第13話 神樹の調査
「神樹を調べたい!?」
翌朝。
再び妖精郷を訪れると俺たちの案内役であるミエルに神樹を調べる許可が欲しいと願い出る。
請われたミエルが困ったように頭を掻く。
「いちおうオババから許可は貰っているから神樹に近付くのはいい」
「よし」
「だけど、妖精郷にいる連中はいい顔をしないだろうね」
妖精にとって神樹は信仰の対象とも言え、普段は彼らも近付くことがない。
それが余所者の俺たちが自由に近付いているとなれば不快に思うのも仕方ない。
「大丈夫だ。多少はサンプルをもらったりするけど、大きく傷つけたりするつもりはないから安心してくれ」
直径約1キロの樹。
試しに神樹の周りを歩いてみたが、相変わらずの巨大さに圧倒されてしまう。どうやって巨体を支えているのか気になるところだが、今は蟻が現れる手掛かりを見つけなければならない。
と言っても俺にできることは少ない。
「調子はどうだ?」
神樹の近くでは既にメリッサたちが調査を開始している。
許可が必要だったのは、神樹に触れる許可だ。観察するぐらいなら問題にはならない。
「はい。分かった事はあります。ここにある神樹もエルフの里にあった神樹と同質の物……というよりも同じ物です」
神樹は、大昔に魔力災害が起こった際、地上を不憫に思った創造神によって環境を浄化するシステムとして植えられた。
神が過剰に干渉してしまうと世界のバランスが崩れてしまう。魔力災害というどうしようもない災害が起こっても、神樹というシステムを与えることで助けるのが限界だった。
「ということは、ここの魔力も純度が高いのか」
俺や感知能力の高いシルビアでも違いは分からない。それでもメリッサに言わせれば神樹の周囲は魔力の純度が違うらしく、おかげで貴重な薬草などを栽培するのに適した環境になっている。
「高いと言えば高いのですが……」
「なんだよ」
「たしかに神樹の周囲は純度が高いです。ですが、妖精郷全体で見るとそこまで高いようには感じられないのです」
妖精郷は土地を広く使っている。
エルフの里だと森の外から来る人間を警戒する必要もあるため纏まって行動している。しかし、妖精郷は建物の位置などを空から見ると無秩序に建てられていた。
必要になると建て、後の事など考えていなかった。
「漠然とした感覚ですが、生成された純度の高い魔力は何かに消費されているのだと思われます」
消費された理由は分かっていない。
だが、問題解決の糸口になってくれる可能性は高い。
「もう少し神樹について調べてみたいと思います」
「許可は貰ってあるから大丈夫だ。後から文句を言ってきたとしても俺が黙らせるから気にせず採取しろ」
メリッサが杖をひと振りすると発生した風の刃が神樹の表面を切り裂く。破片をさらに細かく砕いて薬液に浸すと様子を観察していた。
「そっちはどうだ?」
イリスとアイラには妖精郷と呼ばれている場所の外を探索してもらっていた。
どこまでも広大な森が続いている世界。南へしばらく進むと海へと辿り着くが、今のところ南以外はサファイアイーグルと感覚を同調させられる範囲には森しかない。
そんな場所だからこそ気になったことはある。
『ダメね。さっきから次々と襲われているわ』
念話に応えながらアイラが剣を振ると襲い掛かって来た魔物が斬り裂かれる。
灰色の毛をした熊型の魔物で、普段は白いに近い色をしているが警戒すると黒色へと変わっていって凶暴になって手が付けられなくなる。
そんな魔物もアイラなら片手間で片付けられる。妖精郷には戦闘を専門にした妖精がいるらしいが、彼女たちでも犠牲を出さずに倒すのは不可能だ。
少し離れた場所ではイリスも魔法を駆使して氷漬けにしている。人の生活していない範囲なら、ある程度の森への被害は許してくれるはずだ。
「なら、おかしいな」
二人が倒した魔物は既に100を超える。
それだけの魔物が妖精郷を出てしばらくして襲い掛かってくるようになった。
『妖精郷を、と言うよりも神樹の影響範囲を出たことで襲い掛かってくるようになったんだと思う』
「そこもエルフの里にあった神樹と同じか」
魔物を寄せ付けない効果を持つ神樹。
影響範囲から出れば魔物に襲われてしまうのも当然だと言えた。
「今は少しでも情報が欲しい。何かあったらすぐに連絡してくれ」
『そう言っても、森が魔物に遭遇する以外には何もないわよ』
護衛としてメリッサの側にいると神樹周辺の探索に出ていたシルビアとノエルが合流する為に戻って来た。
メリッサも二人が近付くのには気付いていたが、観察が佳境に差し掛かったところらしく反応する余裕がない。
「メリッサ」
「どうしました?」
「根は調べた?」
「……いいえ」
神樹はエルフの間でも神聖視される。そのため神樹の素材が出回ることはないが、貴重な薬の素材になることが分かっているため場合によっては提供されるようになった。
使用されるのは神樹の枝や葉。
残念ながら普通の樹ではない神樹が養分とするのは大気中に存在する魔力。根から水分を吸い上げているわけではないため、あくまでも巨大な樹を支える為でしかない。
「いくつか気になった所があったから見てほしいの」
シルビアが案内したのは神樹から少しだけ離れた場所。周囲には何もなく、神樹から近いというだけで立ち入り禁止にされていた範囲だった。
緑色の小さな草に覆われた地面。
屈んだシルビアが草を掻き分けると、他とは違って黒く変化した地面が現れた。
「よく見つけましたね」
草を掻き分けるまで変色していることなど気付かなかった。
「こんな風に変わっているのが全部で37ヵ所存在したの」
「……それは異常ですね」
黒く変化した地面をスプーンのような形をした器具で掬い、透明な液体の入った瓶に入れると瞬く間に液体が黒く変化してしまう。
「ぅ……」
思わず鼻を摘まんでしまう。
地面にあった時は気にならなかったが、鼻を突くような異臭がする。
「この液体は魔物が残した瘴気に反応して色が濃くなります」
錬金術師のいるパーティで魔物の痕跡を追う場合には重宝される薬らしい。
「待てよ。そんなに濃くなっているっていうことは……」
「単純に魔物の痕跡に反応しただけではありません」
膨大な量の瘴気が地面に染み込んでいることになる。
「わたしが感じていた違和感もこれが原因なんだと思う」
狐の耳が垂れてしまっている。
それだけ人の気力を削ぐような力を備えている。
「地面、もしくは根に原因がありそうですね。これは予想外でした」
だが、異変は臭いだけで終わらなかった。
メリッサが手にしている瓶から黒い煙が溢れ出しており、瓶を持つ手に触れる前に蹴り飛ばして離す。
地面に落ちて瓶の割れる音が虚しく響く。
「ギィ、ギィ!」
直後、前日に何度も聞いた蟻の声が聞こえ、溢れ出した黒い煙を媒体にして体が実体化されようとしていた。
咄嗟に実体化した胴体を踏み潰して動けなくする。
「大丈夫か!?」
メリッサに尋ねる。
瓶を蹴り飛ばした時に煙が当たってしまった可能性がある。
「は、はい……濃度の影響なのか当たった程度では問題ありません」
「それにしたって……」
「ですが、原因は見えてきました」




