第13話 愚か者の末路
祝1,000PV
「ぐ、ぐふっ……」
ボアズが呻き声を上げながら顔だけを上げて俺を睨んでくる。
まだ、睨むだけの気概があったか。
しかし、次に出てきた言葉は、
「ゆ、許してくれ……」
命乞いの言葉だった。
思わずため息を吐きたくなるような言葉だった。
「俺が、宝は諦めるから見逃してくれ、って言った時、お前はどうした?」
ボアズが言葉を失くす。
こいつは、俺が命乞いをした時には、それを笑いながら一蹴した。
そんな男からの言葉を受け入れる必要などない、のだが……
「お、お前は生きているじゃないか」
弓士が離れた場所で気付いたように声を上げる。
俺が生きているのは、運が良かっただけだ。
たまたま俺が迷宮主になれる資格を持っていて、迷宮核が俺の存在に気付いてくれた。この部屋から落ちた後も運良く転移水晶に触れることができたからこそ最下層まで転移することができた。
しかし、こいつらにそんなことを教えてやる義理はない。
「そうか、俺が生きているんだから俺がお前たちを殺してしまうのは筋違いだって言うんだな」
「ああ、そうだ」
怯えた弓士はガクガクと首を動かしながら肯定する。
そういうことなら……
「じゃあ、お前たちには俺と同じ目にあってもらおうかな」
「へ?」
弓士に近付きヒョイと左手で持ち上げると、ボアズも同じように右手で持ち上げ二人をある場所へと持って行く。
「おいおい、どういうつもりだ!?」
「な、なんだよ……」
途中、まだ息のある片足を吹き飛ばされた剣士と片腕を吹き飛ばされた斥候の姿が目に入るが、あいつらは既に虫の息だ。放置しておいても問題ないだろう。
俺は、二人をある場所まで持って行くとそこでドサッと置く。
「ここは……」
「そうだ。俺が下りた穴だ」
目の前にはポッカリと穴が口を開けていた。
その向こうがどうなっているのか暗い洞窟の中では分からない。
俺が生きているんだから自分たちも見逃すべき、というのなら彼らも運がよかった場合には見逃してあげることにしよう。
「もう分かっていると思うけど、この穴から飛び降りて無事に迷宮を脱出することができた場合にはお前たちを恨むような真似はしない。これで手打ちにしようじゃないか」
「くそっ……」
ボアズが舌打ちする。
俺とのステータスを考えて自分が生き残るためには、目の前の穴から飛び降りて迷宮を脱出するしかないと分かっているようだ。
覚悟を決めたボアズが穴へと飛び込み、
「ちょっと待った」
「グヘッ」
飛び出したボアズの服を掴んで飛び込むのを阻止する。
こいつは、何をしているんだ?
「言っておくが、武器は全てこの部屋に置いていけ」
「は? ふざけてんじゃねぇぞ」
「ふざけてなんかいないさ。俺と同じ状況になって生きていたら見逃すって言ったんだから、この部屋で武器をお前たちに壊された俺と同じように武器を全て捨てないと同じ状況にならないだろ。それとも俺が粉々にしようか」
「わ、分かったよ」
わざとらしく握り拳を見せると怯えながら剣と盾を放り捨てた。
弓士の方にも視線を向けると自分の武器である弓を地面に置いていた。
「それじゃあ、頑張ってくれ」
「チクショウ……お前みたいな奴に手なんか出すんじゃなかったぜ」
二人が穴に飛び込む。
数秒後、水面に叩き付けられる音だけが上層にいる俺の耳に届いた。
それとは、別に……
『良かったのかな、これで』
耳に届く声とは違う声が頭の中に響く。
隠し部屋での出来事を最下層でこれまで見守っていた迷宮核からの通信だ。
迷宮内ならどこにいてもこうして意思疎通が可能となっている。
「ああ、あいつらに言ったように運がよければ見逃すつもりでいる」
『君は甘いね。もしかしたら報復するかもしれない。地上に出て、報告を受けた冒険者ギルドが君の行動を問題行為として処罰する可能性だってある。ま、その時は全員を返り討ちにすればいい』
それだけのステータスが今の俺にはあった。
しかし、俺の行動によって家族にまで迷惑が及ぶような事態は避けなくてはならない。
もっとも……
「奴らは絶対に地上に出られない」
『ほう、根拠は?』
「こっちで運による可能性なんて潰させてもらうからだ」
