第32話 【世界】の改竄-後-
「それじゃあ、次はサクッと道を作ってくれ」
「私がですか?」
「うん、そう」
翌日には騎士団がアリスターへ帰還する。
それに併せて俺たちも帰還する予定であるため、時間を掛けずに仕事を終わらせたい。
「というわけでメリッサ、練習する機会が巡って来たぞ」
メリッサが新たに手に入れた【世界記録】を使用すれば、一瞬の間に海までの道を作ることができる。
「俺が魔法を担当するから、お前はスキルに集中してくれ」
この中でメリッサを除けば街道を作れるような魔法が使えるのは俺しかいない。
だからこそ魔力回復薬を飲み続けて回復していた。
「いえ、魔法の方もせっかくですから私がやりましょう」
「大丈夫なのか?」
「一晩寝かせていただけたおかげで魔法に必要な魔力は回復しています。スキルの方は……慣れていないので大変かもしれません」
メリッサの体内で魔力が練り上げられる。
騎士であるゼラトさんと兄は魔法使いほどでないにしても魔力を探知することができる。おかげで近くにいるメリッサが魔法を使おうとしているのが分かった。
「アリスター家の人間として街道が造られるのをしっかりと見させてもらおう」
「……それは無理だと思いますよ」
「どういう意味だい?」
遠くから見ていたゼラトさんには……それほど離れていない場所で見ていたはずの兄であっても大蛇をどのようにして倒したのか理解することはできなかった。
気付いたら全ての魔石を氷柱に貫かれていた。
「いえ、造られるところを見るのは不可能だと言いたいんです」
「意味が分からないぞ」
「だって……もう完成していますよ」
下を指差す。
「なっ……!?」
直前まで草の生えた地面の上に立っていた。
ところが、気付いた時には押し固められた地面へと変わり、草など全く生えていなかった。
さらに指を横へ向ける。
左右それぞれ10メートル先まで整地された地面があり、道の外側には高い壁が聳え立っている。完全に魔力溜まりをなくしてしまうと農業などに必要な環境にまで深刻な影響を与えてしまうため、完全には消去してしない。そのため、魔物は少ないながら発生する。魔物の襲撃から身を守る為に必要な壁だ。
そんな街道が森の入口から、森の奥まで続いている。
俺たちの目には森の出口まで到達していることが見えているが、ゼラトさんと兄の二人には街道が真っ直ぐ伸びていることしか分からない。
「す、すごいな」
それでも、この状況で嘘を言わないと思われる程度には信頼されている。
二人ともどうにか納得させていた。
「これだけ強固な街道があれば開拓は進められますね」
「もちろんだ」
辺境の開拓において最大の問題となるのは、魔物の襲撃だ。
人が寄り付かない辺境ほど魔物が強くなり、作業中の人間が襲われるような事件が起これば開拓そのものが頓挫する。
せめて資材を運搬する道の安全は確保されている必要がある。
「では、これで依頼は完了ということでいいですね」
「……もちろんだ」
ゼラトさんはどこか納得していない様子だ。
なにせ『結果』だけが残され、『過程』は誰も目撃していないのだから。
「さすがに俺たちでも普通に街道を作ったら数日は必要になりますよ」
それも万全の状態での話だ。今のように消耗した状態では十数日は必要になっていたはずだ。
「チマチマ魔法を使いながら整地して壁を造って行くよりも、不思議なスキルを使ってでもパパッと終わらせた方がいいじゃないですか」
「それもそうか」
結局は納得するしかない。
こうして開拓における最大の問題だった街道の開発は無事に終わった。
「私も苦労した甲斐がありました」
収納リングから取り出した錠剤薬を飲み込む。まだスキル【世界記録】の使用に慣れておらず、使用すると頭痛に襲われていた。
薬は頭痛を抑える物で、メリッサの特製品なので効果は保障されている。
「本当に、平気か? やっぱり魔法は俺が担当した方がよかったんじゃないか?」
「いえ、どうやら魔法の影響はそれほどでもないようです」
大蛇を討伐した時に倒れてしまった大きな要因は二つ。
一つは、【世界記録】によってメリッサが受け取る情報の量が多すぎること。
それから大蛇を倒す為に必要な大威力の魔法とはいえ、イリスの切り札である蒼氷羽衣は強力過ぎた。
「私が自分で魔法を使う分にはそれほど魔力を消耗しないようです」
「無理はしていないんだな?」
「はい」
メリッサの目を見て尋ねるが、嘘を言っているようには見えない。
俺の問いにもはっきりと答える。
「なら、いい」
「どちらにしてもスキルを扱えるようになる為にも、これから何度も使用して練習するつもりでいます」
その度に気を揉んでいたのでは俺の身が持たない。
「かなり強力なスキルだ。強い力には相応の代償があるっていう覚悟をして使うんだぞ」
「もちろんです」
街道を一瞬で造れてしまえるだけでも強すぎる力が備わっていると言える。
メリッサなら無理をし過ぎることはないだろうが、誰かが近くで見ていた方がいいかもしれない。
「マルスさん、いるんですか!? この壁、なんですか!?」
壁の向こう側からエルマーの声が聞こえる。
気配を探れば4人がこちらへ走って来ていた。
「もしかして森にいたのか?」
「そうです。少しでも村の役に立てればと思い、魔物に怯えているようなので掃討を1日でできる範囲でやろうと思った次第です」
ところが、魔物の討伐を続けている途中でいきなり魔物の数が減ってしまった。
近くからいなくなっただけでなく、気配を探っても討伐していない場所で魔物の気配を感じられなくなってしまった。
俺が【世界】を使用した時の事だ。
そういう時は状況把握に努める。すぐに俺たちへ頼るのではなく、自分たちでも情報を探ろうとしていたところ、何もなかったはずの場所に壁が出来上がってしまい、壁の向こう側に俺たちの気配を捉えて事情を聞きに来た。
「それは悪いことをしたな」
エルマーたちには話をしていなかった。
てっきり大蛇に襲われた村の復興でも手伝っているのかと思っていた。いや、ある意味では魔物の掃討も手伝いではあるのだが、迷宮主が本気になると森にいる魔物を本当に殲滅してしまいかねない。
「もう、そこまで本気になって掃討する必要はない」
「そうなんですか」
エルマーの言葉には納得よりも困惑が強く込められていた。
彼らも警戒していたはずなのに気付いたら街道が出来上がる事態を前にして呆然とするしかなかった。
「事情の説明と今後の打ち合わせがある。とりあえず戻ってこい」