第12話 招集拒否
アリスターでは冬になると強力な魔物が東の山に住み着くことは分かった。
「よく無事でしたね」
冬にしか現れない。
逆に言えば冬になると毎年のように現れている。
「それが、シルバーファングは自分の縄張りを定めるだけで自分から人間を襲うような真似はしないんです」
「けど、さっきの門番は襲われた冒険者がいた、みたいなことを言っていましたけど」
「おそらく襲われた冒険者はシルバーファングの縄張りに入ったのでしょう。シルバーファングは自分の縄張りに入った者には容赦をしないので東側の門から出る者には注意を呼び掛けているんです」
そういえば冬になってからは東側を利用したことがなかった。
だからシルバーファングについて注意されることもなかったのか。
「そして、1度でも怒らせてしまうとシルバーファングは縄張りに関係なく暴れ回ることになります。最悪の場合には街までやって来る危険もありますので……」
さすがにそんな強力な魔物が攻めてきたら街はひとたまりもない。
「そんな魔物を相手に緊急依頼は大丈夫なんですか?」
「はい。暴れ回るシルバーファングですが、1日も暴れれば自分の縄張りへと帰っていくので緊急依頼では街に被害が及ばないように防衛を主体に戦うことになります」
討伐が目的でないなら可能性がある、ということか。
けど、見過ごせないことがある。
こんな事態を引き起こした冒険者には重い罰則が下されることになる。注意を無視してシルバーファングの縄張りに侵入してしまったのは事実なのだから罰則を受けるのは仕方ない。
ただ、このままだとシルバーファングが街へやって来ると罪のない人々が傷ついてしまう可能性がある。
「ルーティさん。仮に俺たちがシルバーファングを倒した場合にはどうなりますか?」
「ま、まさか……討伐するつもりですか?」
「当然」
「無茶はやめて下さい。相手はSランク冒険者が複数いても倒せないような魔物なんです……いや、1000体の魔物を相手にするのとどっちが大変なのかな?」
まあ、どっちでもいい。
俺の中で討伐に向かうのは既に確定事項だ。
「俺は緊急依頼の対象にはなっていません。討伐依頼が出ているわけでもないので魔物を討伐した場合にはどういう扱いになるのか聞きたかったんです」
緊急依頼だが、防衛の為の戦力に割り振られるということで冒険者ギルドに雇われる形になる。そのため当然のように報酬が出る。
「そうですね……普通は緊急依頼が出されるほど凶暴な魔物を依頼も受けていないのに討伐に向かう冒険者がいないので前例が少ないですが……」
あ、それでもあるんだ。
それって戦闘狂みたいな人が自分から喜々として討伐に行くとかそんな感じかな……そんな風に思われるのは嫌だな。
「まず、討伐報酬は出されません。ですが、それだけです」
「……え?」
てっきり緊急依頼の為に雇われた冒険者の獲物を横取りしたとかでペナルティが与えられるのかと思った。
「ギルドとしては、凶暴な魔物を倒してくれることは喜ばしいことですから倒したことでペナルティが与えられることはありませんから安心してください」
「そうですか」
ただ、ギルドの印象はよくない。
ギルドにしてみれば緊急依頼の為に雇った冒険者たちに仕事をしていないにも関わらず報酬を支払わなければならない。
「これで安心して討伐に行けます」
「絶対に帰って来てくださいね」
「大丈夫ですよ」
隣で一緒に説明を聞いていたアイラを連れてギルドを後にしようとする。
すると、ギルドで待機していたヴィンセントさんが近付いて来た。
「あれ、ヴィンセントは緊急依頼を受けなくていいんですか?」
貴族から直接依頼を受けるぐらいだからAランクであってもおかしくない。
「たしかに俺たちはAランクパーティだが、アリスターの街を拠点にしている冒険者じゃない。王都を拠点にしている冒険者だから、この街のギルドマスターの言葉は俺に対して強制力がないんだ」
「なるほど」
ヴィンセントさんたちがギルドにいるのは、あくまでも情報収集の為だ。
「それよりも失礼だとは思ったが話を聞かせてもらった。シルバーファングを討伐に行くみたいだね」
「はい」
「俺たちも受けている依頼がなければ一緒に討伐に向かいたかった」
