第27話 石の世界-後-
大蛇の口角が僅かに上がる。
体の後ろの方で串刺しにされた大蛇だが、今は後ろであろうとも眼を向けることができる。
「光の剣が……」
光を圧縮させて造られた剣であろうと、石化の眼光を浴びたことにより瞬く間に石と化してしまう。
石化してしまえば大蛇の力で砕くことができる。いや、それ以前に石化されると魔法の力が弱まってしまう。維持することができなくなったこともあり、簡単に抜かれてしまう。
「なら追加するまでです」
新たな剣が大蛇の尾を貫く。
『これで時間は稼げます』
「時間を稼げるだけで根本的な解決にはなっていないぞ」
新たな剣で串刺しにしても1分と経たずに抜かれてしまう。
それに剣を石化する為に向けられている眼は一部。残りは今も俺たちが物陰から出てきた時に石化できるよう向けられている。
『昼間はあまり活躍できませんでしたから私の魔力は余っています。その間に何か方法を探すべきです』
先ほど破壊されたコテージの中に石化された人はいなかった。人的な被害は出なかったが、早急に倒す方法を見つけなければならない。
「でも、どうするの? さっき吹き飛ばした尻尾だって、ちょっと目を離していた間に元通りなのよ」
保有している生命力を再生に回すことで体の一部を切断されようと元通りにすることができる。
ドサッ。
「……うん?」
降ってきた剣が突き刺す音に紛れて何かが落ちてくる音が聞こえる。
音のした方を見ると灰蛇の頭が落ちていた。
『右側の頭部を見てください』
シルビアからの念話だ。
言われるまま大蛇の右側頭部を見ると、髪になっていた2体の灰蛇が頭部から切断されていた。
いつ斬られたのか分からなかった。
『【時抜け】で接近を気付かれることなく斬りました』
シルビアの【時抜け】なら相手に気付かれることなく接近することができる。
問題は、シルビアの攻撃が大きな相手を攻撃することに向いていないことだ。
『わたしが停止させていられる間に斬り落とすことができるのは2本だけです。危険を覚悟で留まるなら、もう1本は切断することができますが……』
時間停止が終わった後でも大蛇の近くにいれば、シルビアの接近を察知した大蛇によって石化の眼光を向けられることになる。
どうにか力を込めて1本に集中することで切断することができる。
効果に期待できれば、これを続けることで倒すことができる。
『どうも意味はなかったみたいです』
地面に落ちた灰蛇の頭部に無事な灰蛇の眼から石化の眼光が当てられる。
石化され、あっという間に真っ黒な宝石へと姿を変え、切断された首から肉が盛り上がって頭部が再生されてしまう。
しかも、シルビアとノエルの両方が再生された頭部から魔石の反応を感知している。
「この方法だとダメだ」
「落ちた首を石化されるのがダメなら切断した直後に回収しちゃうのは?」
収納リングや道具箱へ回収してしまえば生命力を奪われることはない。
「その方法も意味があるとは思えないな」
大蛇が落ちた頭部を石化させたのは、生命力を少しでも回収する為だ。
消耗した生命力の供給源は他にもある。
「消耗戦は絶対にダメだ。大量にあいつの魔力を消耗させると、石化させられた人たちの生命力も一気に消耗することになる」
今もメリッサが足止めの為に魔法を使い続けているが、石化させられた人たちの事を思えば避けたい事態だ。
『じゃあ、全部の頭部を同時に落とすしかないんじゃない?』
落とされた頭部を再生したことで元に戻ってしまったが、シルビアによって落とされたことで大蛇の魔力が減衰するのをノエルは捉えていた。
魔石のある頭部が弱点であるのは間違いない。
問題は、一つの体に複数の魔石が存在していること。そして、一つでも残してしまうと再生されてしまう。
「方針は間違っていないと思う」
必要なのは全ての頭部を同時に落とす手段だ。
大蛇と融合した灰蛇は50体。6人で分担したとしても、同時に攻略するには多すぎる数だ。
