第14話 石化の大蛇―前―
「それなりに離れた場所からでも敵の視線を感じる。奴にとっては極上の獲物が自分からテリトリーへ入って来ようとしているようなものだからな」
思わず焦って攻撃してしまった。
しかし、すぐに冷静さを取り戻すと再度の攻撃を囮にして身を隠した。
「今のあいつは焦っているぞ」
「だから、どうしてそんなことが分かるの?」
「……」
後ろからアイラに肩を掴まれるが何も言わない。
敢えて何も言わず前に出ると、隣にシルビアが立つ。
「事前に決めていた通りに進むぞ」
どうやって森の中を進めばいいのかは決めてある。
「――いた」
しばらくして灰色になった森の境界に石化させられた騎士を見つけた。
しかし、これは敵の罠だ。
「さて、どの程度の知能があるかな」
魔物の姿は見えない。
とりあえず石像と化した騎士にシルビアと一緒に近付く。
「本当に大丈夫でしょうか?」
「石化されても死ぬわけじゃない。ダメだった時はイリスが元に戻してくれる」
顔に見覚えはない騎士。
その石像を間に挟んでシルビアと反対方向を見る。
俺の視界には、左半分に灰色になった森が飛び込んでくる。
対して背中合わせに立ったシルビアの目には右半分が灰色に見えていた。
「タイミングを見逃すなよ」
「問題ありません。もう捕捉しています」
視界を上に向ける。
同時に俺の視界にも敵の姿が把握できる。シルビアと背中合わせになって【迷宮同調】で互いの視界を共有することで全方向を把握することができるようになる。
木の上で太い枝に体を絡ませた灰色の大蛇。
人間をそのまま飲み込むことができるかと思えるほど胴回りはあり、5メートル近くある。体を絡めているせいで分かり難いが、長さも胴の10倍近くあるように思える。
だが、なにより異質なのは頭部の下2メートルほどの胴体が横に膨らんでいることだ。膨らんだ部分に黒い異様な紋様が描かれており、紋様を正面から見た瞬間にまるで睨まれたような錯覚を覚えたせいで、目のように見えてしまう。
『あれが敵か』
『はい』
視界の隅に捉えながら周囲の探索を続ける。
俺たちの姿を見て、大蛇は自分がまだ見つかっていないと思い込んで様子を伺っている。
舌をチョロチョロと出しながら頭部を傾けて目――頭部の下にある紋様をシルビアへと向けた瞬間、目のように見えた紋様が怪しく光り輝く。
鋭い眼光が線となって放たれる。
この眼光こそ人々を石化させていた攻撃。射貫かれるだけで体が石になってしまう。体のどこかに受けるだけでもよく、騎士や冒険者たちは石化して灰色になった森を隠れ蓑にして潜んでいた大蛇に攻撃された。
50メートル以上先から狙っている。そんな遠距離から隠れた状態で攻撃されれば何も知らない冒険者は不意打ちを受けることになる。
そして、何よりも脅威なのは攻撃の速度。
50メートル以上先から攻撃されたというのに届くまでに必要な時間は一瞬。
「こんなもの普通の冒険者なら回避はできないよな」
「こうして、ゆっくりと観察できるわたしたちが異常なんですよ」
俺とシルビアは光の側面に移動しながら、敵を貫く光の眼光を観察していた。
一定範囲内の時を停止させることができる【世界】と時間の壁をすり抜けて移動することのできる【時抜け】。一瞬で相手に辿り着くことのできる攻撃も、時間を停止させられてしまってはどうしようもない。
効果範囲に大蛇自身は入っていない。しかし、発射された直後の眼光は【世界】の効果範囲に入っている。
俺たちへ届く前に停止した眼光。これまでに遭遇したことのない出来事に大蛇が呆けて動きを止める。
それでも本能から退避しようとする。
「遅い」
大蛇が動き出すよりも早く警戒していた俺が大きく踏み出す。
たった数歩分の移動。それにより大蛇が【世界】の効果範囲の内へと入り込んでしまう。
「こいつは突然変異で生まれた魔物だろう」
稀にだが、それまでいなかった強力な魔物が唐突に生まれることがある。
「だからこそ戦闘経験が足りていない」
大蛇に近付きながら拳を握りしめ、魔力を拳に溜め込む。
時の停止した世界の中で拳を叩き込むと同時に魔力を流し込む。
【魔導衝波】。体内へと流し込まれた魔力が暴発して、対象を体内から攻撃することができる。
だが、【世界】の使用中で時の停止した空間では停止している者たちに干渉することはできない。今は大蛇の体内に魔力が流し込まれただけだ。
「そろそろ10秒だな」
シルビアが隣に立つ。彼女は彼女で停止している間に大蛇の体を短剣で何度も斬りつけていた。
傷をつけることはできない。それでも……
――シャアァァァァァ!?
【世界】が解除された瞬間に大きく後ろへと吹き飛ぶ。宙を舞う体は内側から発生する衝撃に裂け、体の至る所に斬られたダメージが生まれる。
【魔導衝波】とシルビアの斬撃によるものだ。時が停止した状態ではダメージを与えることはできないが、俺とシルビアの魔力はスキルによって相手の体内へ潜り込むことができる。そして、時が再び動き出すようになってダメージが発生するようになる。
「さて、これでどうするかな?」
全身の至る所から緑色の血を流した大蛇が尾を支えにして体を持ち上げる。
立つように持ち上げられた大蛇の体は森にある大きな木よりも高く、見下ろすことで隠れるのができないようになっていた。
「シルビア!」
「分かっています」
大蛇の胴体にある目から眼光が放たれる。
その目が向けられていたのはシルビア。目と目が合ったシルビアは一瞬にして攻撃を浴び石化されるはずだったが、攻撃がシルビアのいた場所に到達した時に彼女はそこにいなかった。
大蛇が額に感じる痛みに悶える。
それでも苦痛に耐えながら顔を上げれば自分の額の上にシルビアが飛び乗っているのを見ることができる。
大蛇の口が大きく開かれる。
開かれた口から緑色の煙が大量に吐き出され、額の上にいたシルビアをも包み込もうとする。
しかし、上に向けていた頭部がすぐに下へ向けられることとなる。
大蛇の胴体が上から下へと切り裂かれ、血を流していた。
「すみません。わたしの攻撃では仕留めることができませんでした」
シルビアの短剣では大蛇の厚い肉を切り裂くことができない。
「いや、上出来だ」
俺とシルビアが一緒にいるところを目撃し、大蛇の目から眼光が放たれる。
頭部にある目と胴体にある目。4つの目から放たれたから俺とシルビアの両方へと向けられる。
「あいつを激昂させるには十分だ」
時を止め、一瞬で大蛇の後ろへと回り込む。
制限時間があるとはいえ時を止められる俺にとって敵の攻撃を回避するのは難しくない。
「こいつは俺が仕留める」
神剣を振り抜く。
全てを斬る神剣が大蛇の胴体を切断する。