第13話 シルバーファング
街の東にある門が見える場所まで辿り着くと路地裏へと姿を隠す。
『迷宮操作:召喚』
路地裏の隠れた場所に魔法陣が現れ、魔法陣の上にシルビアとメリッサが一瞬で転移される。
2人とも冒険者としての装備をしており、戦闘準備は万端だ。
「問題ないな」
「あの……」
見る限り問題ないと思っていただけに右手を上げて言い難そうにしているシルビアが信じられなかった。
「どうした?」
「それが、途中で抜け出すことを不審に思ったお義母様に『シルバーファングの討伐に向かいます』を言ってしまいました」
「何をやっているんだよ……」
そんなことを言っても仕方ない。
母はシルビアに自分の料理を教えられることを楽しみにしていたらしい。スノウラビットは1匹しか狩ることができなかったため少ないが、スノウオークが大量に手に入ったので新しい料理にチャレンジすることは可能だ。
それが、いきなり抜け出すと言い出した。
「母さんの様子は?」
「伝言があります。『夕飯は数の多い豚肉から消費していきます』とのことです」
「お、おう……」
余った分はギルドにでも売ろうと考えていたんだけど、母は全て調理してしまうらしい。
豚肉のフルコースか……。
どうやら母は俺が帰って来ることを疑っておらず、きちんと夕食を準備するつもりでいるみたいだ。
「さ、豚肉のことは忘れて虎肉の狩りにいくぞ」
路地から4人で出ると門へと向かう。
普段は開けっ放しになっている門がしまっている。
門の前では街から出られないということで門番から説明を受けている多くの人によって人垣が出来上がっていた。そんな人垣を無視して、いつも通りに門の前で職務に忠実な兵士に近付く。
「止まれ!」
「Bランク冒険者のマルスです。ギルドで事情は伺っています」
門番の説明に少し耳を傾けてみると詳しい事情は説明せずに凶暴な魔物が出た、とだけで説明をしている。
具体的な事情を説明しない為にほとんどの人が納得していなかった。
「……事情を聞いている冒険者ならば街から出られないことは理解できると思うが?」
「状況は理解しています。けど、俺たちが外に出てはいけない理由にはならないでしょう。俺たちは問題の魔物を討伐に行くんですから」
「無茶だ!」
門番が叫ぶと別の門番が近付いて来た。
「大丈夫ですよ。それに何かあっても自己責任。それが冒険者のルールです」
「しかし……」
「おい、こいつってデイトン村に現れた魔物をたった1人で倒した冒険者じゃないか?」
近付いて来た門番は俺のことを知っているらしい。
あの時は、深く考えずに村長たちを叩き潰す為に必要だったから魔物1000体を倒すなんて面倒なことを引き受けたけど、色々なところで実力を示す実績として役立ってくれているな。
「そういえば騎士のカラリスさんに似ているな」
おや? 2人で並んでいるとあまり似ていないねと言われることはあっても兄と似ていると言われることは少ないんだけど。ま、少ないだけで兄弟だと言えば多くの人が納得してくれる。
とにかく騎士である兄のことを知っているなら話は早い。
「どうせ、しばらくすれば緊急依頼で雇われた冒険者が街の防衛の為にやって来ます。それに街の兵力も大部分がこちらに割かれることになるんでしょう? だったら先発隊とでも思ってくれればいいですよ」
「……分かった」
門番が馬車の出入りにも使われる大きな門ではなく、横にある人が出入りする為の通用口を開けてくれる。
通用口を通り抜けると後ろでバタンと扉が閉まる音が聞こえる。
それでいいんだけど、なんか寂しいな。
「行くぞ」
3人に声を掛けると頷いて走ってくれる。
行き先は分かっている。
ギルドを出る前から使い魔の鷲を偵察に出しており、既に場所は分かっている。
それに街の門を出た瞬間からおおよその方向は俺たちにも分かっている。
「これが、冬の主と呼ばれる魔物ですか」
