第15話 妖精郷への侵入
妖精郷から離れた場所にある小高い丘。その頂上に次元の歪みは発生していた。目には亀裂のある『そこ』だけが歪んでいるように見える。しかし、見えない影響が周囲には及んでおり、人のいる場所に発生させるべきではなかった。
結果、人の寄り付かない丘に次元の歪みが発生した。
急いで戻って来たため、息を荒くしながらの説明によれば負傷した門番の二人が妖精郷側へ投げ込まれた。それを見ていた世話役の妖精が全速力で郷まで戻ってきてくれた。
「……どうやら遅かったみたいだ」
体力を使い果たした妖精はシルビアが介抱してくれている。
探知能力に長けたシルビアでなくても遠くから多くの人間が近付いてくるのは、静かな郷に響く重たい音を聞いて気付く。
鎧を纏った者、軽装ではあっても装備を鳴らしている者。単純に数十人が一斉に近付いているためやかましい。地面は地震でも起きたのかと錯覚してしまうほど振動を伝えてくる。
「ふん。ようやく到着したか」
先頭を歩くギルドマスターのリヒデルト。自分が代表者である、と誇示しているようだった。
「よし、調査を開始しろ。我々の世界と繋がることになった『何か』があるはずだ……まあ、ここまで目立つ物があるのだから見落とす方がどうかしている」
リヒデルトの視線の先には神樹がある。
たしかに妖精郷においてこれほど目立つ存在はない。
「待て待て」
言葉が聞こえていた俺は止めに入る。
間違って伐採や傷付ける判断をくだされてはどのような影響が出るのか分からない。今は触れておかない方がいい。
「なんだ?」
「これには触れない方がいい」
「ふん」
せっかく忠告してやったというのにリヒデルトは鼻で笑った。
「誰かと思えば先に入ったのに何の手掛かりも掴めず帰還しなかった冒険者ではないか。結果が出なかったのなら邪魔しないでもらおう。私たちには時間がないんだ」
遺跡は、数日すると次元の歪みが正常化され、向こう側からの侵略が可能になる。
次元の歪みが確認されてから既に数日が経過している。万が一の事が起きた場合を考えると焦る気持ちは分かる。だが、リヒデルトが焦っているのは自らの功績が欲しいからだった。
「王家とも親しい冒険者のお前たちだ。今回の件に関してもそれなりに期待していたというのに何の報告もない。先ほど助っ人になってくれた冒険者が現れなければどうなっていたのか分からない」
慌しく動き回っている冒険者たち。その中から一人の青年が出てくる。俺にはすごく覚えのある相手だ。
「……ゼオン!」
隠れるようにしていたのは同じ迷宮主であるゼオン。
彼のスキルには【自在】がある。気配も自由自在であるため群衆の中に紛れてしまうと見つけられなくなってしまう。
ようやく理解した。
門番の二人の実力を自分の目で見たわけではないので事実はどうなのか分からない。それでもミエルが信頼していたことから、門番を任せられる最低限の戦闘力を保有していたのは分かる。少なくとも冒険者で言えばAランク以上を有していたのは間違いない。
それでも負かした奴がいる。
相手がゼオンなら勝敗にも納得できる。
「なるほど」
「うん?」
「今回の一件にお前も絡んでいるんだな」
魔力を集めるため、あちこちで騒動を起こしているゼオン。今回も神樹がある場所で騒動を起こせば大量の魔力が得られるのは間違いない。
だが、当のゼオンはキョトンとしており、何を言われているのか理解してから納得したと言わんばかりに表情を変えた。
「いいや」
「は?」
「ここには面白い事が起こっているから興味本位で寄っただけだ。俺は今回の件に全く関わっていない」
普通では考えられない事が起これば迷宮主の関与を疑う。
ゼオンの関与を心のどこかで疑っていたが、本人の言葉を信じるなら今回は無関係らしい。
「それよりも俺なんかに構っている暇があるのか?」
「なんかって……」
ゼオンは放置できる問題ではない。
