第9話 牛肉と豚肉
シルビアとメリッサが前を走り、その後ろをアイラが走っていた。
俺はアイラに背負われている。
なぜなら……
「で、できればもう少しゆっくり走ってくれないかな?」
頭がガンガンする。
100体以上の魔物との感覚共有は相当な負担を掛けており、酒を飲んだ翌日のように絶不調だった。
「文句を言わない!」
しかも女――アイラに背負われているという状況。
他の冒険者に見られていたら恥ずかしくて死にそうだった。
「この先にスノウミノタウロスがいるのよね」
「ああ」
体の色が白くなったミノタウロス。
どうしてスノウシリーズになると体が真っ白になってしまうのかは分かっていないとのことだ。これも辺境の謎。
「ちょっと急ごう」
今までの体調を慮ってほしいが故の台詞とは反対。
先行していたシルビアとメリッサが速度を落として近付いてくれる。
「何があったんですか?」
「スノウミノタウロスだけど、今は他の冒険者が戦っているんだ」
「では、一声掛けてから戦うのですか?」
冒険者のルールとして他の冒険者が戦っている場合にその魔物を攻撃してはいけないというものがある。
これは、人助けのつもりで助けても「自分たちだけで倒すことができた」と言われて倒した獲物の奪い合いに発展するのを防ぐために自然と作られたルールだ。そのため一声掛けてから戦闘に介入するのが普通だ。
「いや、今回はその必要はない」
「え?」
ルールに反する俺の言葉。
しかし、その意味もスノウミノタウロスの姿が見える場所まで近付くと彼女たちにも理解できたみたいだ。
「ぎゃあぁぁぁ」
小高い丘の上でスノウミノタウロスの体当たりを受けて一人の冒険者がボールのように地面の上を跳ね飛んでいた。
「このように壊滅寸前だったわけだ」
最初に見た時は、戦い始めたばかりで善戦していたのだが、次に見た時には全滅しかかっていたため救援に駆け付けたのだが、若干間に合わなかった。
「ま、怪我はしているけど全員生きているみたいだな」
こんな状況まで追い込まれていれば彼らに残された選択肢は『死』か『救助』の2つしかない。
助けても自分たちだけで倒せたとは言われないだろう。
「メリッサ、指輪を外せ」
「はい」
メリッサが制約の指輪を外す。
ついでに魔人の加護も解放し、5万を超える魔力が解放される。
吹き飛ばした冒険者に止めを刺す為に近付いていたスノウミノタウロスが圧倒的な魔力を持つメリッサの存在に気付足を止める。
さすがに倒された冒険者を無視してスノウミノタウロスと戦うわけにはいかないため俺たちへと注意を惹き付けた。結果は、成功しスノウミノタウロスが俺たちへと敵意を向けている。
「スノウラビットみたいに逃げてくれると簡単だったんだけどな」
スノウミノタウロスは逃げ出すことなく俺たちの方へと体を向けて構えている。
「遅い」
「隙だらけです」
魔法によって加速状態に入ったメリッサと全力で駆けたシルビアが既にスノウミノタウロスの両脇へと近付いており、それぞれ杖と短剣を肩へと向けている。
スノウミノタウロスが遠吠えを上げている。
――ドサッ。
切断された両腕が宙を舞ってから地面に落ちる。
「……斬る」
背負っていた俺を落とすと離れた場所からスノウミノタウロスに向かって剣を振るう。
剣から放たれた斬撃がスノウミノタウロスの首を切断する。
「また、偵察しかできなかった……」
頭部を失ったスノウミノタウロスが地面に倒れる。
「いえ、きちんとできることがありますから」
「でも後片付けだぞ」
スノウミノタウロスの肉体は収納リングの中にも入らないほど大きいため収納リングに入れるには解体する必要がある。しかし、道具箱を使用すれば大きさの問題も解決される。
道具箱にスノウミノタウロスを収納する。
「お、おまえたちか……」
スノウミノタウロスに吹き飛ばされた冒険者が意識を取り戻していた。
見覚えのある冒険者。
たしか俺よりも3年早く冒険者になった男で、今年は遺跡の依頼も斡旋されていた冒険者だ。
「スノウミノタウロスは俺たちの方で倒したので貰っても構いませんよね」
