第10話 異質な石化
「どういうことだい?」
兄ではなくゼラトさんが尋ねてくる。
快復した騎士は消耗こそしているものの問題がないと判断して外に出てきたようだ。
「二人には先ほどの石化がどのように見えましたか?」
「どのようにって……」
「石になっているとしか……」
「そこは間違っていません」
状態異常の『石化』は肉体を硬質化させることで動けなくさせる。硬くなったことで、石化したように見えるだけだ。
ただし、生きていく為に必要不可欠な臓器までも動きを停止させられてしまうために『石化』は致命的な状態異常となる。
「生きているのは事前に確認できたんですよね?」
「あ、ああ……」
石化した人の胸に耳を押し当てれば心臓の音が僅かに漏れ聞こえてきた。
肌に触れれば体温を感じることができるし、魔力が生きている人間の特徴を持っていた。
魔法に精通している者ほど『生きている』と判断した。
その事実自体は間違っていない。
「これ、何だと思いますか?」
「宝石……?」
収納リングから赤く光る小さな宝石を取り出して見せる。
二人とも宝石であることは見抜いたが、それを今の状況で見せることに戸惑っていた。
「さっき石化から回復した騎士の足元に落ちていました」
「でも、これって……」
どう見ても加工される前の原石。
そんな物が騎士団の天幕内に落ちているとは思えない。
「この宝石は石化した騎士の体から落ちてきた物ですよ」
「は……?」
任務中の騎士がそんな物を携帯しているはずがなかった。
「安心してください。彼の持ち物ではありません」
「では、どうしてこのような物が?」
「簡単です。これを造るのが敵の目的だったんです」
詳しい理由は分からない。だが、このような事実を知った今は時間を掛けるわけにはいかなくなった。
「――見つけた」
「そうか!」
外へ出ている間、目を瞑り続けていたノエルが口を開いた。
集中する必要があり、前を見ていないせいで転んでしまっても問題がないようさり気なくシルビアがサポートしていた。
「森に入って5キロぐらい進んだ場所」
「そこなら石化した人たちのいる場所かもしれないな」
森の中で石化した人々は敵の領域へと入ってしまったせいで石化させられてしまった。
正確な位置を知るためノエルには敵の反応を追ってもらっていた。
「敵はいるか?」
「まだ、そこまでは……なにせテリトリーに入ったばかりだから」
「でも、そこが敵のテリトリーだって言う自信はあるんだな」
「だって、それは……」
言葉を濁すノエル。
聞くよりも直接見た方が早い。
「げっ、なんだこれ……」
「まだ冬になっていなかったわよね」
同じようにノエルと視界を共有させたアイラが呟く。
もう何日かすれば雪が降り始めて、冬になる。そういった時間制限もあって早々に問題を解決してもらうべく俺にまで依頼の話が回ってきた。
それでも足元の地面には青々しい草が生えている。
だが、ノエルが覗いている世界は……
「分かり易いだろ」
「敵が石化させるのは人間だけじゃない。その気になれば森だって石化させることができるんだ」
森にある草木がある場所から石化させられてしまっているせいで、以前は緑色の世界だった。
だが、今はまるで雪でも降ったかのように灰色の世界へと変わっている。
「ここからだと見えないんですけどね」
「森のある場所を境にそういう風になっているんだ」
「あった!」
森へと視界を飛ばしていたノエルの目に人の形をした石像が捉えられる。
鎧を纏わず動き易さを重視した装備であることからも斥候に出ていた冒険者だと予想できる。
「とにかく敵の場所が分かったのは収穫だ」
騎士団も敵の領域は把握していた。
ただし、その内部までは危険であるために把握できていなかったため期待はせず、曖昧な情報は仕入れずに訪れていた。
「すぐに出るぞ」
まず俺が視界の共有を切り、シルビアたちも続く。ノエルも森の中へ飛ばしていた感覚を切り……
「ぅ……」
小さな呻き声が後ろから聞こえる。
「はぁ!?」
振り返った時には頭から始まった石化が首にまで到達していた。
そうして石化の進行を観察している間もノエルの肌が灰色へと変わり、浸食が進んでいく。
凄まじい速度。一瞬の判断が致命的なダメージへとなる。
「イリス!」
「分かっている!」
俺が叫ぶよりも早く動いたイリスが石化しているノエルの肩に手を置き、【回帰】を発動させる。
石に変化した頭部が元の状態を取り戻す。
「……ダメだ!」
だが、元に戻っていたのはノエルが頭を持ち上げようとした一瞬の間だけ。すぐに石化が始まり、【回帰】による現象を嘲笑う。
イリスはスキルを使用した時の手ごたえから失敗したことに瞬時に悟る。
彼女の叫びは、助けを求める声となり仲間が応える。
「うっ……」
咄嗟にアイラがノエルの胸に拳を当てて気絶させ、倒れかけたところをシルビアによって支えられる。
気絶後、イリスが再び【回帰】を発動させる。今度は石化を解除した後から石化させられるようなことはなく、元の姿を取り戻すことに成功する。
「大丈夫かな?」
殴って気絶させたアイラが心配になってノエルの顔を覗き込む。
ただ気絶しているだけなため大きな怪我もなく、命に係わるような状態にもなっていない。
「ノエルも説明すれば理解してくれるだろ。あの時は手段を選んでいられるほどの余裕がなかったんだ」
必要だったのはノエルの意識を失わせること。
魔法を使えば確実に意識を失わせることはできた。ただし、魔法を発動させるのに数秒の時間を必要とし、効果が表れるまでさらに多くの時間を必要とする。
とてもではないが、魔法やスキルで眠らせている余裕はなかった。
ただし、助ける為とはいえ殴ったことには変わりないため許してもらえるかどうかはノエルの気分次第だ。
「どうやら敵は俺たちの想像以上に厄介らしいぞ」
まず、ここにいるノエルが石化してしまったこと。
直前まで感覚を森にいる敵の領域まで飛ばしていた。それは、使い魔を飛ばして離れた場所にいる自分の目の代わりとするのとほとんど変わりはなく、魔力による目視できない繋がりがノエルと森の間にあった。
偵察に役立っていた技能だったが、今回はそれを逆手に取られてしまった。
「まさか、こんな繋がりを利用して攻撃してくるなんて」
通常では利用しようなど考えない細い繋がり。そんな繋がりを利用して遠距離から石化の攻撃をしてくるなど考えてもいなかった。
「もう一つ予想外なことがあります」
「ああ。そもそも石化させられることを想定していなかった」
状態異常の耐性は、両者の間にある魔力の差によって変動する。
俺たちの中で最も魔力量の少ないアイラでさえ魔力量は高位の魔法使いの魔力量を遥かに凌駕する。
森の中で石化させられた冒険者たちは石化させられてしまったが、自分たちは大丈夫だろう。油断していたわけではないが、慢心にも似た気持ちを抱いていたのは自覚している。
「アイラ、お前は絶対に敵の攻撃を受けるなよ」
「まあ、ノエルでさえあっという間に石化させられたもんね」
放置していれば十秒ほどで全身を石化させられていた。おまけに殴って気絶させなければならないほど強力なスキル。
ほんの少しだけ目を離していた間に騎士たちが石化させられたのも納得できるほどの威力だ。
「とりあえず、すぐに森へ行くのは中止だな」
幸いにして気絶させたことで敵の攻撃は止んだ。
森の危険性を考えれば万全の状態で臨んだ方がよく、ノエルが意識を取り戻すのを待つこととなった。