第15話 石化の大蛇―後―
尾を切断された大蛇。
持ち上げていた体を支えていた部分がなくなったことで頭から地面に叩き付けられて轟音を響かせる。
それでも生きており、ゆっくりと頭部を持ち上げる。
――シャアァァ!!
「ああ!?」
後ろを向いて威嚇してきたため、こちらも睨み付けると委縮してしまう。
生まれて初めて感じる恐怖に戦う意思が完全に失われてしまった。
「お前が生きていると困る人たちがいるんだよ」
ダメージを負わせたが、石化した人が元に戻る様子はない。今も元あった場所に石像が鎮座したままである。
負傷させただけでは石化を解除させられない。
怯んだ大蛇だったが、すぐに切断された場所へ力を集中させると内側から肉が溢れ出て斬られた尾が再生される。
「再生。それぐらいのことはできるか」
大蛇が何をしていたのか知っていれば再生は予想できる。
「だけど、これ以上は使わせるつもりはない」
神剣を振り下ろすが、身を捻らせた大蛇には当たらず地面を叩き付ける。
「チッ」
粉塵が舞う中、大蛇が大急ぎでこの場から離れる。
体を這う音が聞こえてくる。
「悪いな。もう逃げ場なんてないんだ」
離れた場所から「ガンッ!!」という大きな音が聞こえる。
『結界は展開済みです』
「ご苦労」
メリッサの魔法による障壁が逃げようと大蛇を阻む。
既にこの場所を中心に結界が囲むように展開され、逃げ場などどこにもない。
いや、一つだけ残されている。そのことに気付いて大蛇も頭を上へ向ける。
「ま、無理だよな」
時間もなく、大蛇に気付かれないよう展開させる必要があったため障壁の高さは30メートル。体を持ち上げればギリギリ障壁を越えることはできるが、それだけでは結界を越えることはできない。
そして、障壁の高さを確認する為に体を持ち上げたのが致命的となった。
「ふんっ!!」
「ッギィィィ!」
空から降ってきたアイラが大蛇の背を上から下へ切り裂く。
大量の血を撒き散らしながらも後ろにいるアイラの方へと頭部を向ける。やはり石化は頭部もしくは胴体の目からしかできなく、正面に見据えなければ攻撃することができないようだ。
しかし、大蛇が振り向いた時にアイラの姿は既にない。
一撃離脱を徹底するよう事前に伝えてある。卑怯に思えるが、後ろからの攻撃を徹底させ大蛇に姿を見られないようにしている。そうでなければアイラのステータスでは、あっという間に石化させられてしまう。
「ギシャァァ!」
そうしてアイラを探して振り向いている間に頭部が打撃による衝撃を受ける。
「まったく、どうしてアイラの待機している方に逃げるかな」
さらにノエルの打撃が打ち付けられる。
「おっと!」
ノエルが森の中に姿を隠す。
アイラと同じように正面から向き合わないようにしていた。
「こんな6人で囲んで倒すような真似は好きじゃないんだけど、時間がないみたいなんでやらせてもらう」
魔法で造られた何本もの土の棘が大蛇の体を串刺しにする。
貫かれた部分に力を込めれば無理やり抜き取ることはできるかもしれない。それに大蛇には再生能力がある。少しぐらいの負傷なら問題にならない。
しかし、串刺しにされた体は向きを固定されてしまう。
「これでいいんだよな」
「ええ」
大蛇が後ろから聞こえる駆ける足音に振り向こうとする。
だが、串刺しにされ固定された体では目を向けることが叶わず背後から斬られてしまう。
傷自体は浅い。俺の串刺しやアイラの斬撃に比べたら掠り傷だ。大蛇も本能で再生能力を駆使して傷を塞ごうとする。
「――凍れ」
だが、イリスの目的は斬撃にない。
斬ることによって大蛇の体内に魔力を流し、大蛇の体を覆うように冷気を発生させるのが目的だった。
瞬く間に冷気が斬られた場所から広がり、石化の眼光を放っていた胴体にある顔を覆い尽くしてしまう。
氷の内側で紋様の目が怪しく輝く。だが、その紋様から放たれるはずの眼光が氷から飛び出すことはなく、俺たちに届くことはない。
