第14話 氷結
シルバーファングが身を屈めると俺へと一瞬で飛び掛かって来る。
対峙した4人を見て俺が一番強いと判断したみたいだ。
神剣を鞘から抜いて正面に向かって振るう。
――ガキン。
『ほう、我の一撃を受け止めるか』
向かってきたシルバーファングを逆に斬ろうと振った剣がシルバーファングの持つ2本の爪に挟み込まれていた。
「でたらめな速さだな」
普通の冒険者では自分に何が起こったのかすら理解することができない。
『速さが自慢ではあるが、こんなこともできる』
シルバーファングの爪を覆うように氷の爪が魔法によって生成され、爪の届かない場所にいた俺へと伸びてくる。
『むっ……』
爪が伸び切る直前に後ろへ大きく跳ぶ。
すると、俺の眼前を火球が飛んで行った。
「貴方が戦っているのは1人だけではありません」
メリッサが魔法で生み出したファイアボールだ。
俺を助けてくれようとしてくれたのは非常にありがたいのだが、注意をしなくてはならない。
「メリッサ、シルバーファング相手に火属性の魔法は禁止!」
「え……?」
普段は全く使わない主としての命令権を行使してまでの禁止。
強制中断されたことによってファイアボールが消える。
「火属性魔法を使って体を焼いたりしたら肉が傷む可能性があるだろうが」
「そんなことを気にしていられるような相手ですか!」
たしかにシルバーファングのステータスを考えると制限なんて設けるべきではない。
しかし、肉を状態の良いまま得るのは狩りの基本だ。
「シルビア、シルバーファング相手に火属性魔法は使っても大丈夫か?」
ただし、俺たちは狩りのプロというわけではない。
そこで調理担当であるシルビアに確認する。
「正直言って今までに調理されたことのない相手なので分かりません。というわけで鮮度を優先して討伐することにしましょう」
「まあ、構いませんが……」
普通の魔法使いなら属性を1つ禁止されるのは辛いが、メリッサは幸いなことに全ての属性を扱うことができる。
「ウィンドエッジ」
メリッサが杖を振るう度に風の刃が杖から放たれ、肉を斬るべくシルバーファングへ襲い掛かる。
『無駄だ』
しかし、風の刃がシルバーファングの体に到達した瞬間、何かに弾かれたように近くの地面へと向かい、湿った地面が爆ぜる。
なんだ?
『今のがシルバーファングの持つスキルの1つ棘毛の能力だよ』
「なに?」
黙って見ていられなかったのか迷宮核がシルバーファングについて教えてくれる。
『棘毛の効果は、自らの体毛を硬質化させて飛ばすことができるようになること。使い方次第では鎧のように防御手段として使うこともできるんだ』
「なるほど」
つまり、鎧を装備した虎と考えてもいい。
「なら、少しは攻撃の威力を高めても問題なさそうだな」
『なに?』
迷宮核の言葉は聞こえなかっただろうが、俺の言葉を聞いてシルバーファングは怒っていた。
『きさまら……さっきから聞いていれば我を相手に攻撃に制限をかけたり、威力を抑えたりと手加減しているみたいだが、そんなことができる立場だと思っているのか!』
「当然――散開」
アイラが左へメリッサが右へ移動する。シルビアは……どこかへ消えた。
「制約の指輪をした状態だと手加減するような余裕はないけど、お前相手なら全力を出した状態で全力の手加減をさせてもらう」
『きさま……!』
シルバーファングが地面を踏みしめるとそこから氷で作られた棘がいくつも生まれ俺へと迫って来る。
氷属性魔法のアイススパイク。
『完全に標的とされているね』
「その方がやりやすい」
俺も同じように足で地面を踏みしめるとそこから土の棘がシルバーファングに向かっていくつも生み出される。
氷と土の棘が衝突する。
『貴様も魔法を使えるのか』
「正確にはスキルなんだけどな」
迷宮操作による罠創造で造り出した先端の尖った土だ。迷宮では落とし穴に落ちた冒険者を串刺しにする為に罠として用いられる。
『それぐらいのことができなければ――ん?』
