第20話 石化した村
向こう。
ディアの視線はデイトン村がある方へ向けられていた。
「とくにおかしなところなんてないように思えるけどな」
田舎の夜は静かだ。明かりを灯す燃料も限られているため、特別な用事でもなければ日が落ちると共に眠る。
逆に宴会をしているここがおかしい。
「たしかにおかしいですね」
「うわっ!?」
気付いたらシルビアが隣に立っていた。
「ですよね。人の気配をまるで感じません」
ディアはシルビアから気配の探知方法など冒険に必要な技能を教わっている。シルビアほどでないにしても高レベルの技能を身に付けていた。
「そうなのか?」
俺には普段との違いが分からない。
もっとも俺が覚えているのは村にいた十年近く前の状態だし、ここからだとかなりの距離がある。認識できなくても仕方ない。
「全員が眠っているのとは違います。様子を見に行った方がいいでしょう」
シルビアの提案に反対する者はいない。
ディアは元から気になっていたし、到着したばかりのジリーは現在の状況を把握しきれていなかった。まだ彼女は俺たちほどスキルを使いこなせていなかった。
「あの、行かれるのですか?」
慌てて駆け付けた兵士が尋ねてくる。
遠くから見ていただけだったが、彼にもここで大きな蛇との戦闘があったのは見えていた。
「ええ、ちょっと気になるので見てきます」
「ですが……」
また灰蛇の襲撃があった時の事を思って不安になっている。
デイトン村との衝突を避ける為、離れた場所で駐留していた。灰蛇は兵士たちの手に負える敵ではない。もし、俺たちが不在の間に再び同じ魔物が同じ魔物が現れた時にはどうしようもない。
「ま、ちょっと行って様子を見てきますよ」
俺たちなら1分と掛からずに到着することができる。
☆ ☆ ☆
「これは……やられたな」
デイトン村が目の前に見える距離まで近付いたところで足を止める。
村の中に明かりはなく、空から降り注ぐ月明かりだけを頼りにする。それでも、村の至る所が……いや、おそらく全てが石化させられているのが分かる。ここから見える範囲だけでも全てが石になっている。
状況を考えれば灰蛇の仕業だ。
「どう思う?」
偵察なんて生温い事を言っていられない。全員を【召喚】して警戒させる。
「まず、先ほどの襲撃は陽動でしょう」
メリッサが言うように俺たちを足止めする為の陽動。俺があの場にいたのは偶然だったが、村の方を向いたのは間違いない。何かしらの騒ぎがあれば気付いていた可能性が高い。
「敵の目的は村を完全に掌握することだったようです」
それも離れた場所にいる俺たちに気付かれることなく支配するつもりだった。
あの時、村の事など眼中になかった。それよりも大蛇を飾っている場所へ襲撃してきたことから防備を固める必要性を感じていたぐらいだ。
「他にも細々とした問題はあります。ですが、最大の問題は数でしょう」
「数?」
「敵の石化能力を見たのはエルマーだけか」
村に到着するまでにジリーには説明を終えている。
だが、説明を受けただけで実際に石化する瞬間を見たわけではないためジリーには灰蛇の石化能力を正確にイメージすることができていない。
ジェムも近くにはいたが、酔っていたせいでしっかり見ることができておらず、灰蛇を倒した直後に石化していた地面や盾も元に戻っている。【回復魔法】で今は普段通りに過ごすことができているが、体調が悪かったせいで見られていないのと変わらない。
「眼光が当たった場所を中心に石化が広がっていく。その効果範囲は最大で半径5メートルといったところだろう」
範囲の調整は灰蛇自身に可能だ。エルマーを転ばせる為に石化させた地面の範囲は1メートルほどで、ジェムに向かって放たれて地面に当たった眼光は最大範囲を石化させていた。
村の全てを石化するには何千回と眼光を放つ必要がある。
陽動で注意を惹くことができていたのは数分間のみ。いくらなんでも一匹だけで終わらせたとは考えられない。
「複数の灰蛇がいるのは間違いない」
問題は、それが何匹なのか考えるのに情報が少なすぎることだ。
これだけの事を向こうで戦っている間だけで終わらせたのか、それとも戦う前から行動を起こしていて誰も気づかなかったのか。距離があったし、宴会をしていたこともあって気付かなくても不思議ではない。
「さて、どれだけの数が潜んでいるのか」
村に向けて敵意を放つ。
とはいえ、距離は村へ入ってすぐの辺りまで。
「出てきたな」
一匹の灰蛇が挑発に耐え切れず、家の窓から顔だけを出して石化の眼光を放つ。
狙いは敵意をむき出しにしていた俺だ。だが、たった1体で俺に攻撃を当てるのは至難だ。何故なら……
「もう読めている」
タイミングを合わせたアイラが眼光を側面から斬る。
強烈な力によって斬られた眼光は、斬った剣を石化させられることなく消滅させられてしまう。
「これが最も確実な対処方法かもしれないな」
相手の防御力に関係なく石化させるとなると、防御は的確な判断とは言えない。
「何度も見ていればタイミングだって分かるわよ」
「いや、そうかもしれないんだけどな」
やる気のあるアイラには悪いが、今回は彼女に活躍の場は与えられそうにない。
「相手が1体だけならいいんだけどな」
最初の攻撃が失敗に終わったことが合図になったのか、村にある家の中や木箱の陰から灰色の蛇が姿を現す。
その数――約30体。
「げっ……!」
「まずは当たらないことを最優先に行動しろ」
「じゃ、そっちは任せたわね」
アイラがサッと姿を消す。他の眷属も同様に近くからいなくなっていた。
この場に取り残されたのは、俺とエルマーたち4人だけだ。
「こう数が多いと人手はあった方がいいからな。お前たちが来てくれたのは助かったよ」
「え……」
突然の事態に呆けているエルマーたち。
そうしている間に村の中に潜伏していた灰蛇たちが村の外周に整列し、石化の眼光を一斉に放つ。
一直線に放たれた眼光を回避するだけなら簡単だが、整列した状態では完全に当たらない場所まで移動するのは間に合わない可能性がある。
「ダメだな」
放たれた瞬間までに行動を起こすことができたならエルマーたちでも回避することはできたが、動き出すことができたのはディアだけだ。それも動けていない仲間を見て足を止めようとしている。
「――【世界】」
全ての動きが停止する。
眷属の皆は自由に動けているだろうが、エルマーたちは【世界】の影響を受けてしまうため石化したように動きを停止させてしまう。
「さて……」
軽々と4人の体を持ち上げ、村の中へと移動する。
「……ハッ!!」
「気付いたか」
エルマーだけでなく他の3人も驚愕する。
それまで村の外にいたはずなのに、一瞬で別の場所へ移動していれば驚かずにはいられない。
移動させられた場所は2階建ての建物の上。
村を一望することができ、今の様子が手に取るように分かる。
「いったい、何体いるんですか……」
「さあ、な。少なくとも数十体で済ませられるような数じゃないのは間違いない。どういうわけか、あいつらの気配は察知しにくいんだよな」
地上にいた灰蛇が一斉に俺たちのいる方へ頭を向ける。
しかし、石化した建物で死角になっていて眼光を飛ばすことができない。
「報酬はちゃんと出す。ちょっと手伝ってくれないか?」