとなった。