第3話 功績の奪り合い-後-
王都を南東へ進んだ場所にある平原。
王都の周辺は穏やかで、街道を進む馬車の音が聞こえるぐらいだ。
しかし今は何もなかった場所が多くの人で賑わっている。もっとも、賑やかな騒ぎではなく慌しい騒ぎだ。
「久しぶり」
「マルスたちか。お前も来たのか」
6人で草原を訪れるとアリスターを拠点に活動している冒険者のヒースが迎えてくれる。格闘を主体にした前衛の冒険者で、鍛え上げられた体が自慢だったが今は体のあちこちに包帯が巻かれていて痛々しい。
ヒースの冒険者ランクはA。とはいえ、Sランクになって国に抱えられることに興味がないため昇格を拒んでいた。本人としては辺境のような場所で強い魔物を相手にしていた方が性に合っているらしい。
「アリスターに帰ってきたら、あなたが失敗したって聞きましたからね」
俺の言葉に気分を悪くしたヒースの仲間たち。
前衛が3人、魔法使いが一人のパーティでヒースに憧れて仲間になったようなので、侮辱されたように聞こえてしまった。
「よせ」
いち早く反応したのはヒースだった。
「でも……」
「俺が負けたのは事実だ」
遺跡の前にある次元の歪み。
入口と言える次元の歪みの前で、今回は門番が向こうから出てきており、入ろうとする者たちに勝負を挑んでいる。
実力は十分に持つヒースは冒険者ギルドから推薦され、彼自身も強者と戦えるということで喜び勇んで門番との戦いに挑んだ。
結果は、今の姿を見れば明らかだ。
「詳しい状況を教えてもらえるか?」
「ああ。それはかまわない……」
「おお、来てくれたのか!」
ヒースの言葉を遮るようにして後ろから大きな声が掛けられる。
近付いてきているのは3人。
一人目は王都の冒険者ギルドのギルドマスターのリヒデルト。侯爵家の出身で、兄が爵位を継いだことで自分が侯爵家を継ぐのは絶望的になってしまった。それでも野心を捨て切ることができずに権力を手にしようと画策している。
二人目はサブマスターのヴァルターで、ギルドマスターの実家と対立関係にある家の出身だったはずだ。彼自身に野心はないが、実家からの命令でギルドマスターの妨害をする為に冒険者ギルドで仕方なく働いている。
二人ともSランク冒険者以上の力を持ち、現王家からも信頼されている俺の力を利用する気でいる。
最後は体を揺らしながら歩いている青年だ。二人とは違って純粋に冒険者に憧れていた貴族の出身で、自分に才能がないことから冒険者になることを諦め、冒険者を支えるためギルドの職員になったらしい。彼がいなければ遺跡関係の実務は滞ってしまっていた。
少なくともギルドマスターとサブマスターの二人よりは信用することができる。
「よく来てくれた。まずは食事でもどうだろうか」
「何があったのかは、私の方から説明させてもらう」
リヒデルトとヴァルターの二人がぎこちない笑顔を浮かべながらすり寄ってくる。
二人とも未だに貴族のつもりでいる。そんな人間が力を持っていたとしても平民でしかない相手に遜るなど屈辱でしかない。
「どちらもけっこうだ」
「なに……?」
「それは、どういう……」
二人の提案を断る。
「話なら詳しい事情を把握している人間……当事者から聞いた方がいい」
ギルドの中で詳しいのはシャックスだろう。だが、シャックスもギルドマスターたちのせいで思うように立ち回ることができていない。
今の状況で最も当事者と言えるのは……
「門番に挑戦した人たちから詳しい事情は聞く。邪魔だからどこかへ行っていてくれ」
「な、なんだと!」
「アリスターのギルドで依頼を受けたのかもしれないが、この遺跡は私たちが管理している。私たちの許可なしに挑戦することは……」
収納リングから1枚の書類を取り出して二人に見せる。
それは、リリアナが手続きをしてくれたことを証明する書類。必要なのはギルドの手続きであり、ギルドマスターを介する必要はない。とはいえ、ギルドマスターの思惑に反する行動であるため、俺だけでなく手続きをしてくれたリリアナのギルドでの立場も悪くなる。
