第23話 VSトリオン―中―
トリオンが迷っている間に4人が離れていく。
これまで俺を中心にして限られた範囲でしか動くことのできなかった眷属が走り回っている。
そんなことができる理由は、単純に全員が【世界】を使用しているからだ。
「さすがにそこまで単純じゃないけどな」
【迷宮同調】と【神域領域】の併用によるものだ。
ノエルを介して女神ティシュアの心象世界を構築し、【迷宮同調】で6人の魂を繋げる。
俺が発動させている【世界】を、シルビアたちも自分を中心に発動させることができるようになっている。
ただし、使用方法は限定的になっており、歪められた空間を正常に戻すことにしか使用することができない。
だが、今回はそれで問題なかった。
「放っておいていいのか? このままだとお前が安心できる空間がなくなることになるぞ」
「や、やめろっっっ!!」
慌てたトリオンがシルビアを追う。
まだシルビアだけには攻撃をしていない。彼女になら自分の攻撃が通用するかもしれないと思ったのだろう。
走りながら【空間操作】で繋いだ空間を潜ってシルビアの前へと転移する。
勢いに任せて拳を振るう。しかし、トリオンが認識できない瞬間でシルビアが目の前から消え、トリオンが戸惑っている。
「ど、どこだ……?」
歪められた空間限定だが、トリオンは周囲の空間を認識することができる。
歪んでいるはずの空間が正常に戻っていれば、その先に誰かがいる。シルビアが今までいた場所からどこへ移動したのか予想する。空間を繋げて移動することのできるトリオンだからこそ、目の前で消えた人間が移動したのだと切り替えることが容易にできる。
「いた!」
シルビアの位置は瞬時にわかった。
彼女がいる位置はかなり離れている。だが、自分のように空間を繋げて移動したわけではないことも理解したはずだ。
「は、速い……!」
シルビアが空間を跳躍したわけではない証拠に、彼女が走った場所を示すように正常な状態に戻った空間が一直線に続いている。
今いる場所を中心に半径10メートルの空間を正常に戻す。
実際に走って移動しなければ歪んだ空間を正常にすることはできない。
「一番被害の少ないわたしを狙ってくれて助かりました」
シルビアは自分の方へとトリオンが移動したことを察知すると、【時抜け】で停止した時間の中を移動することに成功した。空間を操作することに長けたトリオンでは時間の停止した世界を認識することはできない。
トリオンが足を止めている間にシルビアが全速力で走る。
他の3人も走ってくれるおかげで正常になった空間は広がっているが、シルビアが最も移動してくれている。
「逃がすもんか!」
シルビアを追おうとするトリオン。
「行かせるわけがないだろ」
「ぶぎゃ!」
背を向けていたトリオンを後ろから蹴り倒す。
地面に強く叩き付けられたトリオンだったが、すぐに倒れた地面の空間を歪ませて移動する。
移動先は走るシルビアの正面。
掴み掛るように飛び掛かる。
「取った!」
「残念」
飛び掛かってきたトリオンを置き去りにしてシルビアが走り続ける。
この状況は最初から想定できたこと。隠れたトリオンを誘き出す為、ドードーの街を中心とした空間の歪みを正常に戻す。トリオンにとって空間の歪みは最高の盾であるため、それがなくなる事態になれば自ら動かざるを得ない。
先に向こうから出て来た為に前提がおかしくなってしまったが、トリオンを追い詰めるのに役立ってくれている。
「シルビアを追ったところで無駄だ」
「アンタ……」
移動したトリオンに追いつく。
トリオンが移動するよりも早くシルビアが移動先を察知できるおかげで追いつくのは容易だ。
「お前はここで俺と遊んでいてもらう」
上から蹴りを落とすと【空間歪曲】によって受け止められる。
だが、受け止められたことで空間の歪みが認識できる。
「――斬れ」
真っ直ぐ振り下ろした神剣が空間の歪みを切断し、その先にいるトリオンの顔を斬り裂く。
「ぁ……」
額を押さえながら後ろへとふらつくトリオン。
斬られた場所からは血が流れ、顔を斜めに走る傷を認識して動揺する。
「悠長にしている暇はないぞ」
走りながら神剣を突き出す。
速度を伴った突きは空間の歪みなど意に介さずトリオンの肩を貫く。
「さすがにズレるか」
心臓があるはずの場所を狙った攻撃だったが肩に直撃してしまった。
これは攻撃の直前に防御へ意識を傾けたことで空間障壁が強化されてしまったことが原因だ。おかげで破ることには成功したが狙いがズレてしまった。
ガシッ!
