第13話 石化の森
「グェッ!!」
森へ入った瞬間、茂みに隠れていたゴブリンが飛び出してきた。
数は7体。5体が陽動目的で木の棒を装備しただけの状態で襲い掛かり、後ろに待機した2体が弓矢で狙っている。
デイトン村近くの森では獣系の魔物が中心だ。そのため森を支配するのも獣系の魔物で、森へ移り住んできたゴブリンにとっては居心地の悪い場所で、森の外縁部でひっそりと狩りを行わなければならない。
茂みに隠れての奇襲。
だが、気付いた時には奇襲は失敗に終わっていた。
「悪いな。今日は相手をしている暇はないんだ」
首と胴が分かれた状態でゴブリンの死体が転がる。
離れた場所で弓矢を構えていたゴブリンもメリッサの魔法によって一撃で倒されていた。
「せめて役立ってくれよ」
転がるゴブリンの死体を持ち上げると全力で入口とは反対方向へ投げる。
ゴブリンは持ち帰っても肉を食用にすることができないし、装備の素材とする部位がない。たまに進化したゴブリンがどこから調達したのか分からない強い装備を手にしている時があるが、そんなゴブリンを倒せる冒険者にとっては進化したゴブリンの持つ装備も魅力的には思えない。
全てのゴブリンを投げる。
森が真っ赤に染まり、血の臭いが充満する。
「行くぞ」
ゴブリンを投げた方向とは別の場所へ向かって歩く。
離れてから気配を探れば臭いに釣られた狼型の魔物や猿型の魔物が集まり、ゴブリンを貪っていた。
森狼。
森での狩りに優れた魔物で、森の奥へ進む場合には奇襲を警戒しながら進む必要が発生する。
森猿。
森にある木々を利用して飛び回り、森を進む冒険者を頭上から奇襲する。静かに木と木の間を移動する術を身に付けており、迎撃できなければ大怪我を負うことになる。
冒険者が森を進む時は、常に魔物の襲撃を警戒しなければならない。
「悪いけど、雑魚に構っている暇はないんだ」
石化された人々の事を考えれば早急な対応が求められる。
そうして、森の中を駆けていると遠くにこれまで緑だった色が急に灰色に変化しているのが見えた。
「あそこがお前の見た場所だな」
「うん」
ノエルが肯定する。
森の入口にしている場所から意識を侵入させ、騎士団から事前に聞いていた方向へと進ませる。
ゴブリンの血がそれなりに役立ってくれたおかげで魔物の襲撃もなく目的の場所まで辿り着くことができた。
「ゴブリンだけじゃない。私たちの強さに恐れを抱いている」
獣系の魔物は強者を頂点に群れを形成する場合が多い。
そのため強者を察知する能力に長けており、遠くからでも俺たちに襲い掛かれば瞬殺されることを理解している。
迂闊に襲撃してくる真似はしない。
「けど……」
足元に落ちていた石を奥に向かって投げる。
すると20メートルほど飛んだところで土がついて茶色に近い色をしていた石が瞬く間に灰色へと変化してしまう。
「この先にいる奴は恐れていないみたいだな」
石を投げてみたが、石化の攻撃を防ぐことに成功できた。
「よくわかったわね」
鬱蒼と生い茂る森。
見通しが悪いこともあってアイラには何があったのか分からなかったらしい。
「一度受けた攻撃だ。なんとなく分かる」
ノエルが石化された時、全員が【迷宮同調】を解除した後だったためどのような攻撃を受けたのか知ることはできなかった。
だが、俺だけは『主』として『巫女』の受けた衝撃を察知することができた。
肝心の攻撃を受けたノエルは石化されたショックで攻撃を受けた瞬間の記憶を失くしていた。だから俺だけが知っている。
「敵は石化させる力を飛ばしてくる」
空中に魔法で生み出した【石弾】を2つ飛ばす。
しばらく進んだ所で石化させられて地面に落ち、もう一つの石もすぐに石化させられる。
二つの石化した石が地面に転がる。
試しに石化される前と同じ石を再び魔法で生み出して当てると、石化される前の石が割れる。
石化したことで頑丈さが増していた。
「もう向こうのテリトリーに入っていると思え」
アイラとノエルが周囲を警戒して首をあちこちへ動かす。
耐性が最も低いアイラではあっという間に石化させられ、ノエルは一度石化させられた恐怖から敵を警戒していた。
「安心しろ。近くにはいない」
攻撃が失敗したことで場所を移動している。
「どうして分かるの?」
シルビアも正確な位置は把握していない。
アイラの疑問はもっともだ。
「敵は生まれた時から本能として身を隠す術を身に付けていた」
力の弱い獣型の魔物にはよく見られる傾向だ。
魔物の世界も弱肉強食。だからこそ生まれた時は弱い魔物は、強者に捕食されないよう隠れて、強者を捕食できるようになれるまで強くなるのを待つ。
そして、人々を石化させている魔物は力を手にした魔物。
ただし、強くなった力の隠し方に慣れていない。
「ここに来るまで魔物とほとんど遭遇しなかっただろ」
「うん。でも、それってゴブリンを投げたからでしょ」
「あの程度で森にいる多くの魔物が釣られる訳がないだろ」
そもそもフォレストウルフのような魔物は森の奥にいる。決して下級冒険者みたいな力のない者も足を踏み入れることのある森の入口にいるような魔物ではない。
森の入口にいたのには理由がある。
「きっと元々は石化した場所を縄張りにしていた魔物なんだろうけど、危険な魔物が現れたから逃げ出してきたんだろ」
つまり、この先にいるのは石化能力を持つ魔物だけだ。
強くなった自分の力を振り撒き、そうして自分のテリトリーから捕食するつもりだった獲物を逃がしてしまった。
「敵も人間を襲わないで魔物を捕食すればいいのに……いや、違うな」
「どうしました?」
尋ねてくるシルビアを無視して足元に落ちていた骨を拾う。
「骨?」
「いえ、違いますね」
ノエルは分かっていないようだったが、メリッサは骨に見える物に含まれる魔力から正体を掴んだ。
「石化した魔物の指です。特定はできませんが、四足歩行する獣でしょう」
人間の骨に見えるほど太く強靭だ。
普段から酷使して鍛えられている。
「最初は逃げ遅れた魔物を捕食するだけで我慢できていたんだろう」
だが、そこへ冒険者が迷い込んでしまった。
自らのテリトリーへと入り込んできた敵に対して反射的にスキルを使用した魔物は人間から得られる味を知ってしまった。
それは、魔物の捕食を止めてしまうほどの甘美だった。
そんな味を知ってしまっては魔物の味など泥にも等しい。
「今も向こうは俺たちが近付いていることを知って待っている」
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だ。ゼオンに負けてから俺も自分のスキルをどう使うのが効率的なのか考えている。あんな魔物を相手に負けるつもりはない」