第21話 灰蛇の潜む村
――ちょっと手伝ってほしい。
その言葉は対等な立場の相手にしか使われない。
「頑張ります!」
エルマーが俺の言葉に目を輝かせる。
「みんなもいいよね?」
「ま、断る理由なんてないしな」
「そもそも手伝う為にここまで来たんだから協力するべきでしょ」
「虫退治ならどっちかって言うと私の方が得意かな」
どうやらエルマー以外もやる気があるようだ。
「ただし、アイラに言ったように生還を最優先に動け。あいつらの注意を惹いてくれるだけでも助かるんだから」
屋上から顔を出す。
大きな蛇が壁を這って登ってこようとしており、俺が顔を出したことに気付いた直後に石化の眼光を放ってくる。
「【世界】」
時間が停止する。
屋上から飛び降りる。目視することができるようになった眼光を回避しながら灰蛇の隣に風の刃を置いていく。時間が動き出すようになると同時に灰蛇を切り裂く仕組みだ。
時間が動き出す。
後ろの方で虫の叫び声が聞こえるが気にしない。
「灰蛇の討伐は他の奴らに任せても問題ないだろ」
時間を停止している間に置いてきた斬撃。
エルマーたちによる襲撃。
村の至る所で戦闘音が聞こえてくる。シルビアたちが順調に灰蛇を討伐していっている証拠だ。
「無事な人がいればいいんだけど……」
石化されていない人がいることを望むが、そんな願いが絶望的である光景を見させられる。
少し先で、子供の手を引いた母親がいた。
どちらも石化させられている。
その程度の光景なら問題にしなかったが、灰蛇の1体が子供を喰うかのように頭からかぶりついていた。石化しているため食べられることはないが、大蛇の石化と同じなら石化している間も意識はある。
今、子供は死ぬこともできず大きな蛇に食べられる光景を見させられている。
そして、逃げようとした母親は、何もすることができず見ていることしかできない。
手にしたナイフを投げる。
真っ直ぐ飛ぶナイフは、そのまま子供の頭にかじりついていた灰蛇を貫き、後ろにあった家の壁に当たる。石化した家だったため、壁に当たったと同時に弾かれ、灰蛇が貫かれた穴から血を流してのたうち回る。
「まったく酷いことをする」
悶える灰蛇を足で踏み潰す。
すると、周囲に隠れ潜んでいた十数体の灰蛇が姿を現し、一斉に石化の眼光を解き放つ。
「【世界】」
時の停止した世界では一瞬で相手に到達することができるほど速い攻撃も意味を成さない。
神剣を抜き、斬撃を放つ。
石化の眼光を切り裂き、眼光を放った灰蛇の眼前まで迫る。
「目の前に自分を殺す存在が迫る恐怖を味わえ。ま、お前らと違って俺が体験させられるのは一瞬だけどな――解除」
時が動き出すようになり、灰蛇が肉片と化す。
「……チッ」
周囲を確認し、思わず舌打ちしてしまう。
「使えるのは残りの魔力量から考えて5分あればいい方か」
迷宮主に与えられたスキルである【世界】は魔力の消費量が多い。
迷宮主の魔力量でも迷宮の外で使用する場合には時間を節約しなければならない。だが、敵の攻撃を回避する手段として【世界】ほど効率なスキルはない。
ただ、制限時間よりも重要な問題があった。
周囲を見れば這い寄って来る灰蛇の姿が見える。
「【世界】」
まだ射程外の内にスキルを使用して移動する。
時間が動き出すようになった世界で灰蛇には俺がいきなり姿を消したように見えたはずだ。
「全員、どれだけ討伐したか報告しろ」
『わたしは50体です』
『え、もうそんなに倒しているの!?』
『わたしとアイラは同じくらいで20体ほど』
『私は30体ちょっと』
『ということは私が一番少ないですね。まだ10体しか倒せていません』
メリッサの魔法は大規模な破壊に向いている。もし、村ごと討滅していいのなら一撃で全滅さえることができるが、それでは村の住民も巻き込んでしまう。
今は石化しているだけで、通常よりも防御力が高くなっているだけ。俺が持つ神剣で斬れば両断されるし、村を消し飛ばすような魔法を使えば無事では済まない可能性の方が高い。
対して、シルビアは障害物のある村を縦横無尽に動き回り、効率よく敵の数を減らしていっている。
「……ということは全員で150体は倒しているのか」
『で、いつまで倒し続ければいいの!?』
アイラがぼやく。確実に数は減っているはずだが、戦っている身としては減っているような気がしない。
窓から動き回る灰蛇が見える。こっそり石弾を放ち、灰蛇の頭を潰す。
すぐさま移動する。脅威ではないが、効率を考えて行動しなければ消耗するばかりだ。
「敵の総数は気にするな。エルマーたちも手伝ってくれているんだから、そのうち全滅させることができるはずだ」
『じゃあ、何が問題なの?』
「誰か石化から元に戻った村を見たか?」
『『『『『……!?』』』』』
答えは否だ。
大蛇や最初に倒した灰蛇は、討伐されると石化させた物も元に戻っていた。
「見た目は向こうで遭遇した灰蛇と同じだ」
路地に差し掛かったところで建物の陰に置かれた木箱に向かって神剣を投げる。
石化された木箱は、本来なら投げられた剣程度なら弾くことができる。だが、神剣は石化など気にすることなく木箱を斬り、奥に隠れていた灰蛇を貫く。
「……いや、全部が異常なわけじゃないみたいだ」
斬られて散乱した木箱が元に戻っていた。
神剣で斬ったから、というよりもタイミング的に灰蛇が倒された後で元に戻っているように見える。
ただし、石化から元に戻ったのは木箱だけ。
『つまり、主は私たちが討伐した灰蛇の中に村を石化させた魔物はいない、と言いたいのですね』
「そういうことになるだろうな」
大量の灰蛇が村に集まっている。
そんな状況を見させられれば、大量の灰蛇が石化させたと勘違いしても仕方ないはずだ。
「まずは状況を把握する必要があるな」
『でも誰から?』
村にいた人間は全て石化させられている。もしかしたら隠れて無事な者がいるかもしれないが、探している余裕はない。
「まず全員が石化させられている前提で考える。なら、誰かを元に戻して事情を聞くべきだ。こういう非常事態なんだから責任者には働いてもらうことにしよう」
村の責任者――長となれば一人しかいない。
「確保は俺がやっておく。村の制圧はお前らに任せた」
村の中心にある屋敷へと向かう。
村長の家。長らしく村の中では最大であるものの俺たちが住んでいる屋敷に比べれば非常に小さい。
それでも緊急時には避難所として使えるようになっている。
石化した扉を神剣で切り裂く。
「……村長としての役割は果たしたんだ。弁償はこっちでやるよ」
入口に対して背を向けた男性が石化した状態でいる。
その奥には避難してきた子供たちが石化した状態でおり、位置関係から子供たちを守ろうとしたことが予想できる。
「屋敷にある物の全てを石化させやがって。これじゃあ、屋敷の中に自分たちが潜んでいるって教えているようなものだぞ」
屋敷のあちこちに隠れた灰蛇を捉え、短剣をシルビアのように両手に持つ。