第24話 VSトリオンー後ー
空間の歪みが解消され、正常になった空間を歩く。
もう【世界】も必要ない。
「トリオンには致命的な問題があった」
俺たちが対抗できるスキルを所持していたのも問題だ。
だが、それ以上の問題を抱えており、こちらの方が致命的な情報を与えることとなってしまった。
「そもそも奴のスキルはどうやって知った?」
尋ねると状況をよく理解できていないアイラが首を傾げる。
シルビアとノエルも理解していなかったが、何か俺に秘策があると信じて危険な場所までついてきてくれた。
まあ、用意したのは秘策なんて呼べる代物ではない――解答だ。
「どうして、あいつには【鑑定】が通用した?」
【迷宮魔法:鑑定】。
あらゆる情報を読み取ることができる強力な魔法だが、対象が迷宮に関連する人や物に限定されるという欠点を持っている。
歪んだ空間が、自らの歪みを修正されてしまうという恐怖から生まれた悪魔。
トリオンは迷宮とは関係ないように思える。
「だけど、【鑑定】が通用したなら迷宮の関係者なのは間違いない」
迷宮主や迷宮眷属ではない。
迷宮が生み出した魔物と考えるのが近い。しかし、悪魔は魔物とは異なる。
「そもそも今回の目的は何だ?」
ミシュリナさんから依頼を受けて事態の解決に動いた。
いいや、違う。
「迷宮の最下層の向こう側へ転移したドードーの街があった場所がどうなったのか調べることだろ」
そこへ依頼が重なったから協力しただけ。
迷宮主として果たさなければならない目的はある。
「転移はゼオンの【自在】によるものだろう。だけど、さすがのあいつも都市を転移させるには補助してくれる力が必要だったんだ」
迷宮において最も有名な『転移』と言えば、迷宮を訪れたことのある誰もが想像する物がある。
迷宮のある大穴の前に立って下を見る。
ここからでも見ることができる。
「転移結晶――それがトリオンの正体だ」
あくまでも核にしただけ。
今もゼオンの力が転移結晶に宿っているのが分かる。
「さて、ここ以外の空間は正常に戻した。歪魔は今も活動しているみたいだけど、それも収束する」
あとはトリオン――転移結晶を破壊するだけだ。
その想いが分かったのだろう。転移結晶を起点に見えない力が触手のように伸びて襲い掛かってくる。
足元の地面を蹴って土を触手の前に出す。
触手に触れた土はどこかへと消え、俺たちのいる方へと迫ってくる。
「もう、そのスキルは通用しない!」
【世界】による結界を展開する。
結界内へ侵入した部分から触手が崩壊する。
侵入する前に気付いた触手が動きを止め、こちらを警戒するように先端を向けている。
ただ指向性を持っただけのエネルギー。
普通なら絶対的な力を持っていたはずなのに俺たちを相手にしてしまったばかりに脅かされている。相手が悪かったとしか言えない。
「そっちから来ないならこっちから行くぞ」
大穴へ飛び込む。
転移結晶の前に何十発という数の【歪励弾】が放たれる。
「だから無駄なんだよ」
手前10メートルへ接近した時点で消されてしまう。
「「「「「う、おおおぉぉぉぉぉ!!!」」」」」
左右に突如として5人のトリオンが出現する。
ただし、出現したトリオンたちは体の至る所がボロボロに崩壊しており、高速で駆け回っていれば朽ちて剥がれる。
これが存在を歪めて複数用意できるにもかかわらず、同時に複数人で攻撃してこなかった理由。
目の前に自分がいる。
強く認識してしまうせいで、自己という存在の定義が揺らいでしまう。
崩壊しているのも肉体ではなく、トリオンの存在そのもの。
だが、崩壊を続けていたとしても短時間だけなら生存が可能。本体である転移結晶を破壊しようとしている俺を倒すことだけに全力を注ぐ。
「ぎぃ!」
「ぐへっ!」
「ぶほっ!?」
「い゛……」
「ぁ……」
5人が俺へ届くことはなかった。全員が氷塊に押し潰されたり、剣で斬られたりしている。
トリオンの強さは変わっておらず、人数差では負けるようになった。
それでも、一人を相手にしていた時よりも簡単に倒すことができている。
どれだけ人数を増やすことができたとしても、トリオンのコピーでしかない。それぞれが独立した意思を持っている。だが、全員に思考パターンは同じ。さらに複数の自分がいることで「誰かがやるだろう」という甘い意識が生まれる。
ある意味、子供らしい思考。
「残念だけど、手を抜くつもりはない」
穴の底に着地すると同時に真剣を振り下ろす。
両断される転移結晶。
普通なら迷宮の構造物である転移結晶を破壊することはできない。しかし、俺たち迷宮主には【迷宮破壊】のスキルがあるおかげで構造物を破壊することもできるし、神剣が破壊のイメージを補助してくれる。
――ィアアアアアアアアアアッ
少女の声でありながら、子供とは思えない絶叫が響き渡る。
両断されたことで転移結晶が粉々に砕け、アイラが斬り捨てたトリオンも完全に形を失って崩壊した。
「終わった?」
「つ、疲れた……」
アイラの確認するような言葉。それに応えながら壁に手をついて倒れそうな体を支える。
常に【世界】を使用し続けていたようなものだったため、魔力をギリギリまで消耗することになった。
イリスから投げ渡された回復薬に口をつける。
「トリオンは倒せた」
もう周囲に空間の歪みはない。
残念ながら向こう側の世界へ転移してしまったドードーの街が戻ってくることはないみたいだが、再び空間の歪みが発生することはなさそうだし、空間が繋げられるようなこともなさそうだ。
ただし、既に出現した歪魔は今も暴れている。もっとも、そちらはリオがいるおかげで早々に片付くだろう。
「戻るぞ」
「何を考えているのか分かるつもりだけど、本当に大丈夫?」
アイラが心配している。
怪我はないが、魔力をかなり消耗している。たった1日の間にトリオンと何度も戦いすぎてしまった。
「問題ない」
そう答えるしかなかった。
「せっかくゼオンの方から出て来てくれたんだ。あんなに恐怖心を剥き出しにした子供を生み出した責任は取らせないといけない」