第5話 侵入阻止の壁
「こちら、特製クリームパスタになります」
「ありがとう」
屋外に設置されたテーブルの上へシルビアが料理を置く。茹で上げられたばかりのパスタからは湯気が立ち昇り、白いクリームの匂いが食欲をそそる。
その美味しさを証明するように近くで警護に当たっている騎士たちがこちらへ背を向けながらも時折チラチラと羨ましそうに視線を向けている。
「あの……」
堪らず一人の騎士がお願いに……というわけではなく、状況確認の為に近付いてきた。
「あれは大丈夫なのでしょうか?」
騎士のまとめ役を任されているポーリッド。
彼の視線の先には巨大な岩の山、と形容できる都市を覆えてしまうほど大きな土の壁があった。半球体で、表面がツルツルなため手で掴んで登るのは至難だ。隙間もない完全な密室だ。
ポーリッドは突如としてドードーの街があった場所を覆うように出現したドームが気になって仕方なかった。
「中に人がいないことは確認しています」
製作者はメリッサ。空気が入り込む隙間もないため、内側に人間がいれば酸素が尽きて、いずれは全滅することになる。
「それとも私たちが見ていないところで誰かが近付いたのですか?」
もちろん取り残される人がいないよう確認してから覆っている。
「いえ、そのような者はおりません」
「なら問題はないはずです」
騎士や兵士の中に命令違反を犯した者はいない。
俺たちが心配していたのは別の者だが、今のところドームの内側に変化はない。
「ところで、何故あのような壁を用意したのですか? やはり街があった場所は危険だったのでしょうか?」
ポーリッドだけでなく、ミシュリナさんの視線が向けられる。彼女には事前に事情を説明しておいたが自分の目で見たわけではないため「説明しろ」と俺に丸投げしていた。
「今のところ『何も分からない』というのが正直な感想です」
「それは、どういうことです?」
「空間に異常が起こっているのは間違いありません。ただし、その原因も有効な対策も分からない状態です」
だから消極的な対策をするしかなかった。
誰も近付かせない。
分厚い土の壁で覆ってしまえば近付くのは困難となる。
「なるほど」
ポーリッドは納得していたが、この方法では根本的な解決にはなっていない。それに消極な手段の中でも万全ではない。
「行方不明だっていう二人の騎士はドードーの街へ入っていないんですよね?」
「もちろんだ。二人とも職務に忠実な騎士です」
「なら二人がいなくなった原因は一つしか考えられません」
空間の異常が拡張している。ただし、今は街の大きさで安定していることから拡張は一時的なもので、一部が消えたことから全方位へ拡張したわけではないことが予想できる。
彼らは警戒していたのに不運にも飲み込まれてしまった。
「誰も街へ入れないようにはしましたが、こんなものは意味がないのかもしれません。しばらくは様子を見るつもりでいます」
具体的には3日ほど滞在する予定だ。
もし、ドームの外側まで空間の異常が拡張してくるようならメリッサとイリスのどちらかが気付く。
「シルビア、彼らにも料理を分けてあげられるか?」
「はい、問題ありません。必要になるだろうと思って多めに作ってあります」
周囲にクリームの匂いが漂う。
ポーリッドも土壁が気になっていたが、騎士としてシルビアから提供された紅茶を飲んで優雅に休んでいるところを邪魔してはいけないと黙っていた。結局ティータイムが中断されることはなく、昼食となってしまったため黙っていられず話し掛けてしまった。
彼らも空腹を我慢できなかった。
「ごちそうさま」
「もう食べ終わったのですか?」
「ああ、俺はちょっと出かけてくるよ。誰か一緒に来るか?」
俺の問いにイリスが立ち上がる。
☆ ☆ ☆
「よし、準備はいいな?」
「この土壁を破壊する準備はできています」
マルスたちがいる場所とは土壁を挟んだ反対側。近くには5メートルサイズの大岩が転がっており、見る位置によっては隠れた人の姿を隠してしまえる。
5人組の男たちがいた。
彼らは冒険者で、メルストを拠点にしているBランクパーティだった。
受けた依頼はドードーの街の調査だった。Bランク冒険者をリーダーとし、Cランク冒険者4人で構成されたパーティ。冒険者ランクは高くないが、調査を得意としているとあってギルドマスターから直々に依頼を受けた。
今回の依頼が成功すれば全員のランクを上げてもらう約束までしており、全員がやる気に満ちていた。
だが、先に調査へ向かった者たちが冒険者だけでなく、国に仕える魔法使いまで行方不明となれば迂闊に近付くような真似はできない。
そうして遠くから様子を伺っている間にマルスによって土壁で街のあった場所が覆われてしまった。
業を煮やした彼らは街への潜入を決めた。
「でも、こんなことをしたらバレませんかね?」
「バレるに決まっているだろ。あいつらだぞ」
リーダーの名前はバルトロ。彼はBランク冒険者ということで国からの依頼を受け、不死者と戦ったこともあった。その時、破竹の勢いで活躍するマルスたちの姿を見たことがあった。
数年前の出来事。あの頃は少年少女と言える容姿をしていたマルスたちも大人になっていた。
それでも街を覆うほどの土壁を魔法で、しかも一瞬にして生み出すなどといった離れ業をできる者が他にいるとは思えない。すぐさま噂に聞いたことのあるマルスたちだと予想した。
「とにかく中へ入らないことにはどうにもならないぞ」
手柄が欲しい。
マルスたちの登場はバルトロを逆に焚き付ける結果になってしまった。
それに依頼を受け、ドードーの街に対して静観している冒険者は他にもいる。手柄を求めるなら彼らを出し抜く必要があった。
「でも、本当に中へ入って大丈夫なんですか?」
「なに言ってやがる。お前だってあいつらが中へ入って何食わぬ顔で出てきたところを見ていただろ」
街を監視していたバルトロたちはマルスたちがドードーの街を出入りしたのを見ていた。
ただし、彼らの目に【世界】の結界は映っていない。そのため何の対策もせず出入りしたようにしか見えなかった。
「やれ」
「おう」
バルトロが合図をするとパーティの中で最も体の大きな男が前に出る。
身の丈ほどもある巨大なハンマーを担いでおり、その目は土壁へと向けられている。
パーティにおける戦闘担当。巨体を誇る男が敵の攻撃を受け止めている間に仲間が攻撃してダメージを蓄積させ、弱ったところ彼が叩き潰す。
今回の叩く対象は土壁。
受け止める必要などなく、ただ破壊すればいい。
担いでいるハンマーは魔力を注げば注ぐほど攻撃力を増していく魔法道具。
「いくぞ」
男が土壁を叩くと表面が砕け、土壁に亀裂が走る。だが、壁を貫通させるには至らない。
「チッ、随分と頑丈だな」
大きさを考えれば強度が落ちていても仕方ない。
そんな風に油断した、と思った男が今度は全力を込める。
しかし、振り下ろされたハンマーが土壁に叩き付けられることはなかった。
「せっかくメリッサが用意した壁だ。壊してもらっちゃ困るんだよ」
振り下ろされたハンマーの柄を掴み、振り下ろされないように受け止めたマルスがいた。