第24話 火中へ飛び込む蛇
騎士団の保管庫で起きた爆発。
魔法道具の鍵により施錠されており、事前に登録された騎士でなければ開けることができない。
保管庫の中には物資や貴重な道具が収められていた。
その中でもカラリスの目的は、火属性の魔物から得られた魔石。内包されている魔力を暴走させることで巨大な爆発を起こせるよう調整された代物だ。相手が森の中にいる、ということで万が一の場合の切り札として用意していた。
マルスたちが大蛇を倒してしまったため使わなくて済んだ、と安堵していたが結局は使うことになってしまった。
「……気付いてくれよ!!」
魔石が暴発し、保管庫だけでなく周囲の建物をも巻き込む爆発が起こる。
☆ ☆ ☆
「どうやら上手くいったみたいだな」
爆発は規模が大きい。
いくら爆発をも石化させる能力を持った灰蛇でも鎮火するには時間を要する。
「あとは彼らが戻ってくるまで耐えればいいだけなんだが……」
爆発が起こって安堵したのがいけなかった。
ゼラトは10体の灰蛇に囲まれていた。危機的な状況に陥ってしまったこともそうだが、自分を包囲できるだけの余裕があることに歯を噛み締める。
共にいた兵士は全員が石化させられている。
中心地では唯一に等しい生き残りとなってしまったが、駐留地全体で何人の人間が石化させられずにいるのか分からない。
石化の眼光の射程圏内にいる。
眼光を放たれるだけでゼラトも動くことのできない石像となってしまう。
「せめて、少しでも多くを道連れにすることにしよう」
「その必要はありませんよ」
「……!?」
上から聞こえた声にゼラトが頭を上げる。
直後、入れ違いに落ちてきたマルスがゼラトの最も近くにいた灰蛇を潰す。
☆ ☆ ☆
デイトン村から騎士たちの駐留している場所で火が上がっているのを知り、空を飛んで俺だけ移動した。
火を確認してから20秒ほどの出来事。
「随分と無茶をしますね」
複数の灰蛇に囲まれた状態。
眼光を浴びただけで何もできない石像となってしまうことが分かっていながら、敵に恐怖することなく諦めず戦い続けようとしていた。
普通なら諦めてしまっても仕方ない。
「それは、君の兄だよ」
「兄さん?」
「魔石を爆弾として利用するには色々と準備が必要だ。だが、そんな猶予を敵は与えてくれなかった」
「まさか……」
「だから、暴発させるなんて手段を採ったんだ」
爆発を直近で受けてしまった兄。
石化している人はすぐさま死に至るような状態ではないが、兄はすぐに治療しなければ死に直結するような怪我を負っている可能性が高い。
「――全員集合」
すぐさま【召喚】を使用し、眷属の全員を集める。
残念ながらエルマーたちは眷属でないため喚び出すことができない。
「……おい!」
同時に石化の眼光が飛んでくる。急な俺たちの登場に戸惑ったのか狙いなんて定められていないが、7人が近くにいるため適当に撃っても誰かには当たる。
「【世界】」
眼光が止まり、ゼラトさんも動けなくなる。
「イリスとメリッサは消火に向かえ。ただし、兄さんが負傷しているみたいだから治療を最優先にしてくれ」
「了解」
「かしこまりました」
「残りで潜り込んだ灰蛇を片付けるぞ」
動けないゼラトさんを抱えて、石化の眼光の集中砲火の先から逃れる。
☆ ☆ ☆
騎士団の駐留地の中心で炎を上げている保管庫。
まずメリッサが【水魔法】で周囲に大量の水を生み出して火を消す。
「これは随分と酷い状態」
この場にいるであろうカラリスを探し出すのは難しくなかった。
建物の内側で発生した爆発に巻き込まれたカラリスだったが、最低限の意識だけの状態で火から逃れようと這って離れていた。
安全な場所で物資を詰め込んだ大きな木箱を背にして座り込んでいた。
「……よう。来てくれたのか」
「それ以上は喋らないでください」
カラリスは利き手である右腕が肩から吹き飛んでおり、足に酷い火傷を負っていた。
たとえ今を生き残ることができたとしても、後遺症が残って真面に体を動かすことなどできなくない。騎士としては死んだようなものだ。それは、カラリス自身も理解しているため諦めていた。
しかし、この場にはイリスがいる。
「失礼」
イリスが重傷を負ったカラリスの右肩に手を置く。
すると【回帰】の影響を受けて吹き飛んだ右腕が生え、足の火傷も綺麗に消えて元の姿を取り戻す。
「これは……!?」
「私のスキルです。死んでいないのなら、どんな状態からでも復元させることができます」
「迷惑を掛けたみたいだな」
「私たちを早く呼ぶ為だったのだから仕方ありません。それに『家族』として助けるのは自然です」
同じ屋敷で生活している身。
マルスの兄ということもあってカラリスに敬意を以て接していた。
「マルスたちが来てくれたなら、もう安心だな」
「それはどうでしょうか?」
メリッサの表情は優れない。
「あれを見てください」
爆発は中心地――宴会の会場近くで発生した。
灰蛇の襲撃があった時点で宴会は中止され、近くには酔い潰れた者しかいなかった。彼らも距離を考えれば爆発に巻き込まれるはずだったが、敵の攻撃によって石化していたおかげで爆発の影響を受けずに済んだ。
もっとも、爆発に包まれる瞬間は認識していたため凄まじい恐怖には襲われている。
灰蛇は手当たり次第に石化させた。
しかし、石化されていない物が一つだけあった。
「大蛇の死骸が燃えている……!?」
爆発によって発生した熱を受けて大蛇の死骸が燃え上がっていた。
火に包まれてから数分が経過しており、普通なら急いで消火したところで原型は留めていない。
ところが……
「まるで生きているみたいだ」
火の中にあっても原型を留めている大蛇。
正面から見ているせいもあって目と目が合い、生きているかのように錯覚してしまう。
「……ところが生きているのです」
「そんな……! 死んでいることは、ほとんどの者が確認している!」
「原因はあれです」
メリッサの指差した方向から灰蛇が姿を現す。
石化の眼光の射程圏内にいる。咄嗟に身構えるカラリスだったが、灰蛇の方は彼を気にすることなく燃え上がっている大蛇へと飛び込んでいく。
「何をしているんだ?」
「私にも分かりません。最初は燃えている大蛇を助けようとしているのかと思いました。なので自殺行為を止めずにいたのです」
自分から火に飛び込んでいく灰蛇。
メリッサが何かをすることもなく自滅するため消火することもしなかった。
そうして放置し、カラリスの治療に専念している間にも何十体という大量の灰蛇が炎に飛び込んで行った。
「どうにかしなくていいのか?」
「敵が何をしているのか判明するまで手を出すのは待った方がいいです」
何かをしようとしている。
止めようと行動を起こし、それが暴発を起こしてしまう可能性も考えられる。
近くには石化した人々もいる。多少のダメージは問題なかったとしても、慎重に事を進める必要があった。
「今、主から連絡がきました。どうにか無事だった生存者を外へ避難させ、終わり次第こちらへ合流するとのことです」
その間にも次々と灰蛇が燃え上がる大蛇へと飛び込んで行く。
危険を考慮してメリッサとイリスは手を出せずにいた。