第7話 エリオットの依頼
「エルマーを協力者にするつもりみたいだけど、どうやるの?」
冒険者ギルドからの帰り道で隣を歩くノエルが尋ねてきた。
「それほど難しいことをするつもりはない。俺がやったのと同じ方法をするつもりだ」
金貨や財宝による拡張。
それが最も手っ取り早く、確実な方法だ。
「問題は時間」
「そうなんだよな」
ゼオンたちよりも早く拡張させる必要がある。
イリスが言うように何年もの時間を掛けている余裕はない。
「今まで以上に手っ取り早く大金を手にする方法を見つける必要があるんだよな」
「そんな方法あるの?」
国の力に頼ってまで拡張させた。
それ以上に早い必要があるとなれば簡単ではない。
『少しよろしいですか?』
「どうした?」
屋敷までもうすぐのところで留守番をしているはずのメリッサから念話が送られてきた。
『主にお客様です』
「俺に客?」
客が屋敷に訪れるのは珍しい。
もし、敵意を持って街に侵入したのなら、その時点でアリスターのあちこちに潜ませた魔物たちが反応するはずだ。
今のところ魔物が戦闘をした報告は受けていない。
『そうではありません。領主代行が護衛と共を連れて訪れました』
「エリオットが?」
エリオット・アリスター。
現領主であるキース・アリスターの息子で、成長した今は領主代行として父親の仕事を手伝っている。いずれ領主を引き継ぐのは間違いなく、キース様の仕事も自然と委ねられるようになる。
領主たちにとって俺たちの存在はなくてはならない。
迷宮はアリスターの維持に欠かせなく、冒険者としても危険な魔物に街が晒された際に戦力となってくれることを期待されている。
「そんな予定はなかったはずだけど」
『正確には私に会いに来ました。そして、私から主を説得してほしいみたいです』
「なるほど」
身内からの説得なら俺も仕事を引き受けると考えた。
今のところ困った関係にはなっていないが、俺たちに仕事を依頼するのは領主と言えど簡単なことではない。
「で、今すぐに戻ればいいのか?」
『はい、お願いします。少し困った事態になっていまして……』
メリッサに言われて帰る足を速める。
事情を把握していたシルビアが出迎える為に扉を開けてくれ、気付いた時には俺の分の紅茶を用意した状態で応接室の扉を開けてくれた。
「なるほど」
部屋にはメリッサとエリオット以外にも人がいた。
「お久しぶりです」
メリッサの父母である二人が俺を待っていたメリッサの隣に座っている。対面にはエリオットがおり、彼の隣に妹のメリルもいる。
つまり、応接室にメリッサの家族が集まっていた。
「……彼を呼んだ覚えはないが?」
俺の登場にエリオットが眉を顰める。
どうやら俺には関わってほしくなかったようだ。
『正確には現段階で関わらせたくなかった、です』
『状況は察した。それから困っている理由にも』
エリオットから俺に対して何らかの依頼があった。
だが、真っ当な手段で俺に依頼を出していたのでは報酬が途方もない額になる。領主なら出せないこともないが、俺への依頼だけに資金を使い果たしていいはずがない。
そして、都合のいい方法があった。メリッサが自主的に引き受けた依頼なら報酬の額を低くすることができる。
領主のもとで働いているメリルを介することで容易にし、さらに両親まで呼ぶことでメリッサから冷静な判断能力を奪う。
『依頼内容は何だ?』
『簡単に言ってしまえば辺境の開拓を手伝ってほしい、というものです』
『それは断ったはずだろ』
アリスター家では俺の故郷よりも先を開拓し、海の近くに港町を作る計画があった。港が近くにあるだけで輸送能力は大きく変わり、迷宮に頼らなければならない物資不足な状況が改善される。
だが、開拓する為には間にある大規模な魔物の討伐と防壁の構築が必要になる。魔物は一時的に全滅させることは可能だが、しばらくすれば復活してしまう。
魔物が大量に出現する道など危険すぎて使えない。
だから魔物から守ってくれる防壁が必要になる。
