第25話 大蛇の新生
「状況は!?」
ゼラトさんを始めとした生存者を外まで避難させ、メリッサと合流する。
その頃にはエルマーたちも戻って来ており、避難させた人たちの護衛を任せている。これから何が起こるのか予想することもできない。
「こちらの様子は見ていたのでは?」
「把握はしている。けど、お前の視界を通してだから実際に近くで見ていたお前の意見を聞きたいんだ」
情報は視覚から得られるわけではない。
その場に居ることで得られる様々な情報もある。
「では、状況の説明をさせていただきます」
メリッサの説明によれば50体の灰蛇が燃え上がる大蛇へと突撃し、炎の中から出てきた灰蛇は1体もいない。
全て燃えてしまったのかも分からない。
「あんな状態でも生きているんだよな」
「それは間違いない」
メリッサに代わってノエルが肯定する。
彼女によれば炎の中から生命力を感じるとのこと。その反応は、灰蛇のものと似ているが、灰蛇とも微妙に異なるとのこと。
感覚に敏感なノエルが炎の中から敵意を捉えていた。
「それで、どうするべきだと思う?」
「不用意に手を出すべきではないでしょう」
生物なら間違いなく死んでいるはずの炎。
そんな中に飛び込んでも生きているのだとしたら、圧倒的な力によって消滅させる必要がある。
問題は、想定外の事態が起きた場合だ。
「今は非常に不自然な状態です。こんな状態で倒し、石化している人々が元に戻らなかった場合を考えると困ります」
「……俺たちを気遣っているのか?」
近くにいた兄が愕然とする。
消滅させるだけなら複数の方法が考えられる。だが、今の状態で行った場合に不利益が発生するのか予想することすらできない。
「イリスのスキルでどうにかすることはできないのか?」
「あのスキル――【回帰】は多くの魔力を消耗します。1日に何人も元に戻せるわけではないですので、この場にいた人たちとデイトン村の人間を合わせて数百人が石化しています」
全員を【回帰】で元に戻していたら何か月も掛かってしまう。
どれだけ報酬を積まれたところで引き受ける気になれないし、そもそも石化した人たちの精神が耐えられるとも思えない。
「数日程度ならともかく数か月もの間、体を動かすことはできないのに目の前の情報だけは知ることができる。そんな状態が続けば心の方が擦り潰されてしまうことになります」
全員を助ける確実な手段は、森で大蛇を討伐した時のように石化させた相手が死亡することによって石化が解除されること。
村や駐屯地にいた灰蛇を全滅させても元には戻らなかった。
「おそらく率先して石化させたのは炎の中に飛び込んで行った奴らです。そいつらは確実に仕留める必要があります。ですが、生きているのか死んでいるのか判断できない状況では、強硬策に出るのも安心できません」
「申し訳ない。俺が安易に炎を出してしまったばかりにこんな事態になってしまって……」
「兄さんのせいではないですよ」
大蛇まで燃えてしまったのは想定外の事態だ。
「まあ、何か状況に変化が起こるのを今は待ちましょ……」
「あ、見て!」
真っ先に気付いたアイラが指差しながら叫ぶ。
指し示す方を見れば、燃える大蛇の頂点を含む上部の至る所から石化が始まり、徐々に広がって行き、しばらくすると全身を覆い尽くしてしまう。
炎ではなく、石に覆われた大蛇。
「兄さんは離れていてください」
「いや、俺は騎士として何が起こるのか把握しておく必要がある。どうしても邪魔だって言うなら離れる。けど、自分の身は自分で守るつもりでいるから、俺のことは気にするな」
「……分かりました」
本当なら離れた場所にいてほしい。
ゼラトさんだって生存者の安全を確保する名目で駐屯地の外にいる。離れた場所にいる程度では安全を保証することはできない。
「ただし、邪魔になるようなら外まで問答無用で投げ飛ばします」
「それで構わない」
冗談だと思っているようだが、この場に留まられるよりは安全だと判断すれば本気で投げ飛ばすつもりでいる。
「お喋りはそこまでにして」
石にヒビが入り、内側からの力によって粉々になると大蛇が姿を現す。
俺たちに倒されてしまったことなどなかったかのように串刺しにしていた杭は燃え尽きて消えており、胴体の上半分を持ち上げて地面にいる俺たちを見下ろしている。
詳しい理屈は分かっていないが、生き返っているのは間違いない。
そして、新たな変化が生まれている。
以前は蛇の丸まった頭部で、毛など生えていなかったのに太い髪の毛が伸び、蠢いている。
「あれは髪や毛ではありません」
「違うのか」
「よく見てください」
シルビアに言われるまま目を凝らす。
「げっ……」
髪のように見えたのは頭部から飛び出た灰蛇。
何十匹という蛇が絡まりながら蠢いているせいで髪のように見えてしまった。
「気を付けてください」
「気を付ける?」
「森で戦闘した時は、あれだけ離れた位置からでも大蛇は私たちの正確な位置を捉えていた。木っていう障害物があっても見つけられたんだから、コテージがあっても障害物にはならない」
大蛇の目が俺たちに向けられる。
頭部ある眼、頭部下にある眼の紋様。さらに髪のように蠢いていた灰蛇。
100を超える眼が俺たちへ向けられている。
「ミツケタ」
大蛇の口から片言の言葉が紡がれる。
低い女性のように思える声。そこには怨嗟が込められている。
「ワタシ、それにコドモタチ、を殺シタ、ヤツらダ」
「え……」
隣にいた兄の体を抱える。
「全員、散れ」
指示を出すと5人の眷属が四方へと散る。
突然の動きに戸惑う大蛇だったが、灰蛇を一方向ではなく周囲へと向ける。
直後、石化の眼光が放たれる。
「――【世界】」
時間が停止し、100を超える全ての眼光が停止する。
「ちょっと急いで離れます……って、聞こえていないか」
【世界】を使用したせいで抱えられている兄も停止し、言葉を投げかけても反応がない。
石化の眼光から逃れたところで【世界】を解除する。
「いったい、何があったんだ?」
「それは俺も今から確認します」
石化したコテージの陰に隠れながら念話を送る。
「さて、方針の確認だ。あの大蛇の頭部から生えた灰蛇が村人や騎士、冒険者たちを石化したっていうことでいいんだよな」
『はい。魔石の反応もあります』
『わたしも合っていると思う』
シルビアとノエルが肯定した。
石化能力を持った魔物を討伐すれば全員を元に戻せる可能性は高い。
「よし、森でやったように魔石を破壊することにしよう」
今は全員を元に戻す事を優先させた方がいい。
『それは難しいかもしれません』
「どうしてだ? お前が捉えた魔石の位置に【魔導衝波】を叩き込めば倒せると思うけど」
『結論から言います。以前と同じ大蛇の紋様の中心に魔石の反応はありません』
「はあ!?」
『髪のようになっている灰蛇から魔石の反応を感じ取ることができます』
しかも『どれか』ではない。
全ての髪から、それぞれ感じ取ることができた。