第11話 辺境の村の行く末-前-
「よう、待たせたな」
村の中から体格のいい男が出てくる。
デイトン村を治める村長だ。俺たちと同年代だが、先代の村長が失脚した後で立候補して新たな村長となった。
本人の思惑としては、先代たちのように村長となって裕福で楽な生活を送るつもりだったが、今代の村長に課せられた仕事は楽ではなかった。
今も責任に追われ率先して動いている。
「すまないな。気分が悪いだろうが、我慢してくれ」
村の入口から、村の中を見れば武器を手に持っている村人がいた。
武器と言っても簡素な槍が中心で、騎士どころか冒険者が手にしていた装備と比べても明らかに劣っている。
「そんなに警戒するものなのか?」
子供の頃は腕力を奮って地位を誇示していたリュー。他の子供たちは自然と下手になっていた。
しかし、大人になった今は俺の方が権力も純粋な力も上だ。だからと言って力を誇示するつもりはないが、下手に出る必要はない。それに村人の振る舞いは村長であるリューの責任だ。自然と対等な口調になっていた。
「小さな村にとって危険な奴がいるっていうのは、それだけで脅威なんだよ」
リューは『奴』などと濁したが、それは森に現れた危険な魔物ではなく村のすぐそばで駐屯している騎士団の事を指していた。
「騎士団は村を守ってくれる人たちだろ」
「それでも、だ」
武器を持った人間が近くにいる。
幸いと言っていいのか森から魔物が出てくることはなく、石化の力を持つ魔物も村人の誰も自分の目で見たことがないため魔物に対する脅威が自然と薄れていた。
「事情は理解した。だからと言って自分たちを守ってくれる相手と襲ってくる相手の区別ぐらいはつけられるようになっておかないとこれから生きていけないぞ」
「……分かっている」
小さな村だけで生きていた頃は余所者を歓迎しない考えでも大きな問題は発生しなかった。
しかし、これからデイトン村は大きくなる。時代の変遷についていけないようならばアリスター家は問答無用で排除する。いや、近くに別の村でも用意するだろうが、最低限の設備だけが用意された村だ。苦労している今以上に苦しくなるのは目に見えている。
「他の村は少しでも大きくする為に村長が苦労しているんだ。これぐらいの苦労は村長なら許容しろ」
「本当に、分かっているんだ」
分かっている――そのように言うリューだったが、現状を見れば実践できていないのは明らかだった。
「じゃあ、どうして騎士団を受け入れないんだ?」
「……年寄り連中が反対しているんだよ」
もう余生を過ごしている老人たちは、今後も今まで通りの生活を送って寿命が尽きるのを迎えたいと考えている。
だから村を大きくすることそのものに反対している。
「ま、その辺の打ち合わせはそっちでやってもらえばいい」
「お前だって、この村の人間だろ」
「『元』この村の人間だ。今はアリスターに拠点を構えている」
拠点の屋敷を購入してから何年も経過している。
今さら他の場所に拠点を変えるつもりはなく、村へ戻らなければならない理由もない。
デイトン村は故郷であるが、今後も拠点にするつもりはない。
「残念だが、反対している村人がいるから村の施設は貸せない」
「せっかく宿があるのにもったいないな」
アリスター家で出資して空き地に建てられた宿。今後を見越して建てられた宿だが、何度か行われた開拓が中断されており従業員はまだいない。
他にも中継地として利用する準備は進められており、騎士団が体を休められる場所は用意できる。
「そういうことならかまわないさ」
「すまない」
「謝る暇があるなら自分たちの為に説得した方がいいぞ。このままだとアリスター家に村を乗っ取られることになるぞ」
その為の準備は進められている。
そうして今回、騎士団を即座に受け入れなかったことが致命的となった。
簡単に挨拶をすませて村の入口から離れると、シルビアたちの待つ騎士団の駐屯地の方へと向かう。
「どうでした?」
「ダメだった。やっぱり老人たちが邪魔になっているみたいだ」
戻るなり尋ねてきたシルビアに応える。
気絶させたノエルを休ませる場所を求めて要求してみたが、戦う力を持つ者を警戒して村に入れてくれなかった。これまで騎士団、デイトン村出身ということで交渉役だった兄の要求を突き返していた村だ。今さら俺たちが要求したところで受け入れてもらえるはずがない。
だが、リューは老人たちを無理やりにでも黙らせる必要があったことに気付いていない。
「できれば、ゆっくり休憩できる拠点がほしいところなんだけどな」
「わたしたちなら必要ないのでは?」
アリスターにある屋敷へと戻り、朝になる度に村まで走って戻ってくる。
移動の面倒はあるものの拠点の確保が難しいとなると、その方が確実で面倒な交渉を避けることができる。
「それでもいいんだけどな……」
気になっているのは村人の意識だ。
少しは現状に危機感を持ってもらわないと本当に村を乗っ取られてしまう。一応は故郷なので、彼らが追い出されてしまうのは忍びない。
「もっと簡単な方法がある」
最初から村の利用ができないことを予測していた騎士団は大きな天幕を持ち込んでいる。
冒険者も自分たちが寝泊まりすることができるテントを用意している。
俺たちも休める場所が必要なら、自分で持ち込んだ物を使用するだけだ。
「場所は決めてあるんだろ」
「はい」
村を利用させてもらうべく交渉している間に別行動をしていたメリッサ。
彼女にはデイトン村から離れた場所で野営に適した場所を探してもらっていた。
「【迷宮魔法:道具箱】」
魔法を使用すると地面に迷宮と空間の繋がった魔法陣が描かれ、魔法陣の奥からコテージが浮かび上がってくる。中にはベッドなどの設備が全て用意されており、誰にも見られないなら重宝することができていた代物だ。
「お、なんだ?」
「げっ!? いつの間にこんな物を用意したんだよ」
魔法の気配を察知した冒険者たちが様子を探るべく近付いてくる。
彼らにとっても野営よりも万全な状態で休むことができるコテージは魅力的に見えた。
「使いたいですか?」
「けど、お前らのだろ」
メリッサの方へ目を向けると、出現させたコテージから少し離れた場所を視線で示される。
指示されるままコテージを出現させると、冒険者たちから歓声が沸き上がる。
「このようにコテージならいくつも保有しているし、出すだけなら魔力も微々たる量しか消費しません」
『おおっ!』
「借りたい人は名乗り出てください」
募集を掛ければ何十人もの人間が手を挙げ始める。
彼らがデイトン村の近くで野営を始めて何週間も経過している。食料や趣向品がアリスターから送られてくるとはいえ、劣悪な状況で長期間生活していれば疲労も溜まる。たまにはゆっくりできる場所で過ごしたいと思ってもおかしくない。
「でも、いいのかよ」
「もちろん料金はもらいますよ」
無料で貸し出しなどするはずがない。
「1つのコテージにつき1泊で銀貨を5枚もらいます」
「おいおい、そんなにかよ」
「でも、休めることを考えれば……」
冒険者たちが迷う。