第28話 【自在】の復活
翌朝。
草原の上にある大岩の前で立っていると、リオが近付いてくるのがわかった。
「本当に便利な能力だな」
目の前に置かれた木製のテーブルを見ながらリオが呟いた。
いつ出現したのかわからない。気付いた時にはそこにあったため、最初から置かれていたような錯覚を覚えるほどだった。使用した俺自身がそんな錯覚に襲われているのだから、他の者は俺以上に衝撃を受けているはずだ。今後は外での使用を控えるべきだろう。
テーブルの上にスキルと同様いつの間にかいたシルビアがコーヒーの注がれたカップを置く。
「私にももらえますか?」
そこへミシュリナさんもやってくる。
彼女は眠たそうにしており、疲労を隠す様子もなかった。
「いただきます」
シルビアが音もなく……【時抜け】で置く瞬間すら見せることなく置いたカップを口に付ける。侍女ならクラウディアさんもいるが、彼女には別の仕事を頼んでいるらしく傍にはいなかった。
コーヒーを飲み干すと気を取り直して話を始める。
「まず確認ですけど、アレはどうなりますか?」
ミシュリナさんの視線の先にはゼオンを封じた大岩がある。
巨大な大岩が出現してから半日。街から近いこともあって住民から苦情が領主へと出て、事情を聞くためミシュリナさんが対応していた。
「……そろそろですね」
申し訳ない気持ちになりながら大岩の状態を確認する。
内部からは弱くなった命の鼓動が感じられる。それが意識を向けている間に全く感じられなくなる。
内部にいたゼオンが消えた。
どうやら岩の中からはいなくなったらしい。
「あらかじめ動きが一定時間なかったら位置を変えるよう設定していたのかもしれないな」
大岩の状態を固着させ脱出できないようにした。
ただし、俺の持つ常識の中でのみ固着させているため、予想もできない方法で脱出されてしまうことはある。
そして、ゼオンになら予想できない方法も可能なはずだ。
「もう必要ないな」
手を払って大岩を消す。
平原が広がっており、これでミシュリナさんの懸案事項は解消されたはずだ。
「これでいいですよね」
「こんな簡単に消されてしまうと後で事情を説明するのが大変になりますが……」
そこはミシュリナに請け負ってもらうしかない。この辺りは依頼者として責任を持ってもらうことになっている。
「いいでしょう。領主には私の方から説明しておきます」
「ありがとうございます」
「ただし、何があったのか……あの男が何を企んでいるのか教えてもらいます」
「それは俺も知りたいな」
リオがミシュリナさんの言葉に同意する。
冒険者を連れてまで駆け付けたのは情報を得る為だろう。
「皇帝の仕事はいいのかよ」
「俺が皇帝になってから何年が経っていると思っているんだ。簡単な仕事なら家臣たちがやってくれるし、皇帝が必要になるほどの問題が起きればカトレアから連絡が入ることになっている」
救援に駆け付けてくれた冒険者たちは既に帝都へと戻している。
眷属の多くも帝城へと戻り、何人かが護衛として近くに残っている。
「まあ、そう言うならいいだろ」
トリオンが倒された時、あの場には砕かれた転移結晶の欠片が残されていた。
破片となっては情報を読み取ることはできない。だから俺は諦めていたが、それを見てイリスは気付いた。
迷宮には各階層に転移結晶を配置する。そのようなルールは存在しないが、その方が冒険者は攻略が容易になり、迷宮主にとっても呼び込みやすい。
たとえ迷宮の1階に配置された転移結晶が破壊されたとしても、次の階層へと赴けば転移結晶があるかもしれない。
「1階から2階へ移動するなんて俺たちにとっては簡単だったからな」
典型的な洞窟フィールドで、迷路のように入り組んでいたが【地図】があるため最短距離を迷うことなく進むことができた。
結果、2階に配置された転移結晶を見つけることに成功した。