地面に手をついて、迷宮主になったことで与えられた力を発動させる。
『迷宮操作:構造変化』
☆ ☆ ☆
「ぷはっ」
流されながら目の前にあった地面に手をついて川から上がる。大きく息を吐き出した時に血も含まれていたのか目の前の地面が赤く染まる。
二人で落ちたが、あいつはどこまで流されたか分からない。
「クソッ、とんでもない目にあったぜ」
昨日会った時は、本当に初心者の冒険者だった。
それが、たった一日で上級冒険者と同等の力になっていた。自分たちではどう頑張ったところで勝てるような相手ではないことは戦ってすぐに分かった。
「こんな所、さっさと脱出しないと」
そして、仲間があのガキに殺されたことをギルドに知らせる。
迷宮内での冒険者同士の殺し合いはご法度だ。多少の喧嘩程度ならギルドも見逃すが、殺人まで犯してしまっては何らかのペナルティが与えられるはずである。そうでなければ、迷宮は何でもありの無法地帯になってしまう。
服を絞りながら今いる場所について考える。
俺が落ちた川は地下6階にある小川だろう。つい数日前に探索をしたばかりだから覚えている。この川を辿っていけば転移水晶に辿り着けることも確認済みだ。
「へへっ、こんな場所さっさと脱出してやるぜ」
目的地が分かっていても油断するわけにはいかない。なんせ今の俺は剣も盾も失っている。そんな状態で魔物と遭遇するわけにはいかない。地下2階で出てくるような魔物とは違って、既に殴って倒せるような強さではなくなっている。
「おかしいな……」
あれから数時間が経過している。
にもかかわらず、転移結晶は見えない。
「まさか……」
目の前の地面に見覚えのある赤い染みが残されていた。
俺が吐き出した血だ。
いつの間にか迷宮の形が変わって同じ場所をグルグルと歩かされていた?
その時、離れた場所から弱々しい足取りの音が聞こえる。
「リ、リーダー……」
現れたのは一緒に落ちたはずの仲間だ。
「おい、どうした!?」
「ここは、いつの間にか迷路になっている。俺たちが探索した地下6階じゃない」
「なんだと!?」
「俺は、もう……ダメみたいだ」
倒れそうになったため咄嗟に近付き抱える。
手がヌチャとした物に触れたことで濡れる。
「え、血……?」
背中がべっとりと血で濡れていた。
寝かせて服を脱がせてみると鋭い傷跡が残っていた。
「いったい、誰にやられたんだ?」
ズシン、ズシンと曲がり角の向こうから地響きが聞こえる。
正体を確かめるのが恐ろしい。しかし、確かめないわけにもいかない。
やがて、姿を現したのは……
「なんだ、この巨大な熊は!?」
迷宮は天井まで10メートル近くある。その天井に届きそうなほどの巨体を持った熊の魔物が現れた。地下6階どころか、俺たちが探索した迷宮でこんな強烈な魔物が出てくることはなかった。
「う、うわぁぁぁ」
思わず仲間の死体を放り捨てて逃げ出してしまった。
その巨体のせいか熊は走って追って来るようなことはなく、逃げ切ることができた。
しかし……
「ここは、どこなんだよ!?」
我武者羅に走っていたせいで小川から離れてしまった。しかも地図がないせいで、正しくないのかもしれないが、ここは俺たちの知っている地下6階なんかじゃない。
「俺は、どこにいるんだ……?」
ただ、誰かが助けに来るのを迷宮の片隅で待っていることしかできない。
☆ ☆ ☆
「リ、リーダー……?」
サポーターとしてパーティに付き従ってきた俺一人では、転移水晶のある入り口まで戻ることも難しい。隠し部屋から出て来た後、なぜか閉じた入り口の前で、魔物が現れないことを祈りながら待っていると入り口を塞いでいた大岩が動いた。
――罠を解除したんだ!
喜び勇んで隠し部屋の中に入ると、
「うっ……」
鼻を突き刺すような血の匂いが隠し部屋の中に立ち込めていた。
入り口から近い場所には胸から血を流した魔法使いの仲間、それに片足と片腕を失った仲間が傷口から大量の血を流して死んでいた。
「なに、が……いや、それよりもリーダーたちは!?」
隠し部屋の中にいない仲間の姿を探すが、隠し部屋の中にはいない。
「あ、ああ……」
怖くなった俺は、その場から逃げ出すように走り出した。