「何を言っているの。あたしたちには同時攻撃するのにうってつけのスキルがあるじゃない」
「【世界】か」
時間を停止させた状態なら、攻撃を用意しておくことで同時攻撃が可能だ。
「分かっているのか? 俺が停止していられるのは1回に最大で10秒までだ。その後はどれだけ魔力を使おうと思ったところで時間は動き出す」
どうにか10秒の間に同時に切断する準備を終えなければならない。
「でも、まずは試してみればいいんじゃない?」
できるかもしれない。
そんな考えがアイラにはあるんだろう。
実際、可能性なら俺の中にもある。
「そんな試していられるほど魔力が残っていないんだよ」
残りの魔力を考えると【世界】は合計で3、40秒が限界だ。
さらに【魔導衝波】のような魔力を多く消耗する攻撃をすれば使用可能時間は減り続けることになる。
「どうして俺たちが大蛇を相手にしても無事でいられると思っているんだ。いや、この5年間は俺と一緒にいれば誰かが負傷することも少なかったはずだ」
「え、それはマルスが時間を停止させるからでしょ」
停止した時間の中ならどんな攻撃も回避することができる。
対象まで1、2秒で到達することのできる石化の眼光であろうと余裕を持って回避することができていた。
「あんな四方八方に石化攻撃ができる奴を相手にしているんだ。回避の為に魔力は残しておかないといけないんだよ」
試しているような余裕はないんだよ。
ただし、今もイリスが色々と試している。冷気を発生させて蛇の動きを抑制させようとするが、凍えることなく髪が怪しく蠢き続けている。
コテージの上に氷柱を出現させて射出させるが、大蛇へ届く前に石化させられてしまう。
「お前の【回帰】だって石化した時の生命線なんだから、あまり魔力は消耗するなよ」
『大丈夫。どうせ、あと二人分しか残っていないし、その分は残しながら魔法を使っている』
おそらくイリスなら偽りなく【回帰】に必要な分の魔力を残しているだろう。
通常の魔法と【世界】や【世界】の影響によって目覚めた眷属の固有のスキルは、消費する魔力が桁違いに違う。気を付けていれば使いすぎることもない。
『だけど、手詰まりなのは確か』
イリスの攻撃は未だに届いていない。
【世界】に必要な魔力が残っている間は負けることはないが、勝つ手段も今のところは見つかっていない。
「……ワカッタ」
大蛇の口から声が漏れる。
直後、俺たちの隠れている位置を正確に捉え、石化の眼光が全ての眼から放たれる。
石化した建物に隠れているため届かない。
だが、今回は石化の眼光が当たった建物を貫き、穴が開けられる。
「……!? 【世界】!!」
すぐさまスキルを使用する。
世界が停止したおかげで、迫っていた石化の眼光が停止する。
「……全員、無事か?」
鼻先まで迫っていた眼光から逃れながら尋ねる。
ギリギリ間に合ったようで全員から無事を知らせる連絡が届く。
「……どうする?」
もう石化した建物を盾にすることはできない。
どうやったのかは分からないが、大蛇は石化した建物を貫くことができるようになった。
石化した人々の安全も保障されない。
大蛇に猶予を与えないよう時間を停止させたまま尋ねる。だが、打開策が得られないまま停止していられる制限時間が訪れてしまう。
「ノガレタ、カ」
時間停止中に移動しても大蛇には移動先が知られてしまう。
「強くなった。それでも障害物が有効なことには変わりない」
魔法であちこちに土壁を生み出す。
土壁も最初の眼光を防ぐことはできる。しかし、二回目の眼光は貫かれてしまうため、防ぐことはできない。だが、土壁を破壊した時の衝撃や音で眼光のタイミングを知ることができる。
タイミングを合わせることでギリギリのところで回避することはできる。
「問題は、それも数回が限界っていったところだ……」
打開策を必死に考える。
だが、俺以上に頭を回転させていたのは、普段以上に志向していたメリッサだ。