ただし、そこまで心配もしていない。
「一応忠告しておくけど、手続きをしてくれた彼女を咎めるのは間違いだからな。もし、彼女を冷遇するようなことがあれば相応の対処を取らせてもらう」
「も、もちろんだ……」
書類上は何の問題もない。
確認したリヒデルトの表情は固かったが、持っているコネならこちらの方が上であるため、万が一の場合には国へ密告させてもらう。国が動くことになるが、それなりの貸しがあるため平民からの要望であっても即座に対処しなければならない。
「随分と賑やかだな」
「あんたたちも来たんだね」
巨大な斧を背負った禿頭の男性――ラエド。
燃えるような真っ赤な髪に黒いローブを纏った若い女性――カルモ。
二人とも王国に所属するSランク冒険者で、ここにいる理由は明白だ。
「二人も呼ばれたのか?」
「そうだね。Sランク冒険者は4人が派遣された」
「だが、勝つことができたのは一人もいない」
門番との戦いは1対1で行われる。
前に立って戦うラエドには有利な条件だが、魔法使いであるカルモには不利な条件に思える。
「そうでもないよ。向こうは挑戦者の実力を見たいようだからね」
戦士の挑戦者には門番の中から戦士が選ばれる。
魔法使いの挑戦者には、門番も魔法使いが対応する。
カルモも魔法使いと戦い、互角の勝負を繰り広げることに成功したが、相手の魔力の方が豊富だったため魔力切れで負けてしまった。
魔法使いにとって不利、という言い訳は成り立たない。
「状況は凡そ理解できた」
今のところは門番の人数は5人。相手に合わせて門番を変えることはあるものの条件は挑戦者に合わせてくれる。
あまりに都合のいい条件に勘繰ってしまう。
「ま、怪しいのは俺も同感だ。アリスターからこっちへ来た時に何かあるんじゃないかって思ったぐらいだ」
ヒースも最初は同じ考えだった。
そして、その考えのまま門番との戦いの時を迎えてしまった。
「挑戦は1回だけ。あの時に全力で戦わなかったことを今では後悔しているさ」
考えを改めることができなかったのには理由がある。
もっとも、ただの言い訳でしかないが。
「理由は実際に目にした方が早いな」
話しながら歩いていると次元の歪みが見えてくる。
何もなかったはずの草原。以前は向こう側が見えていたのに、今は歪んだ空間の向こう側が見えているせいでそこだけ異なった光景が見えている。
どうやら向こう側は森に繋がっているらしく木々が見える。
ただし、今回は向こう側よりも手前の光景が異質だ。
向こう側が見える歪みの前では門番のように一人の女性が立っていた。小柄な女性だが、身の丈ほどある大きな剣を地面に突き刺して手にしており、冒険者が多く集まっているこちらへ目を向けている。
瞳はギラギラ輝いており、挑発的な態度を隠そうとしない。
「女だからって油断するなよ。あの女は小柄な見た目と違って、あのデカい剣を振り回せるんだ」
「ああ。油断はしていない」
本当に油断はしていない。
『主』
『メリッサは気付いたか』
『はい。私とノエルさんは気付きました』
メリッサとノエルが気付いたのは門番の女性の身の内にある魔力。巧妙に隠されているものの異質だ。近くにいるカルモを見るが気付いた様子はない。Sランク冒険者の感知を誤魔化せるだけでも人間離れした力だと言える。
異質な魔力と隠蔽している力。
どうやら敵は簡単な相手ではないらしい。
「随分と賑やかだと思ったら見たことない奴が一緒にいるね。しかし不運だね。今日の門番はアタイだよ。明日にして次の奴に期待してもいいよ。ま、アタイはどっちでもいいけどね」
「――はい!」
「なんだって……?」
門番の女性が興味を失くしかけているところにアイラが手を挙げた。
「そんなに自信があるなら、あたしが打ち砕いてあげる」