これまでの数十年間討伐されることのなかった魔物の討伐。
それは、冒険者にとって名誉なことだった。
逆に彼らが現在受けている依頼は貴族から受けているものであるため万が一にも怪我をして納入が遅れるようなことがあってはならないし、収納リングの紛失などあってはならない。
「2、3日ゆっくりしてから王都へ帰ることにするよ」
どこかへ食事へ繰り出すヴィンセントさんたちの後姿を見送りながらシルビアとメリッサの2人へ念話を送る。
『というわけで、討伐のために合流してほしいんだけど』
どうせならパーティで討伐したいということで合流をお願いする。
しかし、返ってきた答えは……
『わたしは、今は下処理中で手が離せないんですけど』
『私も接客中で店を抜けられそうにありません』
まさかの合流拒否である。
いや、命令しているわけじゃなくてお願いしているだけだから眷属であっても主の願いを拒否することは可能だ。
「どうする? 2人で討伐に行く?」
「そうするか」
シルビアとメリッサは忙しくて手が離せそうにないらしい。
主として眷属の行動を縛るつもりはないので2人の自由にさせたい。
しかし、それに待ったを掛けたのが迷宮核だ。
『いや、全員で行った方がいいよ』
「どうしたんだ一体?」
迷宮核の様子はシルバーファングが出没すると聞いてからおかしかった。
『分かりやすくシルバーファングのステータスを見せてあげるよ』
ただし、現在暴れているシルバーファングではなく迷宮の地下75階でボスをしているシルバーファングのステータスだ。
『5分時間を下さい』
『私も母に接客を代わってもらって準備をします』
シルバーファングのステータスを見た瞬間に2人ともついてくる決心をした。
「まあ、あたしでもこんなステータスの敵を相手にするって聞かされれば何よりも優先して合流するわ」
「ちょっとシルバーファングをなめていたかもしれない」
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名前:シルバーファング
レベル:500
体力:7000
筋力:4500
敏捷:9000
魔力:7000
スキル:氷結王の遠吠え 断絶の牙 棘毛
適性魔法:水 光
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地下77階にある財宝部屋で財宝を守っている魔物と同等の強さを持っていた。
そうか。いくらSランクの魔法道具を守る役目を担っている魔物とはいえ、地下77階にいる魔物は強すぎると思っていた。けど、地下77階に到達した冒険者たちは地下75階でボスをしているシルバーファングを倒せるだけの実力があるからそんなレベルに設定していてのか。
いや、普通に強すぎる。
逆に数十年前に討伐することができた冒険者のレベルが知りたくなる。
「で、迷宮にいるシルバーファングを基準に考えた場合、街の外で暴れているシルバーファングはどれくらい強いんだ?」
『さあ……』
「おい」
『迷宮にいるシルバーファングは迷宮の魔力で生み出された魔物だけど、常識的な強さを外れるようなレベルじゃない。ただ、迷宮でボスをしているシルバーファングは何百年という歳月を掛けて強くなった魔物なんだ』
迷宮で生み出した時のレベルは450程度だったらしい。
それでも人類に倒せるようなレベルじゃないよ。
その後、極寒の環境の中で自らの肉体を鍛え上げ、終いには地下77階にいる魔物と同等の強さを得たのが迷宮にいるシルバーファング。
『対して街の外にいるシルバーファングは、数十年前に1度討伐されているなら今のシルバーファングは長く生きていても数十歳ぐらいはずだよ』
年齢を考えれば迷宮にいるシルバーファングほど強いとは思えない。
しかし、街の外にいるシルバーファングは多くの冒険者を殺してきた猛者だ。迷宮にいるシルバーファング以上の速さで強くなっている可能性が高い。
「どちらにしろ警戒が必要な相手だ」
本当に油断などできない。
「可能な限り綺麗な状態で虎肉をゲットするぞ」
『え、シルバーファング相手にも狩りをするつもりですか?』
「当然」
数十年間誰も食べたことがない肉。
これほど価値のある食材があるだろうか。