第9話 スノウベア
1分後……
「よわっ」
俺の足元にはグレッグが転がっていた。
武器さえあればどうにかなると言っていたのはなんだったのだろう。
重い一撃は大振りで避けるのは簡単だったためハンマーを避けて懐に飛び込むと腹を殴る。それでも手加減した状態で相手に耐久力があったためすぐに起き上がって来た。
「面倒だな……」
呟きながら起き上がってきた相手をボコボコにする。
イライラしていた。
自分たちを見て逃げて行く魔物。索敵しかしていない状況。
「俺たちは、そこにいる奴が俺たちの仕留めた魔物を横取りしようとしたから攻撃しただけだ。分かったか!」
「……は、はい」
グレッグが倒れる。
それを見た2人の仲間も倒れた。2人の仲間はシルビアとアイラが戦っていたが、同じようにボコボコにされていた。それでもリーダーであるグレッグが立ち上がって戦意を失っていなかったため自分たちも諦めていなかった。
「彼らについてはどうしますか?」
「放置だ。それよりも面白そうな物が見られそうだから移動するぞ」
グレッグたちをその場に置いて使い魔が見つけた物がある場所へと移動する。
「何を見つけたんですか?」
「ヴィンセントさんたちだ」
あの人たちが戦っている。
それも凄腕の冒険者であるはずの彼らが苦戦させられるほどの相手だ。
「相手の魔物はスノウベア」
ルーティさんからもらった資料には全て目を通してあるのでスノウベアについても知っている。
熊型の魔物で体が硬いため攻撃が通りにくい。おまけに巨体に似合わない俊敏性を持っているので遠距離からの攻撃も安心してできない。2本の足で立つと鋭い爪で相手を斬り裂くことを得意としている。全長4メートルもあるため威圧感が凄まじいとのことだ。
林の中を駆ける。
「見つけた」
上空から見ていて位置は知っていたが、地上から自分の目でその姿を見ると安心する。
白いコートを着た剣士がスノウベアに斬り掛かり注意を引く。
その間に懐へと潜り込んだ剣と盾を持った女性冒険者が重い一撃をスノウベアの真っ白な腕へと下ろす。しかし、肉を切断するには至らず剣を受け止められていた。
スノウベアが腕を振り回したことで女性冒険者が地面に叩き付けられる。
「大丈夫か、パメラ」
「大丈夫だよ」
地面に叩き付けられたパメラと呼ばれた女性冒険者を抱き起しているヴィンセントさん。
「オフィーリア!」
2人へ迫ろうとしていたスノウベアだったが、後方で待機していた魔法使いの炎を体に受けて怯んでいた。
浴びせられる炎が壁となる。
そのせいでスノウベアは自分の目へと放たれた矢に気付けなかった。
「ガアッ!」
さすがに目までは鍛えられなかったらしく血の流れる左目を手で押さえていた。
怒りに燃える左手で目を押さえながら右手をパメラさんへと向けると氷柱が十数本も空中に生まれ飛んで行く。
「くっ……」
パメラさんが持っていた盾で氷柱を弾き飛ばすが何本かが腕や足に突き刺さっていた。
氷柱の突き刺さった場所から血が流れるが、パメラさんは流血に構うことなく立ち続けてスノウベアを睨み付ける。その鋭い眼光に睨まれてスノウベアが怯む。
「今だ!」
ヴィンセントさんがスノウベアの手前で踏み込んで持っていた細い剣を振り抜く。
「おお!」
振り抜かれた剣によってスノウベアの腕が宙を舞っていた。
「どうみてもスノウベアみたいな巨大な魔物の腕を斬れるような剣には見えないんだけどな」
ヴィンセントさんが使用している剣は細く長い。
あんな剣ではスノウベアのような大型の魔物を相手に斬り掛かれば斬り傷を付けることはできても切断するのは不可能だ。
アイラの明鏡止水のように斬ることに特化したスキルか。
それとも使っている剣に備わった能力か。
どちらにしても王都で凄腕だと評価されるだけの実力は持っているみたいだ。
「終わりだ」
スノウベアに背中を向けているヴィンセントさん。
余裕を見せているように見えたスノウベアが鋭い爪を突き立てて腕を振りかぶるが、ヴィンセントさんの頭上に届く前に飛んできた矢と土の槍がスノウベアの頭部に突き刺さり、痛みで悶えたところをパメラさんの剣が首を刎ねる。