矢と土の槍が側面からシルバーファングに向けて放たれるものの棘毛によって阻まれ体にダメージを与えることができない。
『今、何かしたかな?』
自分に向けて攻撃が放たれたにもかかわらず意に介した様子がない。
――キン。
「硬っ!? どれだけ硬いんですか」
シルバーファングの背後へと忍び寄って後ろ足を切断しようと短剣を振りかぶったシルビアだったが、棘毛の影響は全身へと及んでおり短剣が進まない。
迷宮にいるシルバーファングのステータスを参考にする限り、敏捷特化型で防御力はそこまでではないと思っていたのだが、不足していた防御力をスキルで補っていた。
『煩い小娘たちだ』
太い尻尾が振るわれ真後ろにいるシルビアへと向かう。
しかし、シルビアは既に同じ場所にいない。
『どこにいる、小娘!?』
キョロキョロと首を動かしてシルバーファングは自分の周囲を動き回るシルビアを捉えようとしていた。
『さっきから……』
自分の体に向けて放たれるナイフを煩わしそうにしていた。
棘毛のおかげでダメージはないが、ナイフが硬質化させた毛に当たる感覚はしっかりと届いていた。
シルビアは尻尾の打撃から逃れる為だけに走り出したわけではなく、何十本という数のナイフを収納リングから取り出しながらシルバーファングに向けて投げていた。
結果、分かったのは、
「体の毛に柔らかそうな部分はなさそうですね」
棘毛の影響は全身に及んでいるということだった。
全身の至る所にナイフを当てたが、全てが弾かれてしまった。
「なら、奴の防御力を上回る攻撃をするだけだ」
俺も剣を構えながらシルバーファングに向かって走る。
同時にアイラも明鏡止水を使える状態へ移行しながら走り、シルビアも棘毛の力が及んでいない場所を攻撃する為に向かう。棘毛のせいで、全身の毛がある場所へはシルビアの攻撃力では傷を付けることができない。しかし、毛のない場所にまで防御は及んでいなかった。しかも後ろにいるシルビアにとっては都合のいい場所だ。
(あそこはちょっと……)
シルバーファングの見た目は真っ白な体に銀色の毛を生やした虎だ。
魔物であるため排泄の必要はないのだが、獣の虎と同様に真後ろに毛が生えていない場所があった。シルビアが攻撃できそうな場所はそこぐらいしか残されていなかった。
『我を舐めるな!』
シルバーファングが別のスキルを使いながら遠吠えを上げる。
「なんだ?」
すると遠吠えを聞いた瞬間に走っていた体が急に動かなくなる。
いや、体が凄く寒くなって動き難くなる。
全く動けなくなったわけではないので、どうにか体を動かす。
『ほう、我の遠吠えを聞いて動けるか』
『それが氷結王の遠吠えだよ』
氷結王の遠吠え――聞いた相手の精神を凍て付かせ、動きを停止させるスキル。
保有している魔力量が多く、スキルに対する耐性が高いが為に俺たちだからこそ体の動きがゆっくりになる程度で済んでいるが、普通はそのまま心が考えることを止めて遠吠えを聞いただけで死に至ることもあるらしい。
『死ね』
シルバーファングが魔力を牙に集中させると上顎の左右から2本の牙が大きく伸びる。
『あれが断絶の牙ね』
魔力によって牙を巨大化させて全てを噛み砕く。
アイラが弓で、メリッサが魔法で遠距離から攻撃しようとしているが氷結王の遠吠えを聞いて動きがゆっくりなせいで間に合わない。
自分でどうにかしなければならない。
『ガァ!』
牙で噛み砕く為に俺へ向かって跳んでくる。
「壁っ!」
迷宮操作で生み出した3メートルを超える高さの壁が俺とシルバーファングの間に生まれる。咄嗟のことだったため高さまで指定する余裕がなかった。
『壁など無意味だ』
「げっ!」
シルバーファングの口内に魔力が集中するのを感じる。
その時になってようやく氷結王の遠吠えの効果が切れたのか体が自由に動かせるようになった。
『凍れ!』
シルバーファングの口から蒼い息が吐き出される。
体を動かせるようになったばかりの俺は避けることができずに蒼い息吹を真正面から受けて氷漬けにさせられてしまった。
『勝負あったな』