第30話 石化の被害
瓶に入った魔力回復薬を飲み干す。
回復薬を飲んだおかげで多少はマシになったが、今回は1日の間に魔力を消費し過ぎてしまった。
「失礼する」
俺たちの利用しているコテージにゼラトさんと兄が入って来る。
さらに兄に連れられデイトン村の村長であるリューが入って来る。
一応、コテージの外をシルビアが警戒しているが、消耗しているのは彼女も同じであるため内側で休ませ、最低限の警戒だけさせている。
休んでいるのはアイラとノエルも同じだ。
「……タイミングが悪かったかな?」
ゼラトさんの視線が寝ているメリッサとイリスに向けられる。
二人とも魔力の消耗と負荷によって眠っている。
「いいえ、起きるにはもう少し時間は必要でしょう。ですが、そろそろ被害状況の把握ができた頃ではないですか? こっちも後処理を手伝っていないので肩身が狭いんです」
「そんな事は気にする必要ない。君たちのおかげで、この場にいる者とデイトン村の人間は助かったんだ」
大蛇を倒したことで石化していた人や建物は元の姿を取り戻していた。
ただし、衰弱している者が多くおり、犠牲者が全くいないわけではない。
戦闘が始まった時には暗かった外も明るくなっており、時間が経ったことで石化して錯乱していた人たちもようやく落ち着きを取り戻していた。
「まず騎士団から報告させてもらう」
人的な被害は避難中の負傷者がいるだけで死傷者はいない。
ただし、大蛇との戦闘で物資を保管していたコテージが破壊されてしまった。幸いにも全て失ったわけではないため、早急な補給が必要なわけではないが、今いる人員を数日も養えるだけの余裕がない。
状態は酷いが、予定通りにアリスターへ帰還するつもりでいる。
「それでいいと思いますよ」
森の奥にいた魔物は大蛇によって喰われている。
過剰な戦力を田舎に留めておいても資金だけ消耗することになる。
「なっ、まさか本当に帰ってしまうのか!?」
ただし、それが当事者にまで伝わるとは限らない。
リューは駐屯地の様子を見て帰還するつもりであることは分かっていたはずだ。それでも昨夜に危機を迎えたばかりであるため、守ってくれる存在として騎士団に縋ってしまった。
「俺たちは税金だって納めている。きちんと守ってくれるのが騎士の役割なんじゃないのか!?」
ゼラトさんと兄が呆れている。
老人たちの反対があったとはいえ、村の総意として騎士団の受け入れを拒否したのはリューだ。
「そもそも今回の被害は何故起こった?」
「それは……森にあんな化け物みたいな魔物が現れたから……」
「たしかに間違いではない」
ゼラトさんの問いに対してリューが自信なさげに答える。
「だが、そんなことは世界のどこでだって起こる可能性はある」
それが世界の仕組みであり、そんな化け物みたいな力を持った相手を倒す為にSランク冒険者が存在している。
ただし、被害が大きくなった原因は別にある。
「あの大量の蛇が現れた原因なら知っている」
「ほう」
「こいつらが仕事をサボったからだ」
リューが俺たちに指を突きつける。
大蛇を倒した時に卵を遺している可能性に気付けていれば、大蛇の復活を阻むことはできた。
「無茶を言うな」
あの段階で卵の存在を想定するのは難しく、広大な森の中から見つけるのは現実的ではない。
「被害を防ぐ最も確実な方法は『警戒しておく』ことだ」
最初に大蛇が討伐された後で浮かれてしまい、多くの騎士や冒険者が宴会をしてしまった。
それでも最低限の人員は警戒に当たっていた。
兵士の実力では警戒にあたっていた人物は犠牲になってしまう。それでも灰蛇の出現を内側にいる人たちへ伝えるぐらいのことはできる。
もし、デイトン村の中で騎士団が待機していたなら。
見張りに立っていた兵士が灰蛇に気付き、中へ入れることもなく討伐していた。騎士の実力だけでは不足だったとしても、俺たちにさえ伝われば被害を出すことなく事態を収拾することができていた。
「それは……」
「君たちは自分たちの中だけで世界を完結させようとした。だから自分たちの手だけでは収拾することのできない事態が起こった時に対処することができなくなってしまったんだ」
「……っ!」
村も警備兵を警戒に立たせていた。
だが、警備兵の注意力では真っ暗な夜に灰蛇の姿に気付くことはなく、気付いた時には石化させられており、村への侵入を易々と許してしまった。
これがアリスターの騎士団なら結果は違った。
「私たちを素直に受け入れていれば、こんな事態にはなっていなかったんだ。その事を犠牲者の家族に説明しておくように。それは村長である君の仕事だ」
「やっぱり犠牲者が出たんですか?」
「ああ、そうだよ! お前たちが、あの蛇を倒すのが遅かったせいだ」
犠牲となったのは7人の老人。
かなりの高齢で、大蛇との戦闘が始まった直後には生命力の奪取に体が耐えられなくなって亡くなってしまった。
遺族の手に遺ったのは、小さな――本当に小さな宝石だけ。
「本来なら魔物が生み出した物、として魔物を討伐した者に所有権がある」
つまり大蛇を討伐した俺たちに、老人たちの生命力が凝縮された宝石の所有権がある。
「さすがに私たちも遺品を奪うのは気が引ける。だから、この件は私の方から上へそれとなく言っておく」
アリスター家が一時的に負担することとなる。
「……ありがとうございます」
不満を露わにしながら礼を言うリュー。
だが、デイトン村の負債をアリスター家が負担しているだけ。いずれは返済してもらうことになる。
しかも負債は、宝石を【魔力変換】した際の価値で決められる。
誰かにとって価値のない物でも、俺たちにとっては高価な代物になれる。
遺族にとって思い入れのある遺品だったとしても、金銭的には価値のない代物。それでも大きな魔力を秘めているため俺たちには価値がある。
「宝石を渡す、負債を背負う。どちらを選ぶかは君たちの選択次第だ。今日中に帰還準備を終え、明日にはこの地を去るつもりでいる。だから早めに選択してくれると助かる」
「し、失礼します……!」
拳を握りしめながらリューがコテージを出ていく。
遺族と話し合うため村へ戻ったのだろう。離れているが、デイトン村にも馬はいるためリューでも時間を掛けずに戻ることができる。
「なんだかゼラトさんらしくなく冷たい対応でしたね」
「……反省はしている。だが、彼にも言ったように私たちが村にいれば村人の犠牲は防ぐことができた。そして、村人から生命力を奪っていれば、卵から孵って数時間程度しか経っていない魔物があそこまでの力をつけることもなかったはずだ」
灰蛇は明らかに力をつけて進化している。
親であった大蛇から生命力を分け与えられていたが、村人を喰らって強くなったことで騎士も苦戦させられるようになったのは事実だ。
「彼らにも責任がある、ということを自覚してほしかった。今回の件で来年以降は協力的になってくれるといいんだが……」
開拓は来年以降も行われる。
やはり、既にある場所を利用させてもらう方が開拓を実行する者としては楽だ。
「その件なんですけど、アリスター家から頼まれたもう一つの方も終わらせてしまおうと思います」
「もう一つ?」
今回の依頼は二つ。
石化能力を持つ魔物の討伐。
森の中に馬車が行き交える道を作ること。
大蛇の討伐は無事に終えることができた。
「メリッサとイリスが起きてからになりますけど、森に発生する魔物の数を減らして、道も作ってしまうことにしますよ」