「お、おお……」
首から上は使い物になりそうにないが、食肉として使える胴体の方は片腕が斬り飛ばされているが綺麗に残されていた。
あれぐらいはできるようになりたい。
「また、君たちか」
剣に付いていた血を拭き取って鞘に納めたヴィンセントさんが俺たちを見て呆れていた。
まあ、3日前にも同じように狩りをしている姿を見ていたから呆れてしまわれるのも仕方ない。
「今のがスノウシリーズ最強のスノウベアですか?」
ルーティさんのくれた資料の中にはスノウベアが最も危険で最も高値で取引されると記されていた。
「たしかにこいつが一番高値で取引される」
俺の質問に答えながらスノウベアの解体を始める。
ヴィンセントさんたちは収納リングを1つしか持っていないらしくスノウベアをそのまま収納できるだけの力もないランクの低い魔法道具らしい。
「君たちの方はどうかな?」
「まあまあ、ですかね。今日はどうにかスノウホークとスノウラビットを仕留めることができました」
「1匹ずつかい? それだと利益は少ないんじゃないかな」
実際、スノウシリーズの魔物は通常の魔物よりも若干割高に取引されているだけで破格の値段というわけではない。
高値で取引されるスノウベアだって本来ならいくつものパーティが協同で討伐に当たる魔物で1つのパーティあたりに齎される利益はそこまで高くなるわけではないし、怪我をした時のことを考えると破格の値段とは思えない。
「利益が少ないのはそちらも同じではないですか?」
売却した時の金額は高いが、代わりにパメラさんが負傷してしまった。
凄腕の冒険者なら高ランクのポーションだって持っているし、仲間の魔法使いが回復魔法を使える可能性だってある。
パメラさんが腰に下げていたポーチから薬品の入った小さな瓶を取り出すと中身を飲んでいた。飲みながら同じように包帯も取り出すと自分の傷口を縛る。
「俺たちは今回王都にいるある貴族からパーティに使うスノウベアを調達してきてほしいと頼まれていてね。スノウベア自体の売却額よりも依頼を受けた実績の方が大切なのさ」
「貴族からの依頼、か」
ギルドが一般人や商人から受けた依頼よりも貴族から直接受けた依頼の方が実績としての価値は高い。
「そういえば俺たちは受けたことがありませんね」
「将来どうなりたいのか知らないが大切なことだぞ」
正確には俺はアリスター伯爵からの依頼は受けたことがある。
ただし、シルビアと出会う前のことだ。
あの時はアリスター伯爵から頼まれた荷物を王都まで届ける依頼を受けた。その依頼を受けて王都へ行ってシルビアと出会えたことを考えると伯爵には感謝をしなくてはならない。
「よし、こんなものでいいな」
スノウベアの血抜きを終え、食肉として使える部分だけにすると価値の高い場所を収納していく。残りの部分については、小さくして持ってきておいた皮袋の中へと入れていく。
「君たちも狩りができるようになったなら来年はスノウベアにも挑戦してみるといい」
「まだ時間は残されていますよ」
「どうだろう……」
昨日も冒険者ギルドに立ち寄ったヴィンセントさんは多くの素材が持ち込まれてくるのを見ていたらしい。
毎年のように冬になるとスノウシリーズの魔物を相手にしていたヴィンセントさんの目には既に生息していた多くの魔物が狩られてしまっただろうとのことだ。
「ヴィンセント」
弓使いのフィリさんがヴィンセントさんのことを呼んでいた。
「すまない。こちらもスノウベアが狩れたからギルドへと帰ることにするよ」
「いえ、色々と参考になりました」
4人でアリスターがある方向へ歩いて行く後姿を見る。
「どうしますか、主?」
「ヴィンセントさんはああ言っていたけど、スノウベアに挑戦してみよう」
スノウベアは大きいが、数が少ないので見つけるのに苦労する。
そこで、数に任せた人海戦術に出る。
「『召喚』」
使い魔の鷲をさらに6羽追加して合計10羽で空からの捜索。
さらにサンドラットを100匹放って地上からも探させる。
合計110匹との感覚共有は辛いが、数による捜索は効力がある。




