第15話 虎狩り
壁の向こう側から氷のブレスを浴びせて俺を凍らせたシルバーファングが壁を迂回して凍ったままの俺に牙を突き立てようとしていた。
氷の中に閉じ込められた俺には回避する術がない。
「せいっ」
『ぐふっ』
シルバーファングが横へ大きく吹き飛ばされる。
横から腹を蹴ったのはシルビアだ。
『小娘……!』
シルバーファングが激昂している。
そんなことには構わずにシルビアが短剣を振るうとシルバーファングの体から血が流れる。
『なぜだ、今の我は断絶の牙も解除して棘毛を発動させている。小娘の攻撃で傷を負うことなどあるはずがない……!』
3種類のスキルを持っていたシルバーファングだが、1度に使用することができるスキルの数は1つまでらしい。
そのためシルビアに蹴られた時は俺を噛み砕こうとして棘毛を解除していたせいでスキルによる防御が間に合わなかったが、今は棘毛を発動させている。
それでもシルビアの連撃は止まらない。
「あなたの体は確かに硬いわね。けれど、硬いのは毛だけ。その下にある肉は耐久力が低いままなのよ」
シルビアが使用しているのは『壁抜け』。
それだけ強力な防御力があろうともすり抜けてしまえば意味がない。
おかげでシルビアの攻撃力でも腱を斬ることができた。
『くっ……』
体から力の抜ける様子に思わず後ろへ跳び退いてシルビアから離れる。
だが、主を凍らされて怒っているシルビアは追い打ちを止めるつもりがない。後ろへ跳んだシルバーファングを追う。
『彼は、わたしが対処するからその間にご主人様を助けて』
『それはいいけど……大丈夫なの?』
『問題ない。やり方次第でどうとでもなる』
シルビアは攻撃の瞬間に壁抜けを使用して硬質化している毛の内側を攻撃している。
この方法ならダメージを与えることも可能だ。
後ろへ跳んだシルバーファングだったが、自分の速度に追随する勢いで迫って来るシルビアを攻撃する為に爪を振るう。
しかし、振るわれた爪は動き回るシルビアを捉えることができずに体を斬られてしまう。
『どういうことだ!? 我に匹敵するほどのスピードだと!?』
「残念だけど、それは違うわ」
シルバーファングの体を斬りながら答える。
シルビアの持つ短剣では傷を付けることはできても致命傷を与えるには至らない。
「わたしの敏捷はたしかに高いけど、それにしたってあなたの2/3ぐらいしかないわ」
シルバーファングの敏捷が約9000。
シルビアの敏捷が約6000。
「けれど、敏捷の高さがそのまま素早さになるわけじゃないわ」
敏捷3000の差を埋められるだけの要素がシルビアとシルバーファングの間にはあった。
それは、体の大きさだ。
「そんな巨体でよく機敏に走り回ることができたわね」
『そういうことか!?』
体に傷を付けられる感覚を覚えながらシルビアの姿を捉えようとするが、見つからない。
シルバーファングの方が圧倒的に敏捷が高いが、虎型の魔物で4足歩行をしている体の構造上、どうしても左右への小回りが利いていなかった。
対してシルビアは前後左右上下に動きながら相手の死角へと潜り込み一撃を叩き込んでいた。
「それで、マルスを助けるって言ってもどうするの?」
アイラとメリッサの前には氷の中に閉じ込められた俺がいる。
「あたしの剣で斬っていく?」
「そんなことをしたら主まで斬ってしまう可能性があるでしょう。炎で溶かすのが一番です」
「あれ? さっき火魔法は禁止されていなかった?」
「禁止されたのはシルバーファングに対する火属性魔法の使用です。主を相手に使用する分には問題ありません」
メリッサの手の中に大きな炎が出現する。
俺を相手に使用するということで大きさを抑えているみたいだが、そんな炎で全身を包み込む氷を溶かそうとしていては時間が掛かり過ぎる。
『そろそろ出たらどうだい?』
『そうするか?』
迷宮核の念話に答える。
その言葉は目の前にいる2人にもしっかりと届いていたらしく何か危険を察したのか1歩後ろへ下がってくれる。
全身に力を込めて拘束されていた体を振りかぶる。
「寒くて死ぬかと思った」
ステータスに任せて内側から力尽くで破壊した。
大きな炎を作り出して氷を溶かす方法も考えていたのだが、物理的に破壊する方が簡単だった。
「簡単に脱出することができたのですか?」
「いや……氷の中に閉じ込められるとかなかなか体験できないことだったから」
どんな感じになるのか少し待っていた。
