第18話 足りない生命力
騎士団や冒険者が駐留している場所の中心では大きな火が焚かれている。その火を囲んで騎士や冒険者の垣根もなく酒を飲んで騒いでいる。
普段は仕事の内容から反りの合わない人たちだが、危険が去った今は一緒に騒いでいた。
そんな騒ぎを俺は外から音だけ聞いて楽しんでいた。
「混ざらないんですか?」
「エルマー」
そこへ騒ぎの内側にいるはずのエルマーが話し掛けてくる。
「それにしても帰省で戻ってみたらマルスさんたちの姿がないですから、ガエリオさんたちに事情を聞いて訪れることになりました」
「別に来なくてもよかったのに」
以前から今年の冬になる前には、近況の報告を兼ねて帰省するつもりだったエルマーたち4人。だが、いきなり迷宮主になるなど忙しかったためギリギリになってしまった。
ちょうど入れ違いで屋敷へ立ち寄ったらしく、事情を聞いて駆け付けてくれた。
「でも、石化なんて能力を持った強力な魔物が相手だったんですよね。わざわざ全員で行くぐらいだったんですから、けっこう強かったんじゃないですか?」
「まあ全員連れてきたのは正解だった」
6人で対処したことによって逃がすこともなく、確実に倒すことができた。
「けど、どうしてこの依頼を引き受けようと思ったんですか?」
「メリッサの為だよ」
「……ラグウェイ家の為ですね」
エルマーの言い方が正確だった。
ラグウェイ家のメリッサ。何事もなければ婿を迎え入れ、彼女の夫となる者もしくは子供が爵位を継ぐ。弟が生まれるかもしれない事実を知らなかったため、自分が家に身を捧げるものだとばかり思っていた。
そんな諦めていた事実を取り戻せるかもしれない。
今ではラグウェイ家を継ぐつもりなどないのだろうが、幼い頃から抱いていた未来が手に入るかもしれないと知って迷った。
「話を聞いた時、あいつは迷っていたんだ」
「そうなんですか? ガエリオさんから話を聞きましたが、エリオットから依頼を持ち掛けられた時は平然としていたらしいじゃないですか?」
「俺に相談してきたんだ」
「……おかしいことですか?」
パーティに対して持ち掛けられた依頼。メンバーの一人でしかないメリッサが持ち掛けられたためリーダーに相談する。
特別おかしなところがないように思える。
「聡明なあいつだ。依頼を受ける事が俺たちに大きなメリットがなければ相談することなく断っている」
父親であるガエリオさんに圧力が加えられようとしていた。しかし、メリッサなら相手が領主代行であろうと交渉して収めていた。むしろ脅されたことを理由に有利な条件を引き出していた。
だが、不利にならないよう話を引き延ばされただけで結論を出さなかった。
「あいつが迷っている時点で、答えは出ているようなものだ」
事前に聞いていた魔物の特徴だけでは大きな利益はない。領地を得て将来的に利益は出せるようになるだろうが、ゼオンとの問題があって早急に利益が必要となっていた。
依頼を引き受けるより別に情報を集めていた方が利益になった。
世界のどこかには強過ぎてSランク冒険者でも倒すことができず、何らかの方法で多大な被害を免れている人がいる。そういった脅威を齎す魔物には懸賞金が掛けられており、倒すことで目立ってしまうものの大金を稼げる手段だった。
少なくとも俺たちなら神に匹敵するような敵でなければ負けることはない。
「メリッサは心のどこかでラグウェイという家に未練があった。俺にできるのは、依頼を引き受ける方向に話を持っていくことだけだな」
それでメリッサを少しは安心させることができたはずだ。
今は依頼を無事に終えることができて宴会に参加している。
「お前も宴会に参加すればいいのに」
「僕は遠慮しますよ。マルスさんの受けた依頼に同行したわけでもないですし、魔物に苦労させられたわけでもないですから」
「そのわりには、お前のパーティメンバーは騒いでいるみたいだぞ」
ジリーとディアがメリッサと一緒に酒を飲んでいた。
