第14話 隠したい感情
「……そういうわけで、敵の正体についてはわかったと思う」
俺たちに与えられた天幕の奥にはポーリッドが寝かされていた。他の負傷者たちは別の天幕にまとめられているが、統率者である彼は特別待遇を受けていた。
そして、もう一つの特別待遇としてミシュリナさんの治療を受けられている。そもそもエナジードレインによって大きく消耗しているため必要な待遇だと言えた。
「敵は悪魔。俺たちに影響を受けて生まれたせいで警戒していた」
話し掛けたことでポーリッドがベッドに腰掛けて状態を起こす。
見下ろす形になってしまったが、どうしても看過できない問題がある。
「どうして、あなたは狙われたんでしょうね」
明らかにポーリッドを狙っていた。
どうしても、その理由だけが分からず本人に確認するしかなかった。
「そんなことを言われても……」
本当に困惑した様子だった。
だけど、あいつは言っていた。
『お兄さんたちを妬んだ気持ちがあるっていうのに、それを必死で隠しているんだもん』
トリオンの言葉だ。
「この言葉に心当たりは?」
「……」
「妬んだっていうのがどういうことなのか教えてもらいましょうか」
「……」
質問してもポーリッドは答えない。
「あんた部下に言っていたよな、『国に殉じる覚悟はできていたはずだ』って。恥ずかしいのかもしれないけど、教えてくれないと国への忠誠心を疑われることになるぞ」
「そんなことはない!」
ドンッ! と両手で膝を叩く。
「ポーリッド、話しなさい」
「聖女様」
「今、この国に再び危機が訪れています。夢魔の脅威が去ってからそれほど時間が経っておらず、国民に危機を乗り越えるほどの力はありません。私たちにできるのは事態を解決できる彼らに協力することです。何か手掛かりがあるなら正直に答えるのです」
本当は言いたくない。それでも、聖女の言葉なら……とようやく重たい口を開いてくれた。
「私が貴方たちの姿を見たのは騎士として隊を任されるようになったばかり頃の事です」
およそ10年前。
多くの不死者が現れる事態に見舞われた。当時も国の危機を危ぶまれるほどで、俺たちの介入がなければ島国であるイシュガリア公国から生者はいなくなっていた可能性が高い。
あの頃には国を相手に戦争をしても勝てるほどの力を示していた。なにより大量のアンデッドを前にして隠せられるような余裕もなかったため、最低限の秘匿はしていたものの戦う姿を見られてしまった。
それでも大きな問題にはならなかった。拠点にしているアリスターから離れていたし、偉業とも言える功績だったためアリスターへ話が届く頃には信憑性がほとんどなくなっていた。
だが、直接目にした人たちの評価まで誤魔化せるわけがなかった。
「預けられた隊員が次々と死んでいく状況で私は絶望の中にいました。このまま国と共に自分も死者となってしまう……ううん、死者になれたならマシ、アンデッドとなってしまうことに恐怖していました」
一時は自ら命を絶つことも考えた。それでも騎士としての矜持がポーリッドの命を繋ぎ止めていた。
「それなのに、貴方たちは簡単にアンデッドを消滅させたんだ。これが悔しがらずにいられるか!」
さらにイシュガリア公国は何度か危機を救われることとなる。
そんな光景を見せられる度にポーリッドの心には鬱屈とした想いが蓄積されていた。
それでも表に出すことはしない。
「私は国に仕える騎士だ。助けてくれた者に嫉妬するようなことがあってはならない!」
「……それだけか」
「なに……?」
普通ではあり得ないような力を見せつけられた。
自分では持ちえない特別な力を羨まずにはいられなかった。
「たしかに俺たちの力は特別に与えられた力で、運がよかったから手に入れることができたんだ。だけど、そんな力を使うことに何の問題がないと思うのか? こんな風に見せれば嫉妬する人が出てくる」
ポーリッドのように羨む人間が出てくることはわかっていた。時には身近な人間を人質にして言うことを聞かせようと考える者まで現れる。
だからこそ守りたい人間を守れるようになるまで人目に晒さなかった。
「そんなに強い力が羨ましいか?」
「……」
「誰彼構わず与えているわけじゃない。信用できると思った相手だから与えるようにしているんだ」
眷属は主人の命令には忠実だ。だけど、そういう強制した忠誠が嫌だから信用できると思った者だけを眷属にしている。
ポーリッドの場合は力を手に入れた後でどういった考えを抱くのか分からない。監視することはできるけど、常に監視するような面倒まで背負い込みたくない。
「狙われた理由は推測できた」
「嫉妬、ですか?」
「もしくは、そういった感情を隠した心ですね」
歪んだ空間が抱いた恐怖心から生まれたトリオン。彼女にとっては自分の出生に近しい感情は美味となっていた。
「……何か役に立ったのですか?」
ポーリッドが小さく呟く。
彼にとっては自分の恥ずかしい想いを吐露させられたようなものだ。騎士として自分より強い力を持つ者に嫉妬したなど恥以外のなにものでもない。
「奴の想いをくみ取るのは重要ですよ」
敵は自由に空間を移動することができる悪魔。今はドードーの街があった場所に引き籠らずにはいられない。その中にいるとしても、向こうの方から出てくるように仕向けなくては戦いにすらならない。
話を聞いたおかげでトリオンの心情がわかった。
「あいつは嫉妬を隠しているように、恐怖を隠しています。だから隠しているベールを剥がしてやれば恐怖が剥き出しになって出てこざるを得なくなります」
方法は用意できた。消耗戦になるが、決して不可能な方法ではない。
「実行可能なのは俺だけですから。事態の解決までこっちで請け負いますよ」
「そこまで頼っていいのですか?」
「構いませんよ。もう俺たちは狙われています。あいつは放置しておくと、いずれはアリスターまで来そうです」
だから手の打ちようがある今のうちに倒してしまう。
行動を起こす理由など、それで十分だ。
「それに依頼の内容を忘れたわけじゃないですよね」
報酬として調査中の拾得物の所有権を要求している。
「悪魔は倒します。ただ見つけるのに探索する必要があるので、その間に入手した物は俺たちの物ということでいいですよね」
「もちろんです」
確約は得られた。現在のドードーの街近辺は領主もいなくなったため、一時的に国の管轄地となっている。『聖女』であるミシュリナさんの言葉は国政に強い影響を与えることもできるため、彼女が約束してくれたなら大丈夫だ。
「ミシュリナ様!」
天幕から出ようと思ったところでクラウディアさんが駆け込んでくる。彼女は騎士団がメルストまで撤退し、野営地を放棄する騎士団に合わせてミシュリナさんの荷物をまとめるため外にいた。
「荷物の準備はできております。今すぐに撤退しましょう!」
「何か、あったのですか?」
「人が……人が、消えております」
すぐさま上空に待機させておいた使い魔と感覚を同調させる。
バルトロのように土壁に干渉しようとする者がいないか全体的に監視させていた魔物だったが、監視する先を騎士団のいる方へと向ける。
思わず舌打ちしたい気持ちにさせられた。
全体的に監視していたのが裏目に出た。
「一人でも多く助けたいなら今すぐにでも撤退しましょう」
何も気づかず、暢気に撤退作業をしている兵士が消える。
一瞬にして痛みなどなく消えてしまうせいで、消えた人たちは悲鳴を挙げることもなく消える。残っている人たちも見間違いか、見失ったものだと思って深く気にしている様子がない。
「敵は見境なく取り込み始めています」