第20話 予想外な救援
メルストを出てすぐドードーの街へと走る。
遠くに小さく歪魔の姿が見え、向こうも接近する俺たちに気付いたのか身構える姿が見えた。
「アレは魔物も犠牲にしているな」
「最初に向こうの世界へ転移した人間も取り込むことができたなら、素材に困ることなどないはずですが……どうやら素材はトリオンが自前で用意しなければならないようですね」
取り込むことができた兵士や騎士は十数人程度でしかない。
正面には30体の歪魔。取り込むことに成功した人間の数では足りない。
「近場にいた魔物を取り込んだのですか?」
「おかげで掃討戦をする手間が省けただろ」
全力で走る。
目の前まで迫っており、剣を抜けるよう手を掛ける。
「こういう時に【跳躍】が使えると便利でいいんだけどね」
「絶対に使うなよ」
今にも空間を跳躍しそうだったアイラに釘を差す。
歪魔の周囲は空間が歪んでいる。そこを跳躍してしまうとスキルに悪影響を及ぼす可能性が高い。場合によっては全く異なる場所に出現してしまうことも考えられたため禁止した。
歪魔を視界に捉える。
横一列に並んだ歪魔に向かって正面から突っ込めば相手にするのは1体で済む。いや、足が止まったところを狙うため左右にいた歪魔も迫って来ている。
「二人とも、下がれ」
前を走っていたシルビアとノエルが下がり、俺に道を譲ってくれる。
そうして後ろにいるノエルが俺の目となる。
「悪いが通してもらう。足を止めるつもりもない」
神剣を振って歪魔を切り裂く。細かく切り裂かれた歪魔の肉片が地面にばら撒かれ、落ちる音を後ろに聞きながら前へと走る。
左右から迫ろうとした歪魔が動揺していたが関係ない。
「突っ込むぞ」
最初よりも随分と拡大した空間の歪みへと突入する。
自動で【世界】が発動し、シルビアとノエルが再び前に出る。
☆ ☆ ☆
マルスたちの突入に合わせてリオたち冒険者も前に出ていた。街から近い場所で戦闘しては巻き込まれる可能性があったため少しでも離れる必要があったからだ。
誰かが息を呑むのがわかった。
高ランクの冒険者でも歪魔は見た者に恐怖を抱かせる見た目をしていた。
歪魔の頭部の中心にある一つ目がギョロッとBランク冒険者へ向けられる。
「う、わぁぁぁぁぁ!!」
叫びながら自身の武器である槍を向ける。
鋭い突きだったが、体に当たる前に空間の歪みに阻まれたせいで先へ進むことができなくなる。
恐慌状態に陥った若者は引くことを知らない。
自分の前で必死に槍を突き入れようとしている若者に向かって歪魔が腕を振り上げて叩き落そうとする。
「おっと」
そこへ盾を手にした男が割り込んで受け流す。
さらに何人もの冒険者が割り込んで攻撃を繰り出す。
足止めを受けてしまった形になってしまった歪魔が戸惑う。
「あいつらはアレでいいだろ」
そんな姿を見ながらリオが呟く。
同じような光景は至る所で繰り広げられており、犠牲を出すことなく足止めなら成功していた。
「よろしいのですか?」
「ああ。報告には聞いていたけど、実際に目にしてわかった。アレはSランク冒険者でも連れてこないと役には立たない」
カトレアの質問にリオが自分の分析を教える。
Sランク冒険者は国に認められた者であるため、イシュガリア公国の問題にグレンヴァルガ帝国所属のSランク冒険者が介入するわけにはいかない。
「ま、そんなSランク冒険者を圧倒できる俺たちの方が異常なんだよ」
魔法使いのナナカが中心となって他の者が抑える。連れて来た冒険者と違い、ナナカの攻撃は歪魔を倒すことに空間の歪みの上からでも成功している。
「では、私も行きます」
戦場となった平原に黄色い光が駆け抜ける。
高速移動したカトレアが駆け抜け、Bランク冒険者の目でも光の軌跡しか捉えることができない。
「おお、随分と暴れているな。久しぶりの戦闘だからかな……あ?」
リオへと近付く1体の歪魔。手には強化された空間の歪みがあり、触れた相手を潰せるだけの力がある。
相対するリオの持つ剣から雷が発せられる。
気合と共に一閃。