「この状況で横取りされたとか恥知らずなことを言うつもりはないから安心しろ」
男は疲れているのか上半身だけを起こして頭を抱えていた。
「俺もそれなりに強くなったつもりだったんだが、まだまだだったっていうことか……」
「大丈夫ですか?」
「ああ、スノウミノタウロスを倒すだけなら問題なかったんだろうが売却のことを考えながら戦っていたのが不味かった。俺たちを脅威と見做したスノウミノタウロスが火力を持つ仲間の魔法使いを真っ先に狙って来やがった」
「ミノタウロスがそこまでの知識を?」
ミノタウロスの知性はそれほど高くない。
しかも、自分が筋力重視の魔物であるため目の前に前衛の冒険者がいればそちらから狙う。後ろに自分に大ダメージを与えられる魔法使いがいる場合でも。
『それは、ちょっとした勘違いだね。スノウシリーズの魔物は、魔力が急激に膨れ上がったことで魔力に対する危機意識の方が強くなっているのさ。だから、普段は狙われない魔法使いの方が先に狙われたんだよ』
スノウシリーズにはスノウシリーズの注意をしていなければならなかったということだ。
魔法使いが倒された動揺から一人、また一人と倒されていった。
後には目の前の男だけが残された。
「悪いが、ポーションを飲ませるのを手伝ってくれないか?」
「いいですよ」
離れた場所には男たちが持ってきたリュックが放り出されていた。
中からポーションの入った瓶を取り出すとあちこちに倒れていた4人の仲間に飲ませる。
これで回復してくれればいいんだが、目を醒まさなければ俺たちの手で彼らをアリスターまで連れて行かなければならなくなる。さすがに助けた手前、魔物が出現する場所に放置するわけにもいかない。
「面倒な……」
感覚を外へと飛ばすと俺たちを囲もうとしている魔物の気配がある。
「おいおい……」
男も気付いたのか表情が青くなっていた。
彼の仲間は全員が気絶している。しかも彼自身が戦えるような状態ではない。
「全員、1箇所に固まれ」
シルビアたちがポーションを飲ませていた冒険者を抱えて俺の傍に寄って来る。
「そいつらは重いはずなんだがな……」
装備の鎧もあって重いはずの冒険者が華奢な女性冒険者に運ばれて来た。
これまで何年も鍛えてきたと自信のあった男は、一目で魔法使いと分かるメリッサもいる彼女たちの筋力が信じられなかった。
「で、どうするつもりだよ?」
「どうするつもり、ですか?」
俺たちがここへ何をしに来ているのか?
それを考えれば敵を相手に何をするのかは一目瞭然なのに。
「これから行われるのは狩りですよ」
丘を取り囲むようにオークが近付いてくる。
その数――8体。
「これだから馬鹿な魔物は困る」
スノウラビットのような臆病な魔物なら俺たちに向かってくることはなかったはずだ。
しかし、魔力を蓄えて俺たちの持つ魔力も敏感に感じ取れるようになっているはずなのに真っ白なオークは俺たちを倒そうと近付いて来ていた。
「きっと俺たちの流した血の匂いを嗅ぎ取ったんだ」
男がフラフラする体をどうにか起こして立ち上がっていた。
しかし、そんなことをされては困る。
「いえ、戦いは俺たちだけに任せて下さい」
「いや……さすがに2倍もの数がいるのに任せるのは……」
「獲物は8体。1人2体でちょうどいいじゃないか」
「なっ……!」
俺の言葉にシルビアたちが自分の武器を構えてくれる。
シルビアは投擲用に渡した短剣。アイラは隠者の聖弓。メリッサは杖。
俺も剣を持って前に出る。
「ちょっと豚肉が多くなるのが欠点だけど、これだけの量があればあげるにも困らないだろ」
4人の家族が合同でバーベキューでもすれば肉が大量に必要となる。
敵意を滾らせてこちらへ向かってくれるスノウオークは獲物にしか見えなかった。
1箇所へと集めた冒険者たちだが、さすがに戦ったことのない魔物を相手に意識のない相手を守りながら戦うのは難しいと思われた。バラバラな場所にいるよりも1箇所に集めておいた方が守りやすい。
「さあ、牛肉の次は豚肉だ」
喜々として獲物へと向かって行く。
狩猟リザルト
・鶏肉
・兎肉
・牛肉
・豚肉




