第33話 要求と宣戦布告
「ここが最下層の向こう側……」
エルマーたちを連れて迷宮の奥に存在する世界へと踏み入れる。
4人とも初めて見る真っ白な世界に奇妙な感覚を覚えている。
「時間停止の方は問題ないか?」
「そっちは問題ありません」
真っ白な世界では【世界】を持つ俺の傍にいなければ眷属ですら世界から拒絶されて動くことができなくなる。
離れすぎなければ彼らも問題はないようだ。
「ただし、僕たち以外の人を連れて来るのはお勧めしません」
「どうしてだ?」
「さっきから微妙に息苦しいし、体も重く感じるんです」
ディアが不調を訴えてくる。
ゼオンの【自在】によってこちらへ来た普通の人間は、時間が停止してしまったかのように身動きができなくなっていた。おそらく迷宮主と迷宮眷属だからこそ、その程度の不調で済んでいるのだろう。
「少しだけ我慢していてくれ。現在の状況を理解してもらう為にも見ておいてほしかったんだ」
連れられたエルマーたちもここが異質な事は理解していた。
まずは、俺の【世界】が変質した結果を確認する必要がある。
「やっぱり、あったな」
迷宮との入口から少し離れた場所にある魔力溜まり。
下界で言えばアリスターから南東方向へ進んだ場所に魔力の溜まった場所が存在していた。
以前はなかったもの。詳しく調べるまでもなく、俺が書き換えた結果だ。
「お前たちにやってもらいたいことがある。もちろん危険はあるから断ってもらってもかまわない」
「いいえ、引き受けますよ。今の僕たちがあるのはマルスさんたちが引き取ってくれたおかげですから」
少しでも恩を返そうと思ってくれるのは嬉しい。
だが、ゼオンたちと敵対するかもしれないことを思えば気が引けてしまう。
それでも今の俺たちに頼れるのはエルマーしかいない。
「迷宮を限界――地下100階まで拡張させると、さっき見た扉が出現して出入りすることができるようになる」
その言葉だけでエルマーは自分が何をすればいいのか悟った。
「パレントの迷宮も限界まで拡張させるんですね」
「そうだ。迷宮の構造を最低限にして、拡張を優先してもらう」
迷宮主の楽しみとして侵入者に対する罠や魔物の配置、環境を調節するなど考える楽しみがある。
俺の要望は、その楽しみを奪うことになる。
「もちろんです。あまり時間も残されていないんですよね」
「……本当に、いいのか?」
再度尋ねるもののエルマーだけでなく、ジェムやジリー、それからディアも頷いている。
「もちろん拡張に必要な資金や魔力はこっちで用意する」
「そんなことをして大丈夫なんですか?」
迷宮は限界まで拡張させた。それだけ維持に魔力を必要とするようになり、アリスターの迷宮の維持が難しくなるのではないか、と心配していた。
「こっちはパレントと違って一流の冒険者が常駐してくれているからな。供給先には困っていないんだ」
開拓の方に人を取られてしまって減りはしたものの、アリスターに残っている冒険者の方が多い。彼らの多くは迷宮で魔物を狩り、素材を採取して帰ることで報酬を得ている。
それに今年の開拓も中断された。来年の春には再び計画が始動することになるだろうが、都市に冒険者が戻って来ることになる。これから寒くなることも考え、稼ごうと思った彼らは迷宮へ訪れることになる。
「ま、今回の事件で一流の冒険者が減らなくてよかったよ」
もし、大蛇を討伐するため俺たちがデイトン村を訪れていなければ、開拓を手伝っていた冒険者が全滅していた可能性がある。
収入の大幅な減少を抑えられた意味でも依頼を受けてよかった。
「それに新しい収入も得られたしな」
魔力溜まりへと視線を向ける。
俺のスキルでこちらへ持ってきたせいか、これまで全く関係のなかった魔力であるにもかかわらず余剰分が迷宮へと流れている。
