第17話 生命の輝石
「おお、これが例の魔物……!!」
「こんな魔物だって倒してしまうんだから、やっぱりあいつらはすごいんだな」
現在、騎士や兵士、それに冒険者たちが駐屯している場所の中心では土で作られた巨大な槍に胴体を串刺しにされて持ち上げられた大蛇が公開されていた。
誰もが石化能力を持った魔物に怯えていた。
その目に見られるだけで体が石になってしまう。だが、死んだことで今は安全になっている。
幾人かは足元に落ちている石を投げつけたい衝動に駆られた。しかし、大蛇の体は討伐の証拠としてアリスター家へ引き渡されることになっている。おまけに所有権がアリスター最強の冒険者にある、となれば恐ろしくて手を出すことなどできるはずがなかった。
脅威だった魔物が討伐された事の証明。
死体を飾る以上に効果があるのは他にない。
「――外の連中はうるさいけど、説明してもらおうか」
ゼラトさんが騎士団専用の天幕内で尋ねてくる。
この場にいるのは騎士団の責任者であるゼラトさんと兄、それから俺たち6人のみ。こちらの事情にも深く関わって来る可能性があるためゼラトさんが気遣って身内だけに話を留められるよう配慮してくれた。
目の前にある机の上には山積みにされた赤い宝石がある。彩度に違いがあるため一ヵ所に集めるとどうにも不揃いだ。
「まず、勘違いの一つを訂正しておきましょう」
「勘違い?」
「はい。敵の目的は『石化させる』ことではありません」
逃げられないようにするため石化はさせた。
しかし、石化させて身動きができなくなった間にしていたことがあった。
「それは『生命力の奪取』です」
俺の代わりにノエルが答える。
森へ行く前にノエルが石化させられてしまった。最初は敵の石化能力が想像以上に強いものだと判断した。だが、実際に相対したから分かるが、石化能力は他の魔物よりも少しだけ強い程度だ。俺たちを石化させられるほどの力はない。
実際には逆だった。
「あの時、ノエルの生命力は徐々に吸い取られていました」
石化する前から吸い取られていた。
そのせいで一時的に抵抗力が弱くなっており、ノエルの抵抗力でも耐えることができなかった。
「それから魔物に遭遇する少し前にこんな物を拾いました」
途中で拾った獣型の魔物の物と思われる指を見せる。
大蛇を倒したことで魔物の指も石化が解除され、白と青の混ざった毛を持つ熊型の魔物だった。
「まさか、アイスベアか……!?」
「冬も近いですから出てくること自体は不思議ではないです」
期間限定で出現する魔物。春になれば、どこへ消えるのか知らないが雪が降る冬の間にのみ出現する氷系の魔法も使える熊の魔物。
騎士団は森に冬だけ出現する魔物が現れたことを把握していなかった。
「すぐにでもアリスターへ戻る準備をしなければ……」
冬にのみ出現する魔物は基本的に強い。騎士でも相手にするのは犠牲を覚悟するほどで、森での戦闘に慣れている冒険者に任せるつもりでいた。
「幸いにして石化されていた者は全員を救うことができた」
「ですが、すぐに出発するのは無理でしょう」
「あいつら……」
強力な魔物が討伐されたことで気が緩み、宴会を始めている者までいた。騎士も混じっており、すぐに出発できるような状態ではない。
「まあ、全員が命に別状はなかったんですから騒ぎたい気持ちも分かります。だけど生きているだけで、無茶をさせてはいけないですよ」
「そうだ……生命力を奪われていた、と」
「そうです」
赤い宝石は、石化させられた人々の命を凝縮させた物。
最初は弱い魔物を相手に喰らうことで大蛇は劇的な進化を遂げることができた。この方法なら普通に魔物と戦う以上の力を手にすることができるからだ。
「兄さんはあの場へ行ったので知っているはずです。大蛇がテリトリーにしていた場所に魔物の死体はありましたか?」
「そういえば……」
必死に思い出そうとしているが、あの時はそんな余裕がなかったし、普段なら他の魔物がいて危険な場所であるため魔物がいる状況が自然だと思っていた。
だが、思い返してみれば魔物の死骸すら全くなかったことに気付いた。
「石化された相手は、やがて『生命の輝石』へと姿を変えてしまいます」
生命の輝石。
古い文献を読んだ時にそのような名前の宝石があったことをメリッサが覚えていた。
命が宝石となったそれは美しく、多くの人を魅了させた。
大蛇と似た能力を持った魔物を飼っていた貴族がおり、奴隷の命を糧に宝石を作らせて私腹を肥やしていた。ただし、そんな状況も貴族の所業に気付いた冒険者が秘密裏に動いて魔物と一緒に貴族も倒された。
その後、宝石を生み出す事よりも人の命を奪う事を問題視され、同じような能力を持つだけの魔物でも狩り尽くされた。今でこそ当時ほどの嫌悪感はないが、一時的に狩り尽くされてしまったため数が劇的に減ってしまった。
魔物が減れば輝石も減り、そのような物があった記憶も薄れていく。
今では古い文献の中でしか名前を聞くことのない宝石。
「これは不可逆の変化です。宝石へと変えられてしまった生命力は、魔物を倒したところで元には戻りません。ですが、倒したことでもう奪われることはなくなりました」
「それはよかった」
メリッサの言葉にゼラトさんが安堵する。
衰弱の酷い者はいるものの亡くなった者は今のところいない。
「これが魔物の討伐を俺たちが急いだ理由です」
時間を掛ければ掛けるほど生命力を吸い尽くされてしまう。
さらにノエルとの接触時に焦っているような感じも受けた。
生命力の吸収は離れていても持続していたし、輝石を喰らわなくても繋がりだけで生命力を得ることができる。それに誰もが石化にばかり注目して、石化の内側でそのような行為がされているなど予想もしていなかった。
だが、石化が解除されたと同時に生命力の吸収もできなくなってしまった。
「焦った魔物がどういう行動に出るかなんて簡単に予想できます」
吸収する速度を速める。
限界はあって、すぐさま死ぬようなことはないと予想していたが、猶予がそれほど残されていないことは理解できた。
「万全の状態で挑みたかったのでノエルの回復を待ってから向かいましたが、それでも間に合ったみたいでよかったです」
大蛇の興味は俺たちへと移っていた。
極上の獲物。確保している獲物から吸い尽くしてしまうのも重要だが、俺たちからどれだけの生命力が得られるのか期待し、意識が完全に向いてしまった。
「とりあえず、今回は本当に助かった。冬も近いみたいだし、明日にでも撤収準備を始めることにする。森の調査は冬が明けて、春になってから再開だな」
「はい」
ゼラトさんが天幕を出ていこうとする。
すると、反対に天幕へ入ってきた者がいる。
「失礼します」
外で多くの兵士が騒いでいようとも最低限の人数は今も周囲を警戒している。
天幕へ入ってきた兵士も周囲を警戒していた者の一人だった。
「何かあったのか?」
重要な会議中であることは天幕の前で警戒中の者に伝えてある。
天幕へ入ってきたということは、彼らに通してもらえたということだ。
「森から魔物が出てきたか?」
自らのテリトリーを大蛇に追い出された魔物が多くいる森。
飽和状態になるほどの数はいないが、自棄になった魔物が外へ飛び出してこないとも限らない。
「いえ、違います。こちらに増援です」
「増援?」
「冒険者が新たに来ました」