第10話 歪魔―中―
それぞれ歪魔を抑えに行った3人。
アイラがノトと呼ばれた騎士へ剣を叩き付ける。だが、空間の歪みによって歪魔へは届かない。それでいながら歪魔の方は空間の歪みの向こうから攻撃することができ、醜く変化した腕を振り上げようとし、足を止める。
「……やっぱりね」
その光景を見てアイラの顔に笑みが浮かぶ。
「空間の歪みっていうならあんたの前にあるんじゃなくて、あんたの前の空間に歪みがあるだけなんだ」
空間の歪みを気にせず振るわれたアイラへと迫り……何もない場所を切り裂くだけに終わる。
「そっちが空間を歪ませるって言うなら、こっちは空間を跳ぶだけよ」
歪魔の後ろへと跳躍して回り込んだアイラ。そのまま体を回転させて剣を叩き付けるが、空間の歪みに阻まれてしまう。
振り返りながら歪魔が腕を振るう。
「元騎士だっていうのに化け物に引きずられ過ぎじゃない?」
アイラの攻撃は空間の歪みに阻まれて届かない。
それでも彼女の顔に悲壮感はない。
「何度か見させてもらったからね。もう、それの弱点はわかったわ」
絶対的な防御力。
さらに盾を維持しながら攻撃もできる、という利点がある。
「全身を護れるぐらい大きい。けど、その程度の大きさしかできないの」
盾の内側にいれば安全は保障される。
しかし、動けば盾から出てしまうことになる。
「だから……こういう攻撃が有効になる!」
アイラの両手に使い捨ての剣が現れる。彼女の膂力で放たれた剣は、空間の歪みへ衝突すると同時に砕け散ってしまう。だが、耐えられる剣で攻撃したところでダメージを与えられないのは変わらない。
そして、空間の歪みを発生させて動けなくする、という結果も変わらない。
「焼き尽くせ――」
アイラが避け、隠れ蓑にしていたメリッサがアイラの陰から姿を現す。
メリッサの手には魔法を構築された魔法陣が展開しており、彼女の意思や条件を満たすことで発動するようになっていた。今回は、条件――触れることで魔法が発動するように構築されていた。
「――【爆発】!!!」
だが、歪魔の体に触れるよりも前に歪んだ空間が触れたことで、歪魔の手前が魔法が発動して爆発を起こす。
「それは織り込み済みです」
ただし、メリッサは防御されることも考慮した上で魔法を構築していた。
空間の歪みと衝突した魔法陣から爆発が正面へと放たれ、空間が歪んでいることによって周囲へと流されていく。
しかしそれも一瞬の出来事……次の瞬間には、歪んだ空間を修正してしまえるほどの威力を持った爆発によって歪魔までメリッサの魔法が届く。
『はぁ!?』
これには歪魔を送り込んで相手も驚いた。なにせマルスを足止めする為にしていた攻撃の手を止めてしまった。
「少々力業過ぎますが、特殊な力によって空間を歪ませているというのなら、空間の歪みすら破壊してしまえる威力がある攻撃をすればいい、それだけの話です」
メリッサの視線は土壁のある方へと向けられている。姿は見えていないが、たしかに向こう側に『何か』がいるのを感じ取っていた。
対して目の前で転がっている肉塊には興味がなかった。
「研究的にはサンプルになるのかもしれませんが……」
欠片だけとなった肉塊へ炎を放って消滅させる。
「こうして楽にしてあげた方がいいでしょう」
肉片だけとなった状態で、果たしてノイとしての意識がどれだけ残っていたのか分からない。
「そこまでしなくても……」
騎士の一人が呟く。
魔法による爆発により四散し、欠片すら残すことができなかった。騎士にしてはあまりに惨い最期だ。
「そんなことを言っていられる余裕がありますか?」
メリッサの口から大きく息が吐かれる。
周囲では今も騎士たちが歪魔と戦闘を繰り広げている……いや、一方的に虐殺されていると言った方が正しい。なにせ騎士であっても歪魔が相手とあっては攻撃と防御の両方が不可となっている。
「それに最低限の配慮はしました」
歪魔となった者はともかくとして生きている騎士に被害は出ないようにした。
その証拠に他の歪魔がいる方へ爆発が及んでいない。目の前にいる歪魔にのみ攻撃がいくよう調整しながら、空間の歪みを吹き飛ばせるほどの威力を持たせた。
ただし、魔法の改良に意識を割いたせいで、体力と魔力の両方を消耗している。
「まずはシャルという騎士だった歪魔を片付けることにします。それまで残りの2体はそちらで抑えていてください」
「ああ……!」
『そっか。まだ、足りないんだ』
歪魔が倒されたショックから立ち直った敵がマルスへの攻撃を激しくし、同時に歪魔への干渉を強める。
――ドクン!
心臓の鼓動のような気配が歪魔から迸り、歪魔の体を5割増しに巨大化させ、爪を鋭くし、肉体の強度が跳ね上がる。
「なん、だ……この変化は……ぁ!?」
歪魔に襲われた騎士が後ろへ跳んで攻撃を回避する。
だが、たしかに回避したはずなのに騎士の胸には鋭く切り裂かれた痕が残されていた。
「どう、して……」
赤い血が流れる胸を抑えて膝をつく騎士。
彼には鋭い爪によって切り裂かれた感覚があった。
『細かい事は置いておいて、とにかく強い力でアタイの歪魔を倒したっていうのは理解したよ』
声から感じられる子供らしい理解力。
『じゃあ、さっきよりも強く、さっきよりも頑丈で、さっきよりもタフにしちゃえばいいんだよ』
相手が強いなら、自分も強くなる。
最も単純でありながら、最も難しい解決法を楽しみながら実行した。
「この……っ!」
アイラ、シルビア、ノエルの3人が歪魔へと囲んで攻撃を繰り出す。
歪魔の体が大きくなったことで空間の歪みも大きくなり、腕を大きく振ることができるようになったことで移動せずとも攻撃ができるようになった。
さらに回避したはずの鋭い爪による斬撃を察知して剣を掲げれば、刃を弾いたような音が響く。
「どこから攻撃してくるの!?」
「落ち着いて考えれば分かる」
見えない攻撃に対して焦るアイラだったが、【壁抜け】が使えるおかげで攻撃の回避が容易なシルビアはギリギリのタイミングまで見定めることができていた。
「爪の先端が……!」
先端部分だけが消失し、振り抜かれた手が相手の胸の前を通り過ぎる際に空間を繋げ、胸を切り裂いている。
シルビアが相手ではどれだけ空間を跳躍させたところで当たらない。
「気を付けて! 十分な距離がないと当てられるかもしれない」
「そんなこと言ったって……」
「なら、足止めは私が引き受ける」
氷の礫が歪魔へと襲い掛かる。
3人が相手していた歪魔だけでなく、騎士を蹂躙していた歪魔にも充てられる。
「3人とも……ううん、全員離れて」
シルビアたち3人がイリスの声を受けて歪魔から離れる。
遅れて騎士たちも状況が理解でき、歪魔の攻撃から全力で逃れる。
「アイラも観察するのはいいけど、ちゃんと観察しないから詰めが甘い」
空から細かく砕かれた氷の雨が降る。
巨大化した歪魔にとっては指先程度の大きさしかない氷。だが、氷の雨に対して頭を抱えて蹲ってしまう。
「そうか……上からの攻撃は防御できないのですね」
「そういうこと」
壁のように歪まされた空間。平面状なため歪魔の真上には展開されていなかった。
「さて、これでトドメを差すことができるはず」