トリオンが自身の手が傷付くことも構わずに神剣の刃を握りしめる。
「ハッ、アンタを倒せば終わりなんだろ」
さすがに【世界】を何度も見ているだけある。今の異常事態を作り出しているのは【世界】で、俺を起点に発動されていることを見抜いていた。
たしかに俺がスキルの発動を止めればシルビアたちは空間の歪みによって消滅させられてしまう。
本当なら今すぐにでも止めてしまいたい。
「……メッチャ魔力を取られるな」
広範囲に【世界】を使用しているようなもの。
普段以上に消耗する魔力に苦慮しているせいで攻撃に魔法を使用するほどの余裕がない。
「これならどうだい?」
トリオンが広げた手を向け、至近距離から【歪励弾】が放たれる。
すぐさま【跳躍】でトリオンの背後へと回る。俺が空間の歪みを越える為には神剣が必要。まさか手放すはずがないだろう、という判断から自分が傷ついても俺の動きを封じることにした。
たしかにトリオンへダメージを与えるなら神剣が必要だ。
だが、俺の役割はトリオンを倒すことではない。
「【魔導衝波】!!」
歪められた空間を破壊することにのみ力を注いだ拳を叩き込む。
トリオンへ届く前に空間の歪みに阻まれる。だが、空間の歪みは許容量を超える力を叩き込まれたことで砕けてしまう。おまけに【世界】を併用しているため、砕かれると同時に正常な状態へと戻る。
後退りながらトリオンが眼前の空間を再び歪ませる。
「い、今のは油断していただけだ!」
それは間違っていない。いきなり真後ろから攻撃されたせいで防御が不完全で、耐久力が著しく落ちていた。
今度は正面から力を強めて防御している。
また、真後ろへ跳んで攻撃を叩き込めば殴ることができるだろう。
が……
「【魔導衝波】」
正面から拳を叩き込む。
再び空間が無力と化すのを見て、トリオンが空間の歪みを強める。
何度空間を歪めて盾を作り出そうと同じことだ。何度でも拳を叩き込んで破壊してやるまでだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「どうした? 息が荒くなってきているぞ」
「うるさい! これぐらいなんだってないよ!」
「そんなはずないだろ」
デコピンでトリオンを守る盾を破壊する。
「え……」
トリオンが呆然としている。
拳ではなくデコピンで叩き込んだことで力は弱まっている。
「空間の操作が得意なんだから、もっと周囲に気を配れないといけないぞ」
俺の攻撃を防ぐことに集中するあまり眷属が何をしているのか注意を払うことを疎かにしてしまった。
4人が駆け回り、さらにメリッサが【世界】を併用した【空間魔法】で空間を正常な状態へ戻す作業が8割ほど終了していた。
歪んでいる空間の大きさは、そのままトリオンの力の大きさとなる。だから拡大していた時はトリオンの力が強まっていた。それがこうして小さくなればトリオンの力は弱まる。
「ま、待って……!」
今さらながら慌てる。
しかし、踏み出した足が脆くなり、衝撃に耐えられなく砕け散る。
足を失ったトリオンは倒れ伏すしかなくなる。
「お前はこの空間にいるから強い力を発揮できるし、生きていることができる。もし、歪められた空間を正常に戻すことができる人間がいたなら、そいつはお前の天敵になる」
しかし自分の力を過信し、有利な空間にさえいれば『最強』だと思い込んでいたトリオンは自分の力が通用しなかった場合の事など考えていなかった。
慢心。それが自らを殺す毒になると学んだ。
もっとも、学んだ事を活かす機会が訪れることはない。
「がぁ……!!」
メリッサの【空間魔法】がトリオンのいた場所に炸裂する。
指定した空間で閉じ込める為の結界を生み出す為の魔法。今は結界内の歪みを【世界】で正常にする為の力が働いているため、歪んだ空間内でのみ生きることの許されたトリオンを消滅することができる。
「――さて、これで残すはあそこだけだな」