「もう正面に出ても大丈夫だな」
大蛇の正面に立つ。
メリッサは結界の維持に集中して遠くで待機し、ノエルは石化を恐れて後ろにいたままだが、他の3人は石化攻撃を気にしない。
最後の抵抗に頭部の目から石化の眼光がイリスへ放たれる。
だが、眼光はイリスに届く前に散らされて消えてしまう。
「本当に器用な奴だな」
「相手の攻撃が眼光だったから防げただけ」
イリスの正面では氷の粒子が舞い、キラキラと輝いていた。
薄く展開された氷の壁が大蛇の眼光を弾いていた。石化の眼光は大蛇の目から放たれ、何かに当たることで当たった物を石化させる。しかし、氷の壁は眼光そのものを鏡のように弾いてしまう。これでは石化させることはできない。
もっとも、この防御方法は胴体にある目を潰したから可能な方法だ。氷の壁の角度は精密で、少しでもズレていれば貫通してイリスの体を石にしてしまう。大蛇の攻撃手段が頭部の目以外にもあれば一つの攻撃を防げるだけで、他の攻撃を受けて石になっていた。
だが、攻撃が頭部だけに限定されているなら冷静なイリスは的確な角度を計算して防御することができる。
そうこうしている間に頭部周辺だけだが、完全に氷に覆われてしまう。
身動き一つしない大蛇。氷に覆われていない反対側も動いていないことから思考まで凍り付いている。
「トカゲみたいに切り落とした尻尾が生えてくるとなると面倒だけど、どうやって倒すの?」
「できればやりたくはなかったけど、魔石を破壊するしかないか」
どんな魔物の体内に魔石を所有しており、魔石を破壊されると死んでしまう。
ただし、エネルギーの塊である魔石は売れるため、できることなら回収したい。とくに目の前にいる大蛇のような滅多に遭遇することのない魔物は高値がつく。
だが、時間を掛けていると手遅れになる可能性がある。
「【魔導衝波】」
氷の上から頭部の下にある左右に広がった紋様の中心に魔力を叩き込む。
流し込まれた魔力は大蛇の体内へと侵入し、分厚い肉に覆われた魔石を粉々に砕く。
魔石の位置は、強力な再生と石化の眼光を使用する際の魔力の動きから判断することができた。
石化の眼光を放てる4点の中心。
そこに魔力を供給する源がある。
「お、どうやら元に戻ったみたいだな」
灰色だった周囲の景色が徐々に緑色を取り戻し始める。
石化の元凶である大蛇を倒したことで石化が解除された。
――ドサッ!!
重たい音が静かな森の中に響く。
見れば石化していた区域の入口で石像となっていた騎士が石化から解放されて元に戻り、衰弱から気絶していた。
他にもあちこちで同じような音が聞こえる。
「……そういえばけっこうな数が石化させられているって言っていたな」
「早く倒すことばかり考えて、倒した後の事は考えていなかったわね」
「私は考えていましたよ」
「じゃあ、言えよ」
メリッサは倒した後の問題点に気付いていたらしい。
「ですが、兵士の方々を連れてきたところで足手纏いになりますし、私たちの力はあまり大っぴらにするものでもないでしょう。連れて来るにしても元凶を叩いた後です」
あちこちで気絶している騎士や兵士、冒険者。
彼らは生きているため道具箱や収納リングで回収して連れ帰る、という方法を採ることができない。回復させるにしても衰弱した体を癒すには十分な静養が何よりも必要となる。
「仕方ない。アイラ、ひとっ走り行ってきてくれ」
「えぇぇ、あたしが!?」
「お前が一番彼らと親しいし、メリッサとイリスには【回復魔法】で石化していた人たちを少しは回復してもらう」
シルビアとノエルには周囲の警戒を担当してもらう。
俺はどちらもできるため残っていた方がいい。
「とにかく倒れた人たちを運ぶ人員が必要だ。もう石化の脅威は去ったんだから騎士も手伝ってくれるだろ」
「わかった」
アイラが森を出るため駆ける。
その姿を見送りながら大蛇を道具箱へ収納する。