大蛇のような強大な魔物を生み出すこともある魔力溜まりであるには流れる量が少ないように思える。
それでも収入が増えたことには変わりない。
「だから、お前たちが気にする必要なんてないんだ」
むしろお願いしているのはこちらなのだから、エルマーには受け取ってほしいところだ。
「……分かりました。ありがたく受け取ることにします」
ゼオンと敵対していることを思えばエルマーの協力は必要不可欠だ。
新しいスキルは得られたもののゼオンとの戦闘にはそれほど役に立つとは思えない。いくつか試してみたが、一定以上の力を持つ相手への直接的な干渉を行うことはできず、弾かれてしまう。おそらくゼオンには通用しないだろう。
なら、次に期待するしかない。
5本の柱を揃えた時に得られるスキル。ゼオンも強くなってしまうが、それ以上の力を手に入れられる可能性を【世界】も秘めている。
「なあ、こんな場所でこんな話をしていいんですか?」
ジェムが疑問を口にする。
こんな何もない空間で会話をしていれば、この場にいる者に聞かれてしまうことになる。
見える範囲には俺たち以外に誰もいないし、気配を感じることもない。
だが……
「どこかで聞いているんだろう!!」
呼び掛けるように叫ぶ。
近くにいなかったとしても俺たちの会話を盗み聞きする手段は持ち合わせているかもしれない。
「俺たちは迷宮主になったこの子を支援することにした」
エルマーの頭の上に手を置いて親密な関係であることを示す。
「もし、この子たちに手を出すようなことがあれば……全面戦争の開始だ!」
ある意味では宣戦布告。
だが、こうして親密であることを示すことでエルマーを守る抑止力にもなる。
「マルスさん」
「こんな危険な事に付き合わせるんだ。せめて敵から守るぐらいのことは俺たちにさせてくれ」
その時、目の前が陽炎のように歪み、ゼオンが姿を現す。
「久しぶりにこの世界を訪れたと思ったら、宣戦布告か」
「ああ、そうだ」
「この間は逃げ帰ったというのに懲りていないらしい」
ゼオンの体で魔力が迸る。
凄まじい魔力量からエルマーたちに緊張が走る。
だが、シルビアたち眷属は平然としていた。
「……止めだ」
魔力を迸らせていたゼオンから気力が削がれる。
「お前の目的だって……いや、目的を達成する為には世界に柱が5本は必要なんだろ」
「そうだな。俺たちの目的を達成するには、ここまでの力を手にしても足りない」
敢えて目的が何であるのかは尋ねない。
最悪の場合、知った瞬間に全面戦争へと突入することになる。さっきは宣戦布告なんてしたが、今の戦力で戦えば俺たちの方が負ける。
「お前たちも5本目を用意する準備を進めているんだろうけど、こっちはこっちで進めさせてもらう」
ゼオンに状況を分かり易く説明して交渉を進める。
「それで、お互いに邪魔しないってことでいいな」
お互いに不利な条件のない交渉。
だからこそゼオンは賛同すると思って臨んでいた。
「その内容を受け入れた。アリスターだけでなく、そっちの子供が関わっていると判明した迷宮には干渉しないことを約束しよう」
余裕の表情を浮かべているゼオンだが、4本目の柱を出現させる為に多くの魔力を消耗している。
少なくとも、すぐに5本目へ手をつける余裕はないはずだ。
こっちで手を尽くしてくれるというのなら喜んで賛同してくれる。
「ただし、そっちもこちらの計画には関わらないことだ。知らずに関わっていたなら猶予も与えるが、理解した上で関わり続けたなら……」
「衝突するしかないな」
これで第44章も終わりです。
また、しばらく休みをいただいて11月には連載を再開させたいと考えています。
『妖精郷』編と『消失都市』編のどちらからやるべきか悩みながら同時進行でストックを溜めている最中なので、間に合うか不安ではあります。