【探知】を持っているシルビアは既に気付いている。
俺も同じように迷宮魔法で気配を探知できる能力を使用すると遠く離れた場所から強い気配を放つ存在に気付いた。
「今の状態はどんな様子ですか?」
今も使い魔を通して信じて疑わないメリッサが尋ねてくる。
「分からない……」
「分からない? 使い魔を飛ばしていたのではないのですか?」
「実はちょっと近付けさせすぎちゃって……」
地上から遠く離れた空を飛ばせていたにもかかわらず地上から放たれた魔法の氷柱に撃ち抜かれて死亡した。いや、緊急回避によって氷柱による死亡は免れたものの地面に落下した時に頭から落ちてしまったせいで死んでしまった。
彼には悪いことをしてしまった。
「ほら、もう肉眼で見える位置まで近付いて来たんだから自分の目で見ろ」
「それもそうですね」
俺たちが全力で走れば街から離れた場所でも5分もあれば辿り着くことができる。
「ちょっと遅かったかな」
今まさに虎型の魔物に冒険者の1人が爪で腹を貫かれていた。
近付いてくる俺たちの姿を見つけるとシルバーファングが冒険者の腹から爪を引き抜く。
引き抜かれた冒険者の体からドバっと大量の血が流れ出す。あれは、助けられるような量の血じゃないな。
「他に生きている冒険者はいるか?」
「少なくとも近くにはいません」
シルビアに尋ねると嫌な答えが返ってきた。
目に見える範囲だけでも倒れている冒険者が6人。全員が血を流していることから全員無事ではないのだろう。
冒険者の命などこの程度だ。
俺も迷宮主になっていなければ借金返済の為に無茶な依頼を受けて彼らのようになっていた可能性だってある。いや、今だってSランク冒険者が勝てないような相手に挑もうとしているのだから危険なことには変わりない。
『ほう……』
低く唸るような声が響き渡る。
言葉を発したのは当然、シルバーファングだ。
『喋っただって……!』
シルバーファングが喋ることに驚いたのは迷宮核だ。
魔物の中には数こそ少ないが、元々知性の高い者ならば人語を解し、発することができる者もいる。しかし、迷宮核からはシルバーファングが人の言葉を理解できるほど知性があるとは聞いていない。
『もちろん迷宮にいるシルバーファングが喋るようなことはないよ』
なら考えられる可能性は1つだ。
『どうやら、こいつは相当な年月を人と接していたみたいだね』
何年、何十年という歳月を人と過ごす内に人の言葉を理解できるようになる魔物がいる。
そういった魔物の多くは人に懐き、人と過ごすことを選んだ魔物なのだが……
「目の前にいるシルバーファングは違うな」
もっと殺伐とした理由だ。
何十年という歳月の間に人を殺し戦い続けたシルバーファングはいつの間にか人の言葉を理解してしまった。
「あの……できることなら今後は人を襲わずに山の奥でひっそりと生活してくれませんか?」
『断る。狩りは我にとって最高の娯楽だ』
狩りですか。
獲物は人間。狩人は魔物。
『我が襲っているのは我が領土に入って来た者たちのみだ。まあ、たまに興が乗って街の近くまでいくことはあるが、些細なことだ』
その些細なことが困るんだけど。
「狩りってことは人間を喰うのか」
『喰わんよ。人間の肉など喰ってもマズいだけだ。魔物である我は、大地に満ちる魔力さえあれば事足りるからな』
つまり、人間を襲っているのは純粋な娯楽。
そこに生きる為に必要な糧を得るなどといった目的はない。
人間を襲う事で効率的に魔力を得ることはできるが、その方法を目の前にいるシルバーファングは好んでいないらしい。
「そうか」
人間の言葉を理解し、娯楽などという言葉を使っていたことから理性的な相手なのかと思ったら大間違いだった。
こいつは、ただの獣だ。
討伐したことによって生態系がおかしくなってしまうかもしれないが、獣であるこいつを野放しにするよりはいい。
「どっちが狩人で、どっちが獲物なのか教えてやるよ」
『ほざけ』