さすがにシルバーファングに攻撃された場合はマズかったが、氷を破壊できるほどの力を込めるには少し時間が必要だった。
「さて、そろそろ終わりにするか」
シルバーファングは未だにシルビアの攻撃に晒されていた。
『シルビア、下がれ』
『はい』
攻撃をしながらも俺の様子を確認していたシルビアがシルバーファングから離れる。
後ろへ下がっていたシルバーファングは目の前から突然いなくなったシルビアにポカンとしていた。だが、視界の端に氷の中から抜け出た俺の姿を見つけると威嚇する為に姿勢を低くする。
右手を手前にクイックイッと動かす。
『きさま……!』
シルビアの攻撃に晒され続けていたシルバーファングはちょっと挑発するだけで俺に向かって突進してきた。
「やれやれ」
顔に怒りを露わにしているシルバーファングに構わずに空を見上げる。
快晴の空だったが、冬ということで冷たい感じがした。
正面を見なくてもすぐ先まで爪が迫って来ていることは分かった。
「ジャンプ」
爪で斬り裂かれる直前に視界内ならどこへでも一瞬で移動することのできる跳躍で上空へと移動する。
『どこへ行った!?』
怒り狂った様子のシルバーファングは俺が上空へ移動したことに気付く様子がない。
「迷宮操作:罠創造」
『上か!』
シルバーファングが上空を見上げ俺の移動先に気付く。
わざわざ必要もないのに罠創造を言葉にしたのは、俺が上空へ移動したことに気付かせる為。そして、罠創造で造り出すのは巨大な落とし穴。
「落ちろ」
『なんだと!?』
一瞬で足元にあった地面が消失し、半径10メートルの巨大な穴へと落とされていく。いくら敏捷9000を誇るシルバーファングだったとしても足場の消失した10メートルもの場所を移動することはできない。
「迷宮操作:罠創造」
次に造り出した罠は――崩落。
罠を作動させてしまうと天井が崩落し、石が落ちてくる罠。
天井などのない屋外で発動させた場合は、迷宮の魔力から作り出された石が頭上から降って……落ちて来る。
穴の中に落とされた50センチほどの石が落ちてくる。
体長6メートルを超える巨大な虎の前では小石のようにも思えるサイズ。
だが、これでいい。
迷宮操作や魔法で造り出された物質は強度や大きさを自由に設定することができるため、それを利用してシルバーファングに小さなダメージを与えられる強度と大きさに変更していた。
「お前の力はだいたい分かった」
最初の一撃、それに迷宮操作で生み出した壁を壊せなかったこと。
戦ってみて分かったが、スキルの棘毛さえ使用させなければ防御力を気にする必要はない。
『調子に乗るなよ!』
穴の底からシルバーファングが飛び出てくる。
その体は氷の鎧に覆われていた。
「氷の鎧……四足歩行しているせいで氷の戦車だな」
全身鎧のようにシルバーファングの体を魔法の氷が包み込んでいた。
棘毛の代わりに生み出された防御手段だ。
『喰らえ』
腹の底に響き渡るような氷結王の遠吠え。
「これも無意味だ」
既に1度受けたスキルだ。
2度も同じような醜態をさらすつもりはない。
シルバーファングに向かって駆け出す。
『何故だ!? 何故、動ける!?』
「そのスキルは遠吠えを聞いた相手の精神を凍て付かせるスキルなんだろうけど、どういうスキルか分かっていれば魔力を体に溜めて耐えることができる」
氷結王の遠吠えを使っていて棘毛を使用できていないシルバーファングを蹴り飛ばす。
「それからお前が戦っている相手は4人だっていうことを気にした方がいいぞ」
――ガシッ
蹴り飛ばされたシルバーファングをメリッサが造り出した10メートルを超える巨大なゴーレムが掴んでいた。
『放せっ!』
「その氷の鎧は私たちにとっては有利に働くものでしかありませんでした」
おかげで少しばかり力を強めても氷の鎧が受け止めてくれる。
ゴーレムが掴んでいた手の力を強めると氷の鎧が砕け散った。
『ここまで強いとは……』
ゴーレムの手から解放され走り出そうとするが、シルビアに斬られた傷、全身に浴びせられた石のダメージにふらついてしまう。
圧倒的な敏捷のステータスを持つシルバーファングだが、いつでも使える速さというわけでもない。
「アイラ!」
「りょーかい」
ゴーレムに意識が向いている間にシルバーファングの左右へと近付いていた俺とアイラ。
その手には剣が握られている。
狙いは――首。
「「明鏡止水」」
スキルによって防御力を上げようとも関係ない斬撃がシルバーファングの首を斬り落とす。
「急所を一撃は狩りの基本だろ」