ただし、別の問題も放置できない。
「ほう。ここは入念に調べる必要があるな」
「まずは何が得られるのか調べる必要がありますな」
ギルドマスターとサブギルドマスターのリヒデルトとヴァルターだ。
二人ともゼオンが決闘に勝利したことで妖精郷を訪れられるようになったため、こうして利益を求めて動こうとしていた。
この二人はダメだ。冒険者に利益を齎してくれるだろうが、ほとんどを指揮した自分たちの功績にしようとするだろうし、現地の事を全く考えずに行動するはず。いつものように人の住んでいない世界なら問題ないが、この世界には既に妖精という存在がいる。身勝手な行動は許されない。
「あのな……」
注意をしようと思ったが遅い。
力はあっても自分勝手な者が多い冒険者。気付いた時には各々が自分の考えで妖精郷の探索を始めていた。中には唐突に現れた多くの人間に怯えている妖精に触れようとしていた柄の悪い者がいたが、そういった連中からはアイラが率先して動き他の眷属もバラバラに動いている。
ただ、たった5人で守るには数に差がありすぎる。向こうには人を残さずに全員でこちらへ来たようだ。
「仕方ない。お前の事は後回しだ」
ゼオンの側を離れ、責任者であるリヒデルトの元へと向かう。一人一人に注意したところで効果は薄い。どうにかして責任者にまとめさせなければならない。
俺たちは妖精郷の責任者であるアルバが認めた人物ということで好意的に見られていた。ここで冒険者に問題を起こされては今後の調査に支障を来してしまう。
せっかく、妖精郷について色々と分かって来たところだっていうのに邪魔されたくない。
「果たして、そんな暇があるかな」
「……は?」
ゼオンの言葉にリヒデルトのいる方へ向かおうとしていた足が止まる。
やっぱり、何かを企んでいた!
「別に画策していたわけじゃない。俺は、お前よりも色々な事を画策してきた。だからこそ何か問題が起きているなら真っ先に気付けるだけの話だ」
何かが起こっている。俺には気付けないことにゼオンは一瞬で気付いた。
しかし、冒険者が慌しく動くせいで喧しく集中力を乱し、地面が揺れているせいで考えがまとまらな……
「……地震?」
最初は大人数が動いているせいで揺れているのだと思った。だが、さすがに重装備の者もいるとはいえ数十人が動いた程度で地震のようだと錯覚してしまうはずがない。
地震の可能性を疑う。だが、妖精郷で地震が起こらない事を俺たちは今日になって知った。
なら、もっと別の要因によるものだ。
それも地面の下にある。
「……マズい!」
気付いて【迷宮同調】で情報を全員と共有する。いや、俺が注意を呼び掛けるよりも一瞬だけ早くイリスが気付いた。
声に出して冒険者に注意するような余裕はない。
ゼオンを見ると俺が気付いたことを悟ったのか口元がにやけていた。
「クソッ!」
ゼオンは早々に気付いていた。
その事を悔しく思いながら近くにいたリヒデルトとヴァルターを抱えて前へ跳ぶ。眷属の5人も俺と同じように危機が迫っている者を抱えて離れている。
直後、地面から先端が鋭く尖った根が飛び出してくる。それも1本や2本といった数ではなく、何十もしくは何百本といった数だ。
「うぐぅ!」
「がっ」
冒険者も突如として現れた根を回避する。
しかし、間に合わない者もおり、体を貫かれて倒れる者が現れ始める。
リヒデルトとヴァルターを抱える俺の方へも根は伸びてきており、俺に狙いを定める根を正面に見据えながら回避していく。抱えているリヒデルトの額がわずかに切り裂かれてしまったが、それぐらいは許容してほしい。
「ひぃ……!」
「な、なんなんだこれは!?」
戦闘能力がなく、あくまでも冒険者ギルドの人間でしかない二人は俺の腕の中で恐怖するしかなかった。
「妖精に恵みを齎すはずの神樹が牙を剥いたんだよ」
どうして牙を剥いたのか。
その理由は今のところ推測の域を出ない。