アリスターにおける最強戦力を頼らない理由はない。
『面倒だから断ったけど、こんなことになるなら引き受けた方がよかったか?』
魔物の殲滅と防壁の構築。
アリスター家では数か月から年単位での計画があると聞いた。だが、それだけの長期間も拘束されるのは勘弁してほしかった。
さらに言えば俺たちなら魔物の殲滅から防壁の構築まで数時間でできる。ただ、それも俺たちだけで全てをやった場合の話だ。他の者のペースに合わせてゆっくりと作業をしていたら時間が掛かりすぎる。
だから以前は依頼を引き受けなかった。
『危険なようなら、どうにかして俺たちだけで引き受けた方がいいか?』
『いえ、そこまでは私の方で交渉を終えています』
『そうか』
依頼は俺たちだけで引き受けることができる。
これで時間の問題は解決した。
『じゃあ、何が問題なんだ?』
『報酬です』
そして、報酬にメリッサの家族も関わっていた。
「――事情の把握は済みましたか?」
「はい」
エリオットは俺たちがスキルで言葉を口にせずとも会話が可能なことをしっている。ソファに座ってからも沈黙している時間があったことから事情の把握は済んだと判断したようだ。
「改めて依頼の内容を確認させてください」
「お願いしたいのは開拓地に出現した危険な魔物の討伐、それから魔法で馬車が行き交っても問題ない道を用意してほしいです」
「内容自体は問題ないですね」
報酬以外にも問題はある。
「どうして今になって依頼を持ち掛けてきたんですか?」
開拓は数年前から行われている。
興味がなかったため順調だと情報以外に仕入れていなかったため詳しいことは知らない。
今になって依頼を持ち掛けるということは順調ではなくなった、ということだ。
「まず、魔物の討伐をお願いしていた冒険者が全滅しました」
「全滅……」
それは穏やかではない。
先に多くの魔物を倒す。それでも時間が経てば魔物は復活してしまうため、道を舗装する工事の間も守る必要がある。
護衛をしながらの戦闘には、通常の戦闘以上の戦力が必要となる。
雇われた冒険者も高ランクの冒険者の方が多いはずだ。
「いえ、全員が死んだわけではありません」
エリオットの言葉をメリッサが否定する。
「私は屋敷まで運び込まれたのを見ただけだが、人が石に変えられていた」
周囲の警戒に出掛けたはずの冒険者が戻らない。
一人や二人ならそこまで問題視しなかったが、十数人の冒険者が帰らない。事態を重く見た開拓を指揮していた騎士が偵察に出掛けたところ、人の形をした像を見つけた。最初は気付かなかったものの、よく見れば自分たちの探していた冒険者であることに気付けた。
偵察に出掛けていた騎士が森の入口まで戻った時には、警戒の為に待機させていた冒険者と兵士が見つけた冒険者と同様に石像へと変えられていた。
「そこで騎士は人を石化させることのできる魔物がいると判断しました。生き残っていた冒険者に危険な魔物が森から出ないよう見張らせ、数人の部下と共に石化した兵士を連れ帰り、私たちに事情を説明しました」
そうして増援を連れて戻ったが、彼らが目にしたのは全員が石化してしまった冒険者たちの姿だった。
「全滅していたんですか」
「……その通りです」
正確には石化しているだけで生きてはいる。
本人の意識までは確認できていないが、命の鼓動を感じることはできらしい。
「状況は分かりました。石化された人々は助けなくていいんですか?」
「色々と薬や魔法を試してみましたが、効果は見られませんでした」
「それは、困りましたね」
よほど強い力によって石化されてしまったらしく通常の方法では元に戻すことができない。
まあ、それでもイリスの【回帰】や神酒を用いれば元に戻すことは可能だろう。
「引き受けるのはかまいませんが、報酬次第になりますね」
「そこで提案ですが……ラグウェイの名を復活させてみるつもりはありませんか」
エリオットの視線は俺ではなく、ラグウェイ夫妻へと向けられていた。