第30話 創造神の依頼
女神ティシュア。
以前はノエルが『巫女』を務め、仕えていた女神だったが、色々とあった末に神としての格をほとんど失い、現在は屋敷で幼い子供たちの面倒を見て楽しく暮らしている女性でしかない。
今の姿しか知らない子供たちからすれば、とても神だと教えたところで信じてはくれないだろう。
「な、なんですか……せっかく子供たちと遊んでいたというのに……」
「……こっちの状況は知っているはずですよね」
帰ることもできずに苦労させられていた。
それぐらいのことはわかっているはずなのに子供たちと遊ぶことを優先させていることに呆れざるを得なかった。
「もちろん理解しています。それで、何が知りたいのですか?」
「あいつは明らかに自分のスキルがどのように強化されるのか知って行動していました。神なら知っていたんじゃないですか?」
ゼオンの傍には女神セレスがいる。人間では知り得ないことも女神なら知っていてもおかしくない。
「その質問に答えることはできません」
ティシュア様の返答は『不可』だった。
知らないではなく、教えることができない。
「格を失った今でも私が神であることに変わりありません。だから私よりも上位の神から下された言葉には従わなくてはならないのです」
それぐらいのことは予想していた。それでも向こうに神の関与が高い可能性で疑われている状況なら協力してくれると思った。
だが、結局はダメだった。
「え……教えてもいい?」
だが、突如としてティシュア様が全く正反対へ意見を変えた。
どうやら『上』からこれまでと違った命令が下ったらしい。
「貴方への情報開示が大幅に許可されました」
「私や彼も同席してよろしいのでしょうか」
「かまいません。どうせ後で彼から話を聞くことになるのでしょう。だったら彼が話す手間を省く為にも私の口から説明しても同じことです」
信頼できる相手には伝えるつもりでいた。
彼らがそこから話を広めようともこちらの不利益にならない間は黙認するつもりでいたので得られた情報をどうするのかは任せるつもりだ。
「もう予想できていると思いますが、この世界は滅びを何度も繰り返しています。『遺跡』は知っていますね。様々な世界と繋がっていますが、その中にはかつて滅んだ文明世界も含まれています」
以前に遭遇したゴーレムの遺跡もそういった類だろう。
「原因は大地に魔力が満ちたことです」
人々が魔法や肉体強化で魔力を消費すると大地へと還り、浄化された後に大気中へと放出されて人々が取り込む。そうやって循環されていた。
しかし、その循環において浄化されなかった不純物が残ることがある。
それらは蓄積されると圧縮されて致命的な災害を引き起こす。
「それこそ世界を滅ぼしてしまうほどの災害です」
文明が高度になるほど魔力を多く消費して人間の生活を豊かにしようとする。
そうなると魔力の蓄積は加速されて文明の滅びを早めることとなる。
「そんな状況を憂いた創造神が災害の起こらない世界を構築されました」
正確には災害の起こる地上とは別に人間が生活する為の世界を用意した。
それが迷宮の最下層の奥にある世界。
「さすがに神の力で全てを用意することはできなかったので、あくまでも用意したのはシステムだけです」
柱を用意し、支えられるようになったことで世界は機能する。
迷宮は災害からの避難施設であると同時に、新天地を支える柱であり、新天地へと向かう為の回廊だった。
下地を用意し、維持できるようにするのは人間の役割だった。
新世界へと到達した人間の手によって新たな文明が築かれることを創造神は望んでいた。
「新たな『世界』を『自在』に『創造』する力を創造神は人々を導く役目を担った者たちへ与える予定でした」
その役割を担うのが迷宮主。
迷宮と同じように魔力から物資を創造する力が備わっており、迷宮の管理で慣れている迷宮主は最適な人材と言えた。
最低でも3人。
そのように特別な力を与えるつもりでいた。
「創造神が用意した力です。神は柱の数が増えると強化されることも、強化されたことでスキルがどのように強化されるのも知っています」
神の立場としては見守るだけに留めるつもりでいた。
そうして人々が滅びに怯えることなく安心して過ごせる世界を見守る。
「ところが彼の野望は創造神の思惑から反抗するものです」
多くの人々が不安なく暮らせる新天地。災害限定ではあるが、世界に蔓延る不幸の一つを取り除く為だった。
それを自分たちで支配し、過去をやり直す為に構築する。
「冒険者マルス」
「はい」
「貴方に創造神から依頼が出されました」
あまりティシュア様に対しては敬意を抱かなくなっていた。普段のだらしない姿を何年も見ていれば仕方ないだろう。
だが、今ばかりは姿勢を正さずにはいられなかった。
「人である貴方にこのような願いをするのは申し訳なく思いますが、ゼオンの野望を打ち砕きなさい」
依頼がなくても動くつもりでいた。
しかし、冒険者への依頼だというのなら必要なものがある。
「報酬はあるのですよね」
冒険者に依頼を出す場合には報酬が必要となる。
「もちろんです」
それぐらい創造神であっても理解している。
ゼオンには女神セレスが協力している。迷宮核への魔力供給もそうだが、それ以上に知識の面で協力が得られているはずだ。創造神からのペナルティが怖くないのか率先して協力している様子も見られる。
神側にも問題があるのだから報酬を期待してもいいだろう。
「マルスさん」
ただし、仕える神が違ったとしても敬虔な聖職者であるミシュリナさんにとっては、神に報酬を要求するなど罰当たりにしか思えなかったらしく咎めるような視線を向けてきた。
俺としてはそれぐらいで自分のスタンスを変えるつもりはない。
「冒険者への依頼の報酬なのですから金銭、が普通なのですが……」
あまりに普通すぎる。
それに神からの依頼の報酬を金銭で済ませようとすれば一体いくら必要になるか想像もできない。それこそ一生遊んで暮らせる金額どころか何代か先までは生活に困ることがなくなる。
「もっと神らしい報酬がいいですね」
「もちろん理解しています。私としてはやり過ぎな気がしますが、あの子たちの為になりますからね」
創造神から報酬も提示はされていた。
「成功報酬だけになりますが、今いる子供たちも含めて300年先まで直系子孫に【創造神の加護】を与えましょう」
【創造神の加護】。
不幸な出来事によって死や負傷に繋がることがなくなり、幸運が舞い込むようになる。
直接的な力はないが、すごく役立ってくれる。
「もちろん他の神の加護を持っているシエラにも与えてくれるんですよね」
「も、もちろんですよ。兄弟の間で不公平があってはいけませんから」
確約は得られた。
自分が生きている間は子供たちの事を守ってあげられる。しかし、迷宮主は不老というわけではないため、いつまでも生きていられるわけではない。死んだ後の事がどうしても不安だった。
世界に貢献した。しかし、同時に損害を被った人もいるため、そういった人から恨まれた末に子供たちが狙われるのは悩みの種だった。
「それで、どうやって依頼を成功させるんだ?」
リオが尋ねてくる。
相手は不滅。簡単には倒すことができない。
「あいつを倒す方法は分かっていない。だけど、今回の依頼で俺を強くする可能性なら見えた」
岩の中に閉じ込めた程度では封じるには不足だった。
だけど、他にゼオンを無力化する方法があるかもしれない。
「まだ手を付けていない階層がある。そこを対ゼオン用に改造するつもりだ」
次章から不滅に等しい相手を倒す手段を求めて旅に出ます。




