第5話 門番との決闘-後-
刃と刃がぶつかり合う音が響き渡る。だが、どの音も短い。繰り出された短剣による攻撃をアイラは軽く弾いて防いでいた。
防ぐだけ。それがミエルには腹立たしかった。
「……いつでも倒せるっていうことか」
アイラはミエルの動きを正確に見切った上で防げている。
勢いを利用して突っ込んできたところを見切ったアイラが叩いて左手に持っていた短剣がクルクルと宙を舞い、落ちてきたのをアイラがキャッチする。
完全に見切られたことにミエルが呆然として足を止めてしまう。
そこへアイラが首に剣を突きつける。
「まだやる?」
「……いいや、止めておこう。アタイより強いことは十分に理解した」
その時、周囲で決闘を見ていた人々から歓声が挙がる。
Sランク冒険者でも勝てなかった門番に勝った。それも全く寄せ付けないほど圧倒的な力を見せて勝利した。
歓喜に震えないはずがなかった。
「これでも力と速さにはそれなりの自信があったんだけどね」
「ま、こればかりは運が悪かったわね」
「運?」
「そう。あそこにいるあたしの仲間が見えるでしょ」
言いながら俺の隣にいるシルビアを指差す。メイド服を着ていないが、今も俺に奉仕できるよう斜め後ろで控えている。
「彼女も短剣を使っていてね。もう何年も模擬戦をしているから慣れていたのよ」
早い段階で眷属になったシルビアとアイラ。しばらくは二人で模擬戦をすることが多く、本気で衝突した時も迷宮の地下57階を利用して本気の殺し合いの問題点を解決していた。
ミエルは速いが、それ以上に速いのがシルビアだ。
「む……」
そう言われてもミエルは納得できない。
だからシルビアが1歩前に出る。
「――これで納得してもらえましたか?」
「いつの、間に……」
ミエルの後ろに回り込んで首にナイフを回すシルビア。
一瞬たりともミエルはシルビアから目を離していなかった。それでも見逃してしまったことに驚きを隠せていなかった。
まあ、シルビアは移動時に【時抜け】を使用していた。普通の感覚では動きを捉えることすらできない。
「ああ、納得だ。アンタたち全員がアタイよりも強い」
『全員』には力を見せたアイラやシルビア以外も含まれていることがミエルの態度から分かる。
「いいのですか?」
「これでも相手の力を計る程度の力は持ち合わせている。アイラが一番弱い、とは言わないけど誰よりも強いのはそこにいる男だって言うのは分かる」
眷属の態度から慕ってくれているのは理解できた。
俺の実力が自分よりも上なことはミエルも認めなければならない。そうして、実際に戦っていないリーダーを認めるのだからパーティそのものも認めることにした。
「本当にいいのか?」
再度、聞かなければならない。
ミエルが門番をしていたことにも理由があるはずだ。
「いいんだ。アタイたちは強い奴以外を入れるつもりがなかったからここにいただけだ。もし、強い奴が来たなら通してやればいい」
通れるだけの実力がある、と認められた。
「もし、向こうへ行くなら案内させてほしい」
ミエルが手を差し出す。
「もちろん、よろしく頼むよ」
最初から向こう側がどうなっているのか調査する予定でいた。案内人が捕まったのならちょうどいい。
「ま、待ってくれ!」
背を向けて歩き出そうとしたところで声が掛かる。
ギルドマスターのリヒデルトだ。
「こちらも準備をする。少し待ってもらえないだろうか?」
「……なにを言っている」
「なに?」
「アタイが認めたのは、この6人だけだ。他の奴らが潜るのを許可した覚えなんかない」
たしかにミエルが認めたのは俺たちだけだ。
他の……既に挑戦して敗北した者や冒険者ギルドの関係者まで認めたわけではない。
「ど、どうにかしてくれ!」
リヒデルトが縋るような目を俺に向けてくる。
遺跡攻略の準備をしていたのに全く貢献できなかったとなれば協力してくれた人たちに対して申し訳が立たない。
現状で頼れる者がいるとすればミエルに認められた俺たちぐらいだった。
遺跡関係の問題で多くの人が困っている事に対して協力するのはいい。ただし、権力争いに協力する気は全くない。
「分かりました。依頼を受けた者としてしっかりと何が起こっているのか調査してきたいと思います」
「ち、ちが……」
リヒデルトの思惑とは全く違う言葉。
遺跡は手付かずの財宝が眠っている可能性が高い。多くの冒険者が一獲千金を夢見て来ていたのに、俺たちだけが入る状況を羨ましく思っていた。中には門番がいなくなった隙を見て突入しようなどと考えている者までいるはずだ。
「おっと」
「こっちの様子は覗かせてもらっていたよ」
すると、次元の歪みの向こうから二人の女性が姿を現す。
一人はスラッとした長身の女性で、長い足を惜しげもなく晒していた。手には長い槍が持たれ、近付こうと考えていた者たちを睨みつけていた。
もう一人は少女と言ってもいいぐらい小柄な女性で、両手にはガントレットが嵌められていた。本人の眼光に鋭さがないため、睨み付ける代わりに両手のガントレットを打ち合わせて音を出すことで威嚇していた。
自然と隙を伺っていた者たちの足が止まる。
新たに出て来た二人。俺たちが目にするのは初めてだが、二人ともこれまでに挑戦者と決闘をしたことがあった。だから、彼女たちが戦う姿を見た者は、ミエルと同等に戦うことができる強者だと理解していた。
間違っても襲い掛かるような真似はしない。
「賢いようでけっこう」
「どうしても行きたいって言うなら止めない。けど、決闘の挑戦権を失った奴には容赦をするつもりがないから。そのつもりで挑んできな」
決闘の時は気絶させたり、立ち上がれないようにしたりすることで止めていた。
だが、決闘でないならそんな気を遣う必要はない。無理やりにでも突破しようとする者が再び立ち上がれる保証はなかった。
「ミエル。せっかく救世主様が来てくれたのだから早く連れて行きなさい」
「連れて行くのがミエルっていうのが心配だけどね」
「それ、どういう意味?」
3人で笑い合ってから次元の歪みを越える。
「ここは……」
向こう側から見えていたように森が広がっている。
しかし、より遠くまで見えるようになったことで認識することができるようになった物がある。
巨大な樹。森の中心と思われる場所には巨大な樹があった。
「あの樹……神樹だよな」
エルフの里にある神樹。
見た目は瓜二つと言っていいほどそっくりだった。
「ようこそ――妖精郷へ」




