第29話 ゼオンの誤算
しかも厄介なことにゼオンでも空間の異常に耐えることができない。
そこで、彼は俺を利用することにした。
「向こうの世界にあるドードーの街が調査できないとなれば手掛かりを求めてこちらへ来ることになる。警戒してすぐには来なかったものの、依頼がなかったとしてもいずれは来ることになったはず」
異常を見つければ調査の為に【世界】を駆使して原因を調査する。この国にはミシュリナさんという知り合いがいるのだから彼女へと報告し、国でも対処が不可能だと判断されれば俺に事態を解決するため依頼が舞い込む。
順序が違うもののゼオンの想定通りに進んでしまったのは否めない。
「転移させて何をするつもりなのですか?」
「向こうは何もない『真っ新な状態』なんです」
景色そのままに何もない状態。
ゼオンの【自在】であろうとも何もない状態では、どのようにも変化させることができない。
だからと言って通常の方法では物質を残すことはできない。以前に物資の入った箱を放置しておいたことがあるが、しばらくすると跡形もなく消滅してしまった。あの世界では身に付ける程度なら問題ないが、物が存在することを許されない。
「ただし、ゼオンの【自在】で移動した物は存在することを許される」
もっとも許されただけでなく不完全な状態だと言える。
「あいつのだけじゃなく俺のスキルもですけど、迷宮内で最も力を発揮してくれるんです」
迷宮内で【世界】を使用した場合には階層全体の時間を停止させることができた。
事象改変を行使した場合にどのような効力を発揮してくれるのかわからないが、全体へ及ぼすような力を発揮してくれるのは間違いない。
そして、それはゼオンも同じはずだ。
【自在】を階層全体へと及ぼすことができる。
「あそこはそういう意味での性質的には迷宮と同じです」
階層の規模が世界と同等なだけで、迷宮である事と変わりない。
そこまで考えればゼオンの目的も見えてくる。
「あいつの【自在】が最大まで拡張された迷宮が5つ揃うことで、どう変化するのか具体的にはわかりません。ですが、あいつが【自在】で何をやろうとしていたのか知ることができました」
転移結晶を通して迷宮核に残されていた情報を読み取ることができた。
残念ながら時間がなくて読み取れた情報は少ないが、復活してからこれまでの記録は得ることができた。
「何度か転移されたドードーの街を思いのまま変化させようとして成功させていました」
街にある建物は位置や形、色が変化させられていた。
人間だって誰を生かすも殺すもゼオンの自由。
さらに生きている人の記憶や人間関係までも思いつくまま変更されていた。
次元を越えた先へ転移させられた街を元に戻すことができない、というのは本当だ。ただし、今さら転移することができたところで意味がなくなってしまってはどうにもならない。
「最後のテストとして街を過去の状態にしていました」
それが行われたのは俺たちがドードーの街を訪れた後のこと。あの時はテストの最中で、何度か訪れていた時に遭遇していた。
「結果は成功だったみたいです」
「……どうなったのですか?」
適当に数年前の状態へ戻していた。ゼオンにとっては『時間を戻せる』ことがわかれば十分だったため、『いつ』については全く重要ではなかった。
現在の状態も迷宮核に記録が残っていた。その記録を見たのはイリスなので間違いない。
「10年以上も前にドードーの街をイリスが訪れています。その頃と全く変わらない光景が広がっていたそうです」
今のように発展していない街。
当然、その頃から住んでいた人はいるが、後から移住してきた人や迷宮で稼ごうと滞在していた冒険者の姿はない。
いない人たちは――消えた。
「これが最もいけなかったことです」
元の状態と現在の状態に大きな齟齬ができてしまった。
結果、ギリギリ正常な状態を保っていたこちら側の世界の空間が歪な状態となってしまうこととなった。
「奴の目的は、ドードーの街でやったことを世界規模で行うことです」
今は向こう側の空間が異常なせいで転移させても俺たち以外は動くことすらできない。その問題も必要な柱が揃えば解消されると考えている。
「最後の部分を聞くまでは向こう側に過去の世界を再現するぐらいならいいのではないか、と考えていましたが許容できないですね」
ミシュリナさんがテーブルに置いた転移結晶を見ながら考え込む。
彼女もゼオンと彼の眷属が抱えていた事情について俺たちから教えたため把握している。
最も昔の話で、100年以上も前に因縁を持つ。
あの時に違った結果だったなら……
誰もが考えてしまう事だが、強い力を手に入れてしまったゼオンと彼の眷属たちは実行しようと考えてしまった。
ゼオンの目的――【自在】が通用する空間に世界を再現し、過去にまで遡ってやり直す。
そのやり直しの過程で、どのような被害が出ようとも気にすることはない。
「あいつは自由気ままに操れる世界を作ろうとしている。その世界にいる人々は身近な所に思いのまま変えられる神様みたいな人間がいるとは知らないまま生活することになるんだ」
こちらに被害さえなければ放置してもいい。
だが、今回の件で絶対に放置などできないことが証明された。
「街ひとつでこれだけの被害だ。あいつの願いを叶えるなら、こっちの世界を犠牲にする必要がある」
そんな状況を放置などできるはずがない。
「それで、結局あいつはどうしてこんな所まで来たんだ?」
リオが疑問を口にする。
共闘して街を守っていた身としては気になって当然だ。
「空間の歪みは迷宮にも及んでいた。おかげであいつも迷宮へ侵入することができなくなったんだ」
俺たちを招く必要があったゼオンだったが、入れなくなったせいで管理ができなくなった迷宮を再び管理できるようにするのが目的だった。
ただし、迷宮核に自分たちの記録が残されていることは理解しており、少しでも奥へ侵入を許すわけにはいかなかった。さすがに直接的な方法による妨害は危険を伴うことが分かっていたため目の前に立ちはだかるような真似はしなかった。
そこで一刻も早く迷宮核へ干渉して管理権を強固なものとする。
正面入り口から侵入してくる俺たちに対して裏口から侵入しようと考えた。迷宮核にも近いため間違ってはいない。
「少しでも急ぐなら空間の歪みが解除されると同時に突撃することだ。遠くから見ているよりも近くで見ていた方がいい」
誰かに監視されているような気配はずっとあった。ゼオンのものだと思えば納得できる。
歪魔との戦闘に干渉したのは、リオを助ける為だろう。最大国家となったグレンヴァルガ帝国の皇帝が倒れたとなれば継承権を巡って争いが起こることは目に見えている。
ゼオンにとって世界は転移させた後の世界を構成するものの一つでしかない。
貴重な素材がくだらない政治で使い潰される事態など見ていられるはずがなかった。
「多少の推測は混じっていたけど、これがゼオンの目的と行動です」
「「……」」
二人とも言葉をなくしている。
世界を対価に、世界をやり直す。
たった一人の人間が叶えようとしている願望にしては、あまりに規模が大きすぎる。
人間が叶えようとしている、なんて考えるから規模が大きくなる。
「仕方ない。この場にもう一人呼んで事情を聞くことにしよう」
「へ……」
テーブルの空いていた席にティシュア様が姿を現す。
【世界】と【召喚】の併用による技で、迷宮の一部と化している屋敷で寛いでいたところを呼び出させてもらった。
「教えてもらおうか。奴の計画に神がどのように関わっているのか」