「あの三人は飲める口実があればいいんですよ。ま、僕がこっちに来る前にジェムは酔い潰れてしまいましたけどね」
特別、ジェムが酒に弱いわけではなく二人の女性が酒に強かった。
「お前も苦労しているんだな」
どちらのパーティも女性の方が酒に強く、俺とエルマーは付き合わされているようなものだった。
「それで、マルスさんはこんな所で何をしているんですか?」
大蛇を討伐するため森へ入っている間に駐留している場所を囲む木の柵が作られていた。
俺がいたのは木の柵を出た先。夜風が冷たく、ただ時間を潰しているには場所が相応しくない。
「何か気になる事があるんですか?」
「……ああ」
大蛇が討伐された事を心の底から喜んでいたゼラトさんと兄には言えなかった。
だが、どうしても拭い去ることのできない不安材料があった。
「森の中にいた大蛇が何をしていたのかは聞いているな」
「はい。生命力の奪取ですよね」
石化から解放された人から吸収されるはずだった生命力から造られた輝石が転がり出てきた。
より多くの生命力が吸収されていれば大きくなり、色が濃くなっている。
メリッサは可能な範囲で石化された人の状態を確認し、全員の輝石を把握していた。
「あいつによれば足りないらしい」
「足りない?」
奪われた生命力と輝石の大きさや色。
大蛇自身に使われた分を考慮したとしても3割程度しか回収することができていない。
「それって……!」
「考えられる可能性は二つだ」
一つは倒された大蛇自身が隠し持っている。しかし、既に死んでいるのは間違いなく、何があったとしても対応できるよう広い場所で飾り、蘇生したとしても対応できるようにしている。
しかし、今のところは動き出す様子はない。
ここには栄養となる生命力に溢れた騎士や冒険者がいる。だが、同時に自分を倒す力を持った者であるため警戒しているのかもしれない。
「そっちは対処が簡単だからいい」
早々に【魔力変換】してしまえばいい。相手が強大な生命力を保有しており、蘇生まで可能だったとしても生命力を含めて迷宮の力へ変換してしまえば何をすることもできない。
「もう一つの可能性の方が厄介なんだ」
「別の存在へ譲渡していた場合ですね」
奪われた生命力の半分以上が渡されていることになる。
大蛇以上の力を持つ相手に対応しなければならない。
「だから、宴会に参加するのが苦手な俺が外で待機しているんだよ」
森が見渡せる場所での待機。
誰かに譲渡していたのだとしても、奪った生命力は大蛇から誰かへ譲渡された可能性が高い。
なら、譲渡された『誰か』も森にいる可能性が高い。
「今まで餌を供給してくれた相手がいなくなったんだ。腹を空かせた相手はすぐにでも行動を起こすはずだ……おっ」
その時、森の入口にある茂みが揺れる。
森にいる魔物は基本的に森から出てくることはない。例外的に森にいる魔物が数千匹と飽和状態になり、縄張り争いに負けた魔物が出てくることはある。
だが、よほど魔物にとって心地良いのか間引きすれば出てこないよう数を調整することはできる。
「どうやら探す手間は省けたらしい」
厄介な方の可能性だったが、厄介にしていた問題は解決された。
だが、森から出てきた魔物の姿を見て眉を顰めた。夜になって暗いが、迷宮主である俺の目は相手の姿をはっきりと捉えていた。
そして、捉えられたのはエルマーも同じだ。
「蛇、ですね」
灰色の鱗を持つ蛇。
大蛇と似た姿をしているが、大きさは全く異なる。木に体を絡ませても50メートル近くあるように見えた巨大な体が、人間と同程度の大きさしかなかった。それでも普通の蛇と比較すれば十分に『大蛇』と呼べるサイズだが、森にいた大蛇を見た後では大きいとは思えなかった。
それに胴体部分にあった顔に見えた紋様がない。
目の前にいるのは、人と同程度のサイズの蛇。
「……っ、走れ!」
蛇の目が怪しく光った瞬間、思わず叫んでいた。