第8話 妖精の宿命
妖精郷。
そこに住む妖精の誰もが生まれるよりも前からある幻想的な場所で、巨大な樹である神樹を中心に自然が広がり、いくつも流れている川を水路のようにして利用していた。
川に沿って歩いていると二人の少女がミエルの方へと近付いてくる。
「みえる、さま!」
「あそぼう!」
ヒシッと足にしがみつくと膝くらいの高さから顔を上げてミエルを見る。
「えっと……」
対応に困るミエル。今の彼女は救世主である俺たちに妖精郷を案内する役目を担っている。
だが、少しして少女たちの母親二人が頭を下げながら引き取っていく。
連れられて行く子供たちは残念そうにしていたが、二人の母親はミエルが重要な仕事の最中だと見抜いた。
「ごめんね。今度いっしょに遊ぼうね」
「うん!」
「ばいばい」
一生懸命に手を振っている二人の少女。
母親は必死に頭を下げており、そんな母娘の様子を見ていた女性たちは微笑ましいものを見て笑っていた。ミエルは粗暴な口調とは違って妖精郷の住民から親しまれていた。
「うん?」
長閑な光景を見ていて気付いてしまった。
「……女性しかいない?」
自然と口から気付いた事が出てしまった。
ミエルや代わりに出て来た二人の門番も女性で、長老のような存在であるアルバも女性。周囲へ見渡してみるが、目に入るのは女性の姿ばかりで男性の姿は全く見つからない。
「妖精は女性だけなのか?」
「そうだ。肉体の大部分を魔力で構成し、長命である事以外は人間と変わらない。だけど、生まれてくる方法が特殊なんだ」
妖精は神樹の祝福を受けて誕生する。
ある日、地面に小さな木の実が落ちていることがあり、それを拾った妖精には母親としての役割が与えられる。妖精に血縁関係はない。それでも彼女たちは自分の子供として愛していた。
長命である事を考えればエルフの方が近い。しかし、エルフは老化がゆっくりなだけで止まるわけではない。だが、妖精は若い頃の姿を保ったまま寿命が訪れると静かに息を引き取る。
「父親は妖精郷にいない」
だからパーティの中で唯一の男である俺の事を警戒している。
その割には恐れている、といった感じはしなかった。
「男性の姿を全く見たことがないわけじゃないからだ」
「ああ。そういえば迷い込んだ人がいるんだったな」
彼らの存在は妖精にとって貴重だった。
「この郷は外とは完全に隔絶された世界」
食料などの生きていく為に必要な物資には森があるおかげで困らない。
娯楽も迷い込む者が稀にいるおかげで得られるし、知識や技術といった情報も定期的に入手できる。
閉ざされた世界。
妖精郷はそう呼ぶに相応しい世界だった。
「外に出ようとは思わないのか?」
「どうやって?」
「それは……」
今回、ミエルたちは門番として妖精郷の外へと出ることができた。しかしそれは、神樹の起こした奇跡によって世界と世界が繋げられたおかげでしかない。
もちろん過去には妖精郷の外へ行こうとした妖精がいた。
「妖精は全員が神樹の近くで生活している。アタイは聞いたことないけど、もしかしたら神樹から離れた場所でも誰かが生きているかもしれない」
そんな風に考え、郷を出て旅に出た。
だが、ミエルがその後でどうなったのか聞いたことは一度もなかった。
「妖精は神樹の近くで生活するしかない。だから外から来てくれる人の存在は貴重なんだ」
話を聞くだけでも心が躍る。
妖精の生活圏はここから見える範囲にしかない。穏やかな気持ちで眺めていると駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。
「ミエル様!」
籠を背負った十代後半ぐらいの少女だ。人間だと錯覚しそうになってしまうが、少女の背には半透明な羽があり、魔力の質から妖精だと分かる。
「討伐頑張ってください。私は戦えないですけど、少しでも役に立とうと薬草を採ってきたんです」
少女の背負う籠の中には薬草が詰め込まれていた。
「なっ……! まさか郷の外にまで行っていたのかい!?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと今朝の内に出て、夕方までには戻って来られる場所までにしか行っていませんから」
「それでも今の郷は危険なんだよ。何かあったらどうするつもりなんだい!」
「す、すみません……」
叱られたことで項垂れる少女。
だが、すぐにミエルの後ろに俺たちがいることに気付いた。
「男の人……? この人たちは誰ですか?」
少女だけではない。郷にいる妖精からずっと見られているが、中でも注目されているのは男性である俺だった。
「外から招かれた救世主様だ」
「この方たちがですか! どうぞ私たちを助けてください」
手を組んで祈りを捧げるような仕草をすると籠を抱えながら自分の家へ入っていく。薬草は大きな効果を発揮させるなら調合させた方がいい。その為の作業があるのだろう。
「討伐、か。それが困っている事態なんだな」
「ああ」
門番を用意し、彼女たちよりも強い力を持つ者を望んでいた。
そうなると彼らが抱えている問題は自然と限られてくる。
「門番……妖精の中でも強い戦士のミエルよりも強い相手がいて困っていた。だから強い奴を求めていたんだろ」
「正解」
純粋な戦闘能力を求められていることは分かっていた。
ただし、相手に関する情報が分からなかったため郷を案内されている間も警戒を緩めていなかった。
気になるのは『敵』が見つからなかったことだ。注目されて気にされているのは間違いないが、その中に敵意らしきものが見つからない。
「で、敵は誰なんだ?」
シルビアで見つからないとなれば探し出すのは難しい。
だが、そもそも最初から探し出す必要などなかった。討伐が必要な事実は一般人と思しき少女も知っていた。敵は既に周知の存在で、種族全体で危機に陥っていることまで知られている。
「そろそろ陽も暮れるだろうから教えてくれると助かる」
「アンタたちの実力は知っている。だから、あいつらにも苦戦しないだろうっていうのは予想できる」
「あいつら……」
「言葉で説明するよりも見せた方が早い。だから待っていたんだ」
陽が沈みかけ、森が赤く染め上げられ始める。
――バタン!
――バタン!
――バタン!
直後、郷の扉や窓が一斉に閉められたことで大きな音が響き渡る。
「な、なに!?」
全く予想していなかった音にノエルが驚いている。
一つ一つは小さな音でも、一斉に響き渡れば人を驚かすには十分な大きさとなる。
「妖精は協調性が強い。だから決められたルールには全員が従う」
襲撃があれば建物の中へ避難する。
当たり前の行動ではあるが、数百人が実行するには難易度が高い。
「救世主様に頼みたいのは『敵』の排除。敵は陽が沈みかけている夕方にのみ現れる」
タイミングは間違っていなかったようで、カサカサといった這いずり回る音が聞こえてくる。




