第16話 繋げた空間の力
神剣を何もない空間に向かって振り上げる。
「な、何をしているんだ!」
後ろから追い掛けてきたポーリッドの声が聞こえる。
何も知らない人間が見れば何もない空間に向かって剣を振り上げているだけにしか見えない。
今のように緊急事態に無駄なことはしない。
「手が空いているなら今のうちに逃げ遅れた人を連れて少しでも離れてください」
近くには状況が呑み込めていない騎士が尻餅をついて呆然としている。
攻撃を察知して神剣を突き入れる。ただし、突き入れた場所は尻餅をついている騎士とは離れた場所。
たしかに砕くことのできた感覚が手にある。
「ま、待ってくれ!」
「まだ何か?」
後ろから声を掛けられるが、振り返ることなく次の標的を探して視線を彷徨わせる。戦場では役に立たない人間に時間を掛けていられるほどの余裕はない。
「まさか敵の空間を削る力を斬ったのか!?」
ポーリッドが言うように、俺はトリオンの【歪励弾】と似た効果を持っている【空間歪曲】を無力化している。
【歪励弾】は遠方へと飛ばせるが、弾丸のように圧縮させた力が触れた場所にしか効果を発揮することができず、通り過ぎた場所の空間は元の無害な状態へと復帰されてしまう。
【空間歪曲】はドードーの街があった場所を中心に展開されている空間の歪みを外へと伸ばすことができる。トリオンは歪んだ空間から触手のように力を伸ばし、空間を歪ませている。バルトロたちが受けたのは、こちらの方だ。
どちらのスキルも遠距離にまで及ぼせるスキルではない。そもそもドードーの街があった場所を覆うように土壁があるのに、触手のようにして伸ばしている状態なのに土壁が無傷なのはおかしい。
遠距離にまで及ぼせるようにした方法。それは、【空間操作】を併用することで離れた場所と空間を繋げることで実際の距離を短くしてしまう方法だった。
それにより土壁を壊すことなく内から外を攻撃することができた。
「【歪励弾】と【空間歪曲】には触れることすらできない」
そのせいで先ほどまではどうすることもできなかった。
「けど、【空間操作】の方はそれほどでもない」
繋げられた空間の出口を神剣で斬る。
明確に歪んだ空間を認識できるようになったおかげで出口を破壊することができるようになった。
「あいつは何度も同じ力を見せすぎたんだよ」
何度も見ていれば僅かな変化を捉えることができるようになる。
シルビアが捉えられたのは、空間の僅かな歪みからトリオンの気配までだった。だが、メリッサやノエルは空間の歪みまで全てを観ることができるようになった。
「次!」
「右前方30メートル先、逃げている兵士を狙おうとしている」
後ろにいるノエルが俺の視界を果たして指示を出してくれる。
残念ながら俺自身に空間の歪みを感知する力は宿らなかった。けど、その程度の問題は仲間に頼れば解決される。
全体を見渡しているノエルの指示に従って、優先して助けなければならない人を襲おうとしている攻撃から対応していく。
「――次、わたしの左5メートル」
次々と破壊され、苛立ったトリオンが自分の攻撃を見抜かれている肝であるノエルを狙った。
接続された空間が砕かれ攻撃は失敗に終わる。
「俺とノエルで逃げ遅れた兵士や騎士を狙っている攻撃を阻止する」
「他の4人は?」
「イリスには避難した兵士の受け入れ、シルビアは外に冒険者を見つけたので彼らの避難を任せた」
おそらくメルストで雇われた高ランクの冒険者。
「この状況で高ランクの冒険者まで取り込まれてしまうのは痛手だからな」
「取り込む?」
「アレだ」
頭を向けた先ではアイラとメリッサが人だった化け物を相手にしていた。
☆ ☆ ☆
歪魔。
空間を歪ませる力によって存在そのものも歪まされたことで肉体が変質したことで生まれた化け物。
前回、歪魔の素体とされた騎士たちの肉が膨張し、巨体を誇る頑丈な化け物へと変貌した。その後はトリオンが望んだことで、さらに強化された。
歪魔となったのはバルトロと4人の騎士。
バルトロの仲間たちは変化することなく消滅させられた。誰でも歪魔へと変貌させることができるわけではない。バルトロの場合は空間の歪みから身を護ってくれる道具があったから肉体が力に耐えることができ……逆にそれが存在にまで変貌させられることとなった。
空間の歪みに耐える。トリオンの意思で力をある程度は弱めることができたが、それでも力の弱い者ではあっという間に消されてしまう。
そして、力の強い者というのは単純に腕力などの力が強い者ではなく、精神的に強い者が求められた。具体的には厳しい訓練にも耐えられるほどの精神力を持つ者でなければならない。
そう――厳しい修練に耐えた騎士のような人物。
だが、そんな人物が簡単に捕まるはずもない。奇襲で取り込むことができた騎士も若い方で、歪魔にできるほどの人物ではなかった。
なら発想を変えればいい。トリオンが求めているのは、空間の歪みに耐えられるほどの精神力を持っている者。人間としての理性を持っている必要などない。
「その答えがこれですか」
「きもちわるっ」
二人の前にいる歪魔は、今までと同様に肥大化した人の形をしていた。
違うのは肥大化した体の至る所から手や足、頭といった体の部位が飛び出しているところだ。しかも数十人分ある。
「一人の強い者を捕らえるのではなく、複数の人間を混ぜ合わせることで強い精神耐性を持たせましたか」
目の前にいる歪魔から理性は感じられない。
だが、歪魔としては完成させることができた。
『ふふっ、材料ならいくらでもあるからね』
響いてくるトリオンの声。
歪魔の体から飛び出した手や足を覆う服を見る限り、材料とされたのは取り込まれてしまった兵士たちだ。
「やれやれ……せっかく歪魔を元に戻す方法を用意してきたというのに無駄になってしまいましたね」
『ハハッ、せっかく用意できたのに残念だったね。コイツはアタイの特別製だ。そう簡単に戻すなんてことは――』
「戻すだけなら不可能ではないのですよね」
『は……?』
問題は精神耐性を持つ為に混ぜ合わされたことだ。
肉体を戻したところで混ざり合っていた時の精神まで元に戻せるわけではない。他の人間と混ざり合って化け物になっていたなど普通の人間に耐えられるわけがない。その証拠に歪魔である今は呻き声を上げるだけで人間らしい理性がない。
「で、どうするの?」
「先ほどと変わりません」
強力な攻撃によって空間の歪みを越えて倒す。
メリッサの手の中で魔力が練られていく。
「準備するのはいいけど、あまり遅いようならあたしが全部終わらせちゃうから」
アイラが歪魔に向かって駆ける。
歪魔を守る空間の歪みも斬れるよう【断絶】が剣に纏わり付き、鋭く振り下ろされた剣から放たれた斬撃が飛ぶ。だが、歪魔の前に発生した空間の歪みによって防がれて斬撃が霧散してしまう。
『言ったはずだよ。ソイツは特別製だ』
空間を歪ませる為に使える出力も増えている。
「ま、やるだけやってみるとしましょう」