第28話 メリッサの世界-前-
メリッサは自分にできる最善な行動を必死に行っていた。
大蛇の攻撃を止める。
それだけでもパーティに貢献しているが、不足していると心の中に不満を燻らせていた。
理由は、今回の依頼がメリッサを発端としているためだ。
予想以上に強い魔物が現れたことで焦っていた。
シルビアの【時抜け】は回避・奇襲において有効だが、多くの敵を倒すことに向いていない。
アイラの【断絶】も戦闘向きなスキルで、大規模な攻撃はできない。
イリスの【回帰】は回復に特化したスキル。
ノエルの【神域領域】は戦闘向きではない。
4人が【世界】の影響を受けてスキルを手に入れていた。
しかし、メリッサだけは【世界】に起因する新たなスキルを手に入れることができなかった。
賢い彼女なりに原因を考えたが、行き詰ってしまった。
理由が思いつかないのではなく、賢いからこそ不足していた。
スキルを手に入れる方法は大きく分けて二つ。
習得していた技能を昇華させることで、スキルとして身に付ける。
心の底から願うことによって、願いを叶える力がスキルとして現れる。
シルビアたちに現れた特殊なスキルは後者に理由がある。
自身のスキルを向上させたい、主の役に立ちたい。
メリッサにもマルスの役に立ちたい思いはあるが、彼女たちのようにスキルを発現させることはできなかった。
賢いメリッサは効率や利便性を考慮して、役立つスキルを思い浮かべていた。しかし、そんな思いからスキルが身に付くことはない。
それでも必死に勉強したおかげで【深淵魔法】のような強力な魔法を身に付けることができた。
だが、今は……
「全てを一度に葬れるような力が欲しい!!」
魔法で大蛇の尾を串刺しにしながら叫んで求める。
「……っ!?」
しかし、空中に出現させた剣は尾に突き刺さる前に石化させられてしまった。
剣の出現する場所やタイミングは毎回変えている。串刺しにする前に石化されるのを防ぐ為の小細工だったが、何度も繰り返しているうちに魔法が発動する瞬間の予兆を読み取られてしまった。
慣れてしまった敵が相手では猶予がない。
――私にもっと力があれば……いや、違う。
願うのは、そんな曖昧な事ではない。
もっと具体的な、今の状況に適した願いを強く抱く必要がある。
――そう、全ての攻撃を防ぎ、全ての敵を同時に倒す力が必要。
大蛇の眼から石化の眼光が放たれる。
52対の眼から放たれる眼光はマルスたちの位置を正確に捉えており、様々な場所から放たれているせいで防御するには広大な壁が必要となる。ピンポイントで防御するには数が多く、魔法を処理している時間が不足している。
「それが、なんだと言うのですか!!」
魔法の処理に頭が擦り切れるかのような負担に襲われる。
だが、それでも魔法を行使した。
「え……」
目の前の光景に思わず放心してしまった。
☆ ☆ ☆
「何をやったんだ……?」
石化の眼光の一斉射撃を回避できるよう【世界】の準備をしていた。回避できる隙間がないような攻撃であったとしても時間を停止してしまえば、攻撃を捉えて回避することができる。
だが、俺が何かをしなくても石化の眼光は防がれた。
眼光が走るはずだった場所に石壁が出現し、地面へと落下する。
「メリッサ、本当に何をやったんだ?」
魔法で造られた壁。
石化させられているが、全ての眼光に対して最低限の大きさの壁を用意して防御する。
こんな真似ができるのはメリッサぐらいしかない。
『……』
だが、いつもの彼女らしくなく困惑していた。
「おい!」
『は、はい……!』
やはり普段の聡明さがない。
「とりあえずあんたが防御してくれたから助かったわ、ありがとう」
『たしかに私は防御するつもりでした。ですが、全ての攻撃を防げるとは思っていませんでした』
メリッサは賢い。
出来ない事は実行する前に出来ないと理解していて実行しない。
だから彼女が『出来ない』と理解していたなら全力を尽くしても出来なかったのだろう。
「え、でも……」
実際に壁が盾になって石化の眼光を防いでいる。
攻撃した大蛇も防がれた理由が分からずに困惑している。
「でも、石壁を出して防いでくれたんだろ……いや、違うな」
何度も石化させられる光景を見たから分かる。
盾になってくれたのは、石化の眼光を受けて石化した壁だ。石化する前が何なのか知らないが、既に石化の眼光を受けていた。
『それは……おかしいですね』
「え、何かおかしい?」
シルビアは異常に気付いたようだが、アイラは訳が分からず首を傾げている。
「全員、石化した壁は目撃しているな」
「うん」
「なら、石化していく光景を見た奴はいるか?」
『……』
誰もいなかった。
石化は、眼光を受けた場所から広がっていく。大蛇の力次第で速めることはできるものの『広がる』ことは変わらなかった。
だが、気付いた時には『石化した壁』が出現していた。
「もう一度聞く――メリッサ、お前は何をやったんだ?」
俺には一つだけ心当たりがあった。
まるで時間が停止している間に魔法の壁を造り、その間に壁が石化した。
メリッサだけは【世界】の影響を受けたスキルを手にしていなかったが、何かを手にした。
『……そういうことですか』
「どうやら自覚したみたいだな」
迷宮主の権限で、迷宮眷属のステータスを覗き見ることができる。
直前までメリッサのスキル欄には【???】とだけ表示された見覚えのない新しいスキルが表示されていた。本人も無意識の内に発動させ、自覚のないスキルだったために名前も表示されていなかった。
だが、自覚した今は名前も表示されるようになった。
『私に魔法を教えてくれた人――ルイーズさんが言っていました』
――魔法は世界に干渉し、あり得ない現象を引き起こさせる。
だから、自分が何をしようとしているのか明確に自覚する必要がある。
詠唱や魔法陣はいつの間にか世界に定着し、行使することによって魔法を世界に定着し易くさせる。魔法の扱いに熟知し、詠唱が不要になるのは無意識に定着させることができるようになるからだ。
そして、今のメリッサは自覚しないまま『世界』に干渉した。
『提案があります。私の新しいスキルに全賭けしてみますか?』
「……何を企んでいる?」
『今は同時に全ての攻撃を防御しましたが、今度は同時に全ての急所を攻撃してみせます。ただし、試したことのないスキルなので成功する保証はありません』
【世界】に必要な魔力を使い切り、【回帰】に必要な魔力も攻撃に回す。
メリッサの手にしたスキルが失敗すれば詰んでしまうが、成功すれば相手を倒すことができるかもしれない。
「いいだろう。その賭けに全力で乗らせてもらう」
『私から提案しておいてこのような事を言うのはどうかと思うのですが、本当によろしいのですか?』
「べつに手詰まりで自棄を起こしたわけでもない」
この決断は賭けであって賭けではない。
「自信を持て。そのスキルはお前が心の底から望んだから手にすることができたスキルだ。俺は、お前の心を信じることにする」