歪魔へ振るわれた剣が上半身と下半身を両断する。
「最初から全力でやらせてもらうぜ」
ソニアから聞いて歪魔の特性については知っている。半端な攻撃力ではダメージを与えることができない。
倒す方法としては、空間の歪みを越えられる威力を持つ攻撃を用いるか、一点に集中させて剥がしたところを攻撃するしかない。カトレアは高速で移動することで様々な方向から攻撃して空間の歪みを剥がすつもりでいる。その選択は正しく、一人で歪魔の腕を斬り落とすことに成功していた。
リオの選択は圧倒的な力による破壊。皇帝になる前からリオはパーティにおいて前線で固い敵を破壊する役割を担っていた。
倒れた歪魔が暴れているが、少しすると塵になって消えてしまう。
「おいおい……引退した奴の一撃とは思えないな」
リオの隣に剣を手にした青年が滑るようにして移動してくる。
青年が手にしている剣は普通の剣ではなく、リオが手にしているのと同じように魔剣だった。その魔剣を手にしたおかげで青年はAランク冒険者まで登り詰めることができた。
「皇帝になっただけで、冒険者を辞めたわけじゃないからな」
「おい」
「これでも体が鈍らない程度に剣を振っていたし、感覚を忘れないよう依頼だって受けていたんだ」
「はぁ!?」
冒険者として活動していたことを帝城にいる家臣たちは知らない。もしも知れば必ず反対する。というか眷属たちには反対された。それでも言って聞くような相手ではないため戦う時には誰かが一緒にいて守るようにしている。
まさか皇帝が冒険者をしているなんて思ってもいなかった青年が声を荒げる。
「うるさいぞ、テオドア」
「だって……」
「これだって必要になることがあるかもしれないんだ。俺は帝位を力で奪い取ったからな。誰かに奪い取られないなんて保証はない。自分の身は守れるようにしておきたいし、俺の体が動くうちは子供たちも守りたい」
「なら、せめて前に出過ぎるなよ」
「そういうことなら任せろ」
リオが魔剣で地面を叩く。
叩かれた場所から土で造られた板のようなものが次々と出現し、ドードーの街があった方向へと伸びていく。高さは膝程度で、壁というよりも柵と表現するのが正しい姿をしている。
その柵がある場所で生成されなくなる。遠くて見にくいが、そこで途切れていることだけはテオドアにも確認することができた。
「あの途切れている場所から先の空間は歪んでいる。まだ距離はあるから安全だろうけど、あそこから先には出ないようにするさ」
「なるほど」
無事な柵のある内側にいる間は安全が保障されている。
「おい、あれ……」
テオドアが指差す先に空間の歪みが発生する。
ただし、それは攻撃の為ではなく移動の為の歪み。ソニアの【転移穴】と同様に空間の向こうから歪魔が姿を現す。姿形は全く同じ。だが、1体を倒したところで2体の歪魔が現れた。
二人に緊張が走る。周囲を見れば、同じように歪魔を倒したはずなのに戦闘が始まる前よりも数が増えていた。
「チッ、補充は自由自在なのかよ」
「数は限りがあるはずだから無限なんてことはないはずだけど……」
それでも限界がわからない。
歪魔と戦う冒険者や騎士が絶望に襲われる。
「――やれ」
静かな声が響く。
次の瞬間、歪魔の体が矢に貫かれて地面へ串刺しになり身動きが取れなくなる。
「あいつは……」
矢の飛んできた方向を見てリオが言葉を失う。
そこにいたのは、矢を構えたシャルルと指示を出したゼオンが外壁の上に立っていた。
少し前に確認した時には外壁の上に彼らの姿はなかった。
「いや、あいつは神出鬼没だったな」
特別なスキルである【自在】を持つゼオン。望んだ場所へ自在に現れることができるため、仲間にどこからでも狙撃をさせることが可能だ。
「……!」
外壁の上にいたはずのゼオンがリオの前に現れる。
異様な男を見て目を離していなかったはずなのに、一瞬にしてリオの前にまで移動していた。
認識を改める必要がある。
5年の間に忘れてしまった事実を痛感させられた。ゼオンの能力はカトレアのような高速移動の類ではなく、存在する場所を自由自在にできる能力だ。