転移結晶は誰が、いつ、どの階層まで進んだのか迷宮核へ知らせる機能もあり、限定的ではあるが迷宮核と繋がっていると言えた。普通は迷宮主や迷宮眷属であっても利用できない機能だが、イリスは繋がっていることを利用して迷宮核へ干渉することができた。
得られたのは断片的な情報。
それでも現状で役立つ情報が得られた。
「順を追って説明しよう。ガルディス帝国で行動を起こす前からゼオンはドードーの街にある迷宮へ干渉を行っていた。迷宮の管理権限の一部を女神セレスへ譲渡しておき、迷宮へ魔力の供給ができるようにしておいた」
そして、迷宮が最大階層まで拡張されると同時に自らのスキルが発動するよう迷宮核へ仕込みを行っていた。
「あいつは迷宮内における一定範囲内の『時間』を変えてみせたんだ」
設定されていた時間は、アリスターの迷宮へ挑む直前だった。彼らも敵の迷宮へ挑むことは危険だと判断した。だから復活できる保険を用意しておいた。
そのため復活した直後は迷宮で何があったのかも覚えていなかったかもしれないが、女神セレスと繋がっていたキリエがいれば彼女から何があったのか情報を知識として得ることはできる。
ただし、自動で復活するようにされていたのはゼオンだけ。眷属たちについては別の方法で復活させたのだろう。
「そ、そんな……時間まで自在に操れる者を相手に勝利する方法などあるのでしょうか」
倒すだけなら死力を尽くせばどうにかなる。
ただし、再び復活されてはどうにもならない。
「方法は単純です。世界にある拡張された迷宮の数を減らせばいい」
現在、4つの迷宮が限界まで拡張されたからこそ【世界】と【自在】の力は強化されている。
もしも迷宮が失われて3つになった場合は、俺たちの力も弱体化する。
そうすれば【自在】による自動復活もできなくなる。
「残念だけど、今はできない方法だけど」
ゼオンの弱体化は、そのまま俺たちの弱体化を意味する。
俺の考えぐらいゼオンなら読んでいる可能性がある。何かしらの対抗策を用意していた場合には、俺たちだけ弱体化することになる。あくまでも手段の一つとして用意しておくぐらいの気持ちでしかない。
そうして俺が考えないといけないのは……
「どうやって、こんな不死みたいな奴を倒すかな」
物理的に倒すことができたとしても復活されてしまう。
閉じ込めることができたとしても一定時間が経過すれば脱出されてしまう。
不死ではないだろうが、不滅と言っていいような人物だ。
「そこはお任せします。それよりも私が知らなければならないのは、彼がここで何を目的にしていたのか、ということです」
発見した迷宮の地下1階にあった転移結晶には【自在】の力が込められていた。迷宮内を自在に移動できるようにする転移結晶とゼオンの【自在】では、相性がよかったのだろう。
ゼオンの【自在】は都市のように大きな物に対しては使用することができない。
だが、転移結晶を触媒とすることで『転移結晶を中心とした一定範囲』に対してスキルの力を及ぼすことができた。
「これが現物です」
「え……」
「お渡しするので好きに使ってもらって結構です」
テーブルの上に転移結晶を置く。
人よりも大きな結晶なので収納リングなどの魔法道具やスキルがないと持ち運ぶのは難しいだろう。
「たしか壊したはずでは?」
「1階にあった転移結晶は壊しました」
そうしなければドードーの街で起こっていた空間異常を解決することができなかったため仕方ない。
「これは地下2階にあった転移結晶です」
予備なのか補助的な役割を持たせていたのかわからない。少なくとも【自在】が込められており、起動した形跡がなかったため資料として回収しておいた。
「あいつの最終的な目標は、迷宮の最下層の向こう側へとあらゆる物を転移させることにあります。ただし、そんな大それた計画をテストもなしに実践させるわけにはいきません」
そこでドードーの街で試してみることにした。
しかし、ゼオンにとって転移後の空間で異常が起きてしまうのは完全な誤算だった。




