第25話 書き換わる未来
「最後……!!」
テオドアが最後に残った歪魔を背後から斬り捨てる。歪魔の正面から仲間が攻撃しているおかげで背後にまで絶対的な防御力を誇る空間の歪みも及んでいない。
斬られた歪魔だったが、その場に死体が残ることはない。存在を限界以上に歪められたせいで、死と同時に肉体が存在を維持できなくなる。
「くっ……」
どうにか倒せたセオドアだったが、思わず膝をついてしまう。
怪我をしたわけではないが、凄まじい盾を持つ歪魔を相手にしていたせいで消耗を強いられてしまった。
「やったわね」
正面から歪魔へ魔法を浴びせていた仲間の女性がテオドアへ笑顔を向ける。
彼女だけでなく他の仲間も全ての歪魔が倒されたことで戦闘は終わった、と判断して力を抜いている。しかし、テオドアだけは気を抜いていなかった。
「まだだ」
攻略法のわかっている歪魔の討伐。
普段の魔物討伐と何も変わらなかった。
「あいつが残っている」
テオドアが視線を向ける先ではリオが眷属と共にゼオンを取り囲んでいた。
対照的にゼオンの眷属の姿はない。
「見捨てられたのか?」
「まさか。これでも色々と忙しい身なんだ。彼女たちにはそれぞれの仕事を優先してもらっただけだ」
外壁の上から狙撃していたシャルルも消えている。
リオが全力で気配を探しても周囲にゼオン以外の姿を見つけることはできない。【迷宮同調】でマリーへ問い掛けるが否定される。未来を観測することのできる彼女には複数の近未来が見えていたが、そのどれにもゼオンの眷属の姿を見つけることはできなかった。
そして、観測してしまったから教えないわけにはいかなかった。
『絶対に攻撃するような真似はしないでください』
『なんでだ?』
『……ボコボコにされます』
言い難そうにしながらも教えてくれたマリーの言葉はリオにとって衝撃だった。
冒険者として昔から活躍し、現在では誰もが恐れる大国の皇帝になったというのに『ボコボコにされる』と言う。
これが他の者の言葉なら笑い飛ばすところだが、未来を観測できるマローの言葉だ。彼女は信頼できるように複数の未来で観測できなければ断定した言葉を使って忠告などしない。
つまり、現状のままでは戦闘になればボコボコにされる。
リオには『戦闘を避ける』以外の選択肢がなかった。
『ま、無理だろうな』
即座に諦める。マリーもリオの選択をわかっていたからこそ受け入れた。
リオの性格からして『逃げる』などあり得ない。どんな困難が目の前にあろうと壁を壊して突き進んできた男だ。観測した未来が『勝利の為』に役立てられることがあっても『生き残る為』に役立てられたことはない。
マリーは少ない可能性に賭けて未来を覗く。
「俺は帰らせてもらうことにするさ」
「逃がすと思うか?」
「……」
【転移】で現在の拠点へ帰還しようとしたゼオンだったが、スキルが発動しないことを知って戸惑うものの、すぐに結界が周囲に展開されていることに気付いた。
歪魔が使用していたような防御用の結界ではない。
空間を遮断しておく為の結界が展開されていた。
「なるほど。後ろにいる眷属が協力してくれているのか」
僧侶であるリーシアの息が荒くなっている。
仲間のサポートが得意な彼女は結界にも長けていた。ゼオンの存在を知り、遭遇した際に何ができるのかを自分なりにリオが考えた結果だった。
「たしかに【転移】が使える迷宮主を足止めするなら必要な力だ」
リオの準備に感心するゼオンだったが、すぐに笑顔を消して真顔になる。
「だが、何の意味もない」
「……っ!」
その手に剣を出現させ、握りしめるとリオへと斬り掛かる。
ゼオンの姿が消えたようにしか思えなかったリオだったが、どうにか長年の経験から剣を構えると上から振り下ろされた剣を受け止めることに成功する。
受け止められなければ胸を鋭く裂かれていた斬撃。
だが、本気で攻撃するつもりがないことは一撃を受け止めただけで理解することができてしまった。
本気ではない。
「おまえの、目的は、何だ!」
上から押される剣を受け止めながら尋ねる。
消えてしまったドードーの街がどうなっているのか知らないリオにはゼオンの目的が全く分からなかった。
「教えるわけがないだろ」
剣を手放して足を振り上げると下からリオを蹴り飛ばす。
耐久力に自信のあったリオだったが、ゼオンの蹴りを受けてあっさりと吹き飛ばされてしまう。
「そんな……」
「リオ!」
吹き飛ばされる光景を見ていたテオドアの仲間が言葉を失い、テオドアが加勢しようと動き出す。
「手を出すな!!」
しかし、そんな動きをリオが一喝して止めさせる。
迷宮主同士の戦いに普通の人間が介入したところで役に立たない。そして、リオではゼオンの相手にならない。
「グレンヴァルガ帝国の皇帝に死なれると、帝国内が権力争いで荒れる。多少の混乱は望むところだが、最大国家となった帝国が荒れてしまうと計画に支障を来すことになる。殺すつもりはないが、邪魔にならない程度に傷付いてもらうことにしよう」
眷属は全員が動き出したい衝動に駆られていた。しかし、リオが絶対命令権を行使して止めていた。
ゼオンは皇帝に死なれると困るが、眷属でしかないカトレアたちに死んだところで起こる混乱は許容範囲だと思っていた。だから攻撃をした瞬間に彼女たちは問答無用で殺されてしまう。
「……ここまで差が開いていたのか」
「5年前に話しで済ませていたのは、お前が必要だったからだ。迷宮を完成させるつもりのない迷宮主の力なんていうのは、この程度でしかないんだ」
迷宮が大きくなればなるほど迷宮主の力は強化される。迷宮主の力が強くなればなるほど眷属の力も強くなる。
そうして限界まで拡張させることで、特別なスキルも与えられる。
途中までしか拡張させていないリオではゼオンには勝てない。
「そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味だっていうんだ?」
「マルスの奴はお前に勝っているんだ。その時より強くなっているとはいえ、手も足も出そうにないならあいつとは随分と差をつけられた……そう思っただけだ」
リオの心の中に僅かばかりの後悔が生まれる。
鈍らない程度に鍛えたと言ってもその程度でしかない。力をつけた後も悪魔や神といった人外を相手にして、最前線で戦い続けてきたマルスは常に強くなり続けている。
対して自身は皇帝業務の方が忙しくてレベルがそれほど上がっていない。
これでは差がつけられてしまうのも仕方ない。
「え……未来が変わった?」
マリーの呟きを聞いてリオの顔に笑みが浮かべられる。
【未来観測】は今ある情報から未来を予測し、限りなく精巧な未来を観測することができるスキル。
だから、今ある情報が根底から覆されれば彼女が観た未来は役に立たなくなる。
「これは……」
リオとゼオンの間に大きな岩がいくつも出現する。
さらに地面から生えていた草が消失し、乾いた大地へと変貌する。
「悪いが、見逃すつもりは一切ないぞ」
自身でどうにもならないなら他の者に任せるしかない。
単独でも歪魔を倒せる力を見せ自らの力を見せることはでき、勝てない相手とも戦える協力者がいる事を示す。
皇帝としてゼオンは見逃せない。
「何をするつもりなのか知らない。だが、自分の都合で国を滅ぼしてしまうような奴を放